第188話 俺、この戦いが終わったら彼女と結婚するんだ

 2日後の昼前、噴水広場の前に用意された特設ステージの舞台裏には、舞台衣装に着替えたクローバーの4人がライト達の前にいた。


「あと少しで正午になります。観客も集まりつつありますが、メアさん、セシリーさん、ネムさん、ニコさん、準備はできてますか?」


「大丈夫です」


「OK!」


「問題ありません」


「ばっちりです」


 メアがライトに名前呼びされるようになったことを受け、他の3人も贔屓は良くないと主張したことからクローバー全員はライトに名前呼びされるようになった。


 そのおかげで、4人は今まで以上に気合が入っている。


拡声器マイクもしっかり使えますね?」


「「「「はい!」」」」


 今回の舞台では、新人戦の時と同様に拡声器マイクを使う。


 ヘレンがクローバーをダーインクラブに送り出した時、拡声器マイクは人数分確保して配布していた。


 それにより、4人の歌声は観客が多くなっても問題なく届かせられる。


 ところが、クローバーが何時でも舞台の上に立てるというタイミングでアンジェラがライトに近づいた。


「若様、少しよろしいでしょうか?」


「わかった」


 アンジェラは配慮ができる変態だ。


 それゆえ、外に漏れても問題ない話ならばそのまま話すし、そのまま話すには都合が悪ければライトだけを呼ぶ。


 今回は後者なのだろう。


 クローバーから少し離れた場所まで移動すると、アンジェラは口を開いた。


「若様、緊急事態です。ついに核となるアンデッドを発見しました。西門にアンデッドの大群を引き連れて向かって来る様子が確認されたそうです」


「マジかぁ・・・。このタイミングか・・・」


「いかがいたしますか?」


「ここまで来て舞台を中止にさせたくはない。クローバーにはこの場に残ってもらって、戦えない領民を不安がらせることのないように歌を披露してもらおう。舞台を中止にさせないように、僕達がここの守護者ガーディアン達に力を貸そう」


「承知しました」


 方針を素早く決めると、ライトとアンジェラはすぐに他の皆が集まる場所に戻った。


「落ち着いて聞いて下さい。たった今入った情報によると、月食の影響を受けた核となるアンデッドが出現したそうです」


 その発言により、ヒルダとイルミの顔つきが戦う時のそれに変わり、メアは思わず叫びそうになったセシリーの口を塞いだ。


「プロデューサーとして指示を出します。クローバーには、このまま舞台で歌ってもらいます」


「プロデューサー、そんな場合じゃないのではありませんか?」


「メアさん、逆です。こんな時だからこそ、クローバーは歌を歌うべきです。非戦闘員の領民に不安な気持ちを抱かせず、元気づけることがクローバーの役割です」


「それは・・・。わかりました」


 反論したところで何ができる訳でもないので、メアはライトの言うことに頷いた。


 先日、帰省して初めてニアが重傷を負っていたと知ったため、メアはまた激しい戦いになるとなれば被害が軽微では済まないだろうと不安になった。


 しかし、その不安はすぐにライトによって断ち切られることになる。


「安心して下さい。クローバーの初舞台は僕達が守ります。僕達がアリトンノブルスの防衛に加勢しますから、クローバーはクローバーの役目を果たして下さい。良いですね?」


「「「「はい!」」」」


 ライト達が加勢するならば、メアの不安はなくなった。


 メアが不安な気持ちから持ち直せば、セシリー達も心配ない。


「僕達が帰って来た時、舞台は大成功だったという報告が聞けること期待します。そろそろ時間です。クローバーの初陣ですよ。メアさん、掛け声をお願いします」


「クローバー、ファイッ!」


「「「オーッ!」」」


 掛け声が決まると、クローバーの4人は舞台裏から舞台へと走り出した。


 舞台に出たメア達を観客の歓声が迎え入れたのを確認すると、ライト達は西門へと移動し始めた。


 アンジェラが走らせる蜥蜴車リザードカーで現場に急行すると、城壁から既にアンデッドの大群がはっきりと見える位置までやって来ていた。


 ダーイン公爵家の蜥蜴車リザードカーが来たとなれば、それに乗っている者は限られている。


 それゆえ、現場の指揮に来ていたアルベルトが自ら出迎えた。


「ライト様、どうしてこちらにいらっしゃったのですか?」


「クローバーの4人が安心して舞台に立つためです。彼女達が十全に力を発揮するには、迫りくるアンデッド達を倒すのが最も効果的ですからね」


「・・・感謝いたします」


「おそらく、僕達が出陣すればヘイトは僕達に向けられるでしょう。アリトン辺境伯にはその背後を攻撃していただきたいです。僕達と挟撃するような形が良いと思います」


「わかりました」


 手短に打ち合わせを済ませると、ライト達は城壁の外に出た。


 真っ直ぐに進まず斜めに進むことで、自分達がヘイトを稼いだ時にアリトンノブルスの守護者ガーディアン達が挟撃しやすくなるようにしている。


「今日も2日前と同じで、僕が最初に敵の勢力を削る。それが終わったら、ヒルダ、イルミ姉ちゃん、アンジェラは雑魚モブを自由に攻撃して。核となるアンデッドが出て来たら、ヒルダが右、イルミ姉ちゃんは左、アンジェラは背後から攻撃を狙うこと」


