第147話 あれがボンレスハム!? ほとんど骨と皮になってんじゃん!

 7月2週目の月曜日、G2-1はシスター・アーマの引率でバスタ山までやって来た。


 蜥蜴車リザードカー2台を使用してバスタ監獄まで移動すると、そこで蜥蜴車リザードカーを預けて徒歩で移動する。


 ライト達がバスタ監獄に長居することはなかった。


 その理由は、シスター・アーマが生徒達に囚人と遭遇する可能性を極力減らしたいと配慮したからだ。


 囚人に関わっても良いことはないのだから、囚人と会わなくて済むならそれに越したことはない。


 バスタ監獄から出発したライト達が向かったのは、銀を採掘できると知られている洞窟だ。


 洞窟の周りは、獄卒が囚人を使い潰すパーティーによってある程度アンデッドが間引きされているが、洞窟の中は違う。


 洞窟の中には、バスタ監獄の者は獄卒も含めて入ることが原則禁止とされている。


 何故なら、洞窟に入った際にこっそり銀を採掘する囚人が出ないようにするためだ。


 そんな事態にならないように、獄卒率いるパーティーは洞窟の中には入れない訳だ。


 しかし、それでは山の中で脱走する可能性だってあるのに外出が認められるのかという疑問の答えにはならない。


 その答えは、バスタ監獄長に代々引き継がれる呪武器カースウエポンである。


 スレイヴシリンジという名前の注射器の呪武器カースウエポンは、MPを消費することで特殊な液体を生成できる。


 それを注射された者はその液体に依存してしまい、定期的に注射を受けないと死ぬ。


 デメリットはないのだが、その代わりに使用制限がある。


 その制限とは、スレイヴシリンジを使用できるのは同性愛者のみというものだ。


 つまり、同性愛者の監獄長の匙加減によっては、気に入った同性の囚人は命と貞操を天秤にかける選択を迫られることがある訳だ。


 スレイヴシリンジについては、ヘルハイル教皇国で広く知られているため、セイントジョーカーをはじめとする4公爵家の領地で犯罪に手を染めようとする者は少ない。


 大半の者は、同性愛者の玩具にされるか死ぬかを選ぶようなことにはなりたくないから、犯罪の抑止に繋がっている。


 それはさておき、ライト達は洞窟の前で囚人服を着た4人組とそれを率いる獄卒のパーティーに遭遇した。


「お疲れ様です!」


「「「「お疲れ様です!」」」」


 獄卒に続き、囚人達も敬礼して挨拶した。


 だが、その挨拶では獄卒は納得しなかったらしい。


 手前にいたガリガリの少年を殴り倒して一喝した。


「声が小せえぞクソ虫が! もっと腹から声出してやり直せ!」


「うぉ疲れさまでぇす!」


「そうだ! 最初からそうやれクソ虫が! 死にてえのか!?」


「死にたくありません!」


「だったら挨拶ぐらい注意されずにやってみろクソ虫! もうてめえは貴族のガキでもなんでもねえ! クソ虫だ! 立て! 監獄に戻るぞ!」


「はい!」


 少年が立ち上がると、獄卒率いるパーティーはその場から去った。


 嵐のような出来事でG2-1全員がドン引きしている中、ライトは違う意味で引いていた。


「アルバス、さっき殴られてた奴、デーブ=ゴーントだった」


「あれがボンレスハム!? ほとんど骨と皮になってんじゃん!」


「夜逃げして一族離散になったって聞いたけど、デーブはバスタ監獄に収容されてたんだね」


「ダイエット」


「ザック、あれはダイエットなんて呼べる痩せ方じゃないよ?」


小聖者マーリン、ドゥネイル君、ロアノーク君、そろそろ洞窟に入ります。気持ちを引き締めて下さい」


「失礼しました」


「すみません」


「反省」


 シスター・アーマに私語を注意され、ライトとアルバス、ザックは謝った。


 洞窟に着くと、シスター・アーマが再び口を開いた。


「今から洞窟に入ります。先頭はオルトリンデパーティー、後続は小聖者マーリンパーティーとします。私は中心にいるようにして、前からでも後ろからでも攻撃に対応できるようにします。よろしいですね?」


「「「・・・「「は(~)い!」」・・・」」」


 シスター・アーマが指示を出すと、全員が素直に返事をした。


 シスター・アーマがエルザのパーティーを先頭に配置したのは、カタリナのトーチホークに斥候の役割を担わせるためだ。


 パーティー単位の戦力で考えれば、ライトのパーティーの方が強いのは間違いない。


 しかし、探索という観点で考えるとトーチホークを斥候の駒として扱えるエルザのパーティーに分がある。


 その事実をG2-1の生徒は全員理解しているから、誰も反対する者はいなかったという訳だ。


「【召喚サモン:トーチホーク】」


 早速、カタリナがトーチホークを召喚した。


 青い火を纏った姿が、洞窟の中だと外よりもよく見える。


 洞窟の中には光源がないから、青い火が幻想的である。


「トーチホーク、偵察に行って」


 カタリナの指示に従い、トーチホークがすぐに飛んでいくと、オットーが思い出したようにポンと手を打った。


「俺、良いもん持ってるぜ」


 そう言ってオットーが取り出したのは、新人戦の時に道具アイテム作成クラブが実演販売していたファイアスターターだった。


 オットーはそれを使い、2本の松明を用意して1本をカタリナに、もう1本をロゼッタに手渡した。


 先頭になった時、手が空いていなくても困らない者を選んでいるあたり、オットーはフィールドワークにおいて頭は回るらしい。


「スタンレー君、良い判断です」


「へへっ、父ちゃんに習っといて良かったぜ」


 シスター・アーマに褒められ、オットーは嬉しそうに笑った。


脳筋オットーが褒められた・・・やと・・・?」


「ミーア、それは失礼ですわ。オットーにも頼れる時があってもおかしくなくてよ」


「あれ、なんで馬鹿