第187話 私はデキる変態です

 アリトン辺境伯の屋敷に到着したライト達は、そのまま応接室へと案内された。


 ライト達に助けられたことを重々承知しているため、アリトン辺境伯はすぐに応接室にやって来た。


 アリトン辺境伯の見た目は、パーシーよりも筋肉質なナイスミドルだった。


 そのナイスミドルが直角に頭をガバッと下げた。


「ライト様、イルミ様、ヒルダ様、この度はアリトンノブルスの防衛にご助力いただき、誠にありがとうございました。また、メアを無事にここまで連れて帰って来て下さったことも感謝申し上げます。私がアリトンノブルスを治めるアルベルト=アリトンと申します」


「アリトン辺境伯、頭をお上げ下さい。困った時はお互い様です。お初にお目にかかります。ライト=ダーインです」


「イルミ=ダーインだよ」


「ヒルダ=ドゥラスロールです」


 挨拶が終わると、ライト達は状況確認から始めた。


「アリトン辺境伯、月食による被害はどれ程でしょうか?」


「状況は良くありません。私が経験した月食の中では過去最大級のものです。そのせいで、負傷者が増えるばかりで撃退するのがやっとでした。今日、ライト様達が駆け付けて下さらなければ、アリトンノブルスの守護者ガーディアンの半分は失ったでしょう」


「こちらではまだ、核となるアンデッドは発見されてないでしょうか?」


「残念ながらまだでございます。雑魚モブがうじゃうじゃと湧くばかりで、どこにいるのか特定できておりません。斥候の数を増やしてはいますが、あまり成果はないというのが正直なところです」


 月食の影響を受けたアンデッドの大群には、必ず核となるものが存在する。


 去年のセイントジョーカー防衛戦では、グラッジとゲイザーがそれに該当する。


 それらを倒せれば、アンデッドの侵攻の勢いを一気に削ることができるのだ。


 だが、アリトンノブルスではその核となるアンデッドが見つかっていない。


 つまり、防衛戦の終わりがまだ見えていないということになる。


「それは困りましたね。防衛戦が長引けば長引く程、領民が疲弊してしまいますからね」


「おっしゃる通りです。現在、アリトンノブルスではライト様に張っていただく結界の準備が減速しております。月食が始まる前であれば、守護者ガーディアンにも協力してもらってましたが、アンデッドの侵攻のせいで戦えない者のみで作業を素しておりますので」


「そうでしょうね。アリトン辺境伯、領民の中で治療院では手に負えない者はいますか?」


「おります。もしよろしければ、治していただけないでしょうか。当然報酬もお支払いします。彼等はこの領地を守るために負傷した勇敢な者達なので、失うには惜しいのです」


 (クローバーの舞台の話をするならば、まずはアリトン辺境伯の不安を解消してからの方が良いな)