「了解!」


「OK!」


「承知しました」


「【【【信仰剣フェイスソード】】】【【【誓約盾プレッジシールド】】】」


 ライトが技を多重にかけることで、城壁に向かって進軍していたアンデッドの最前列にいる者達がライトをロックオンした。


 そのままライトに向かって走り出すが、それはライトの狙い通りである。


「【範囲昇天エリアターンアンデッド】」


 パァァァッ。


 一瞬にして、アンデッドの1/3が減った。


 仲間をやられたアンデッド達のヘイトは、全てライトに向かっている。


 だが、ライトに簡単に辿り着けるはずがなかった。


「ライトはやらせない! 【水弾乱射ウォーターガトリング】」


 少数対多数ならば、攻撃範囲の広い技を使った方が敵の戦力を削げる。


 そう考えたヒルダが選択して発動したのは、扇状にも攻撃を展開できる【水弾乱射ウォーターガトリング】だった。


「真似っこだよ! 【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


 イルミの拳から光が散弾のように放たれ、そのそれぞれがアンデッド達を撃ち抜いていく。


 ヒルダの作戦が効果的だとわかったから、イルミはすぐにそれを取り込んだ。


「私も活躍しなくては、若様に見せる顔がありませんね」


 ペインロザリオを抜いたアンジェラは、<剣術>による技こそ使えないものの凄まじいスピードで次々にアンデッドを斬り伏せる。


 ライト達が派手に暴れたことで、アリトンノブルスの城壁に向かっていたはずの大群はアリトンノブルスを放置してライト達を倒すべき敵として認定した。


 そうなれば、当然背後に隙が生じる。


「総員出撃!」


「「「・・・「「おおぉぉぉぉぉっ!」」・・・」」」


 アルベルトの出撃命令を受け、守護者ガーディアン達が一斉に城壁を飛び出した。


 既に、最初に確認した時の半分まで敵の数が減っているとなれば、守護者ガーディアン達もこの戦いに勝てると希望を抱いて戦場に足を踏み出せる。


「この戦い、貰ったぁぁぁぁぁっ!」


小聖者マーリン剣姫ヴァルキリー拳聖モハメド偏執狂モノマニアが揃ってるんだ! 負けるはずがねえ!」


「これで勝つる!」


「俺、この戦いが終わったら彼女と結婚するんだ」


 (最後の人、それは言っちゃ駄目なやつ)


 戦場から聞こえて来た声に対し、ライトは心の中でツッコんだ。


 それはさておき、ライトがツッコむ余裕があるのは戦場が人類にとって優勢であることに他ならない。


 もしも余裕がなかったら、聞こえて来た守護者ガーディアンの言葉に耳を傾けてはいられないのだから当然だ。


 ある程度の敵を倒すと、ヒルダとイルミ、アンジェラがライトの近くに戻って来た。


「お疲れ様。【【【疲労回復リフレッシュ】】】」


「ありがとう、ライト」


「やっぱり持つべきものはライトだよ」


「ありがとうございます」


 ヒルダ達がライトと合流したのは、戦況が優勢であることを確認したうえで肉体の疲労を取るためだ。


 雑魚モブとの戦いで消耗していては、この後に控えている強敵との戦いに万全の状態で臨めない。


 もっとも、それだけが理由で休んでいる訳ではない。


 ライト達だけが活躍してしまうと、アリトンノブルスの守護者ガーディアン達が本来獲得できるはずだった経験値を根こそぎ奪ってしまうことになる。


 ライト達がこのままアリトンノブルスにずっといるなら良いのだが、ライト達の領地ホームはダーインクラブだ。


 そうであるならば、アリトンノブルスの守護者ガーディアン達に経験値を残しておく必要があるだろう。


 戦闘開始から30分が経過すると、最初は大群だったアンデッドも100体ぐらいまで減った。


 しかし、だからと言って油断はできない。


 何故なら、間違いなくこの戦場で最強の敵を捕捉したからだ。


 ライト達は雑魚モブをアリトンノブルスの守護者ガーディアンに任せ、その強敵と対峙した。

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