「わかりました。正規料金で構いませんので、治療院に向かいましょう」


「ありがとうございます!」


 アルベルトに案内され、ライト達は重症の患者が集められた治療院へと向かった。


 その治療院は屋敷からすぐの所にあり、中に入った瞬間にライトは技名を唱えずにはいられなかった。


「【上級範囲治癒ハイエリアキュア】【上級範囲回復ハイエリアヒール】」


 一瞬にして、治療院で絶対安静の患者達の治療が終わった。


 ほんの数秒前まで痛みや症状に苦しんでいた者達は、急に体調が全快したことで驚きを隠せなかった。


「あれ? 痛みが」


「胸が苦しくない」


「脚が動く」


「ありがとうございます! 貴方は神です!」


「違います。あくまで代行者です。アンジェラ、精算は任せた」


「かしこまりました」


 神認定してくるアリトン辺境伯に対し、きっぱりNOと言ったライトはアンジェラに報酬の精算を任せた。


 アリトン辺境伯が大袈裟な感謝をしたのは、再起不能だろうと思った領民達の完治が嬉しかったこともあるが、一番の理由はメアが駆け寄った人物の治療が成功したことだろう。


「ニア!」


「メア、帰って来たんだね」


「帰って来ました。プロデューサーのおかげで、今のところアリトンノブルスは被害がかなり抑えられてます。貴女を治してくれたのもプロデューサーです」


「プロデューサー? 誰それって、小聖者マーリンじゃん!」


 駆け寄ったメアに気を取られていたニアだが、メアが向いた方角にライトがいるのを見て驚いた。


「こんにちは、アリトンさん」


「プロデューサー、家名ではどちらかわかりません。この機に下の名前で呼んでいただけないでしょうか? ご指導いただいてるのに家名で呼ばれてはよそよそしいです」


 メアの指摘はもっともである。


 ライトは親しい人を名前で呼ぶが、それ以外の人達を基本的に家名で呼ぶ。


 メアとしては、自分達をここまで育てて来てくれた恩人に家名で呼ばれるのは距離を感じて寂しかったのだ。


 しかし、ライトが家名呼びするのにも当然理由がある。


 ヒルダが嫉妬しないように気遣っているからだ。


 グラムを手にしたことで、エクスキューショナーを保持していた時よりはヒルダのヤンデレ気質が薄まっているが、それでもぶり返さない保証はない。


 それゆえ、ライトは軽々しく名前呼びをしたりはしない。


 すると、隣にいたヒルダが頷いた。


「ライト、別に名前呼びでも良いよ。その分、後でたっぷり甘えさせてもらうけどね」


「じゃあ、今からメアさんと呼ばせてもらいます。さて、ニアさんは体調に異常はありませんか?」


 ヒルダからのGOサインが出れば、ライトに名前呼びを拒む理由はない。


 すぐに名前呼びに移行し、ニアに体の調子を尋ねた。


「大丈夫。治療してくれてありがとう。それと、メアのアイドル? としての活動も支えてくれてありがとう」


「構いませんよ。貰うべきものは貰っておりますから」


「そっか。それにしても、イルミの弟とは思えないぐらいしっかりしてるね」


「よく言われます」


「異議あり」


「なんだよイルミ姉ちゃん」


 イルミはムッとした表情で待ったをかけた。


「お姉ちゃんだって頑張ってるんだよ。戦闘とか戦闘とか戦闘とか」


「全部戦闘だね」


拳聖モハメドだもん」


「二つ名気に入ったんだね」


 ドヤ顔で二つ名を自慢するイルミを見て、ライトはよしよしと年下の子を宥めるように振舞った。


 そこに、精算を終えたアンジェラがやって来た。


「若様、精算を終えて参りました。そのついでに、クローバーの初舞台の調整も完了しました。明後日の正午に噴水広場で開催できます。噴水広場は人が多く集まれる場所だと聞きましたのでそちらにしましたが、よろしいでしょうか?」


「アンジェラ有能かよ」


「私はデキる変態です」


 (自分で変態って言っちゃったよ)


 ライトがこれからしようとしていた交渉全てが、アンジェラによって済まされていた。


 しかも、ライトが考えていた日程をピタリと当てている。


 今日は旅の疲れもあるから、明日いきなりクローバーに舞台に立てと言ってもパフォーマンスが最高になるとは思えない。


 そう考えると、明日調整して明後日に舞台を開演するのが丁度良い。


 そんなライトの思考を予想して行動できるあたり、アンジェラはやはりただの変態ではない。


「ということで、クローバーの皆さん、明後日の正午がお披露目の時間です。今日はゆっくり休み、明日は調整に時間を使いましょう」


「「「「はい!」」」」


 メア達4人は、ライトの指示に元気良く返事をした。


 その後、ライト達はアリトン辺境伯の屋敷に戻った。


 ライト達は宿を取ろうとしたのだが、アルベルトが是非とも自分の屋敷に滞在してほしいと頼んだため、その好意を受けることになった。


 領地を守られ、娘2人の面倒まで見てもらった恩人を旅館に泊めるなんてことは、アルベルトには到底我慢できないことだったからだ。


 ちなみに、ライトとヒルダは一緒の客室を使うことが決まった。


 アルベルトが気を利かせたのだ。


 それが嬉しかったらしく、ヒルダはアルベルトに対して高評価を与えている。


「ライトと同じ部屋にしてくれたのはポイントが高い」


 (アリトン辺境伯、サムズアップしてたけど他所の屋敷で一線は超えないよ?)


 ライトとヒルダが貴族の中では多くはない恋愛組なので、アルベルトはこの客室を用意した訳だが、生憎ライトは未成年だし人の家で盛る程性欲モンスターではない。


「今日はヒルダも頑張ってくれたし、一緒に寝ようか」


「うん♪」


 アルベルトのお節介はともかくとして、ライトとヒルダは仲良くベッドに入って眠りについた。

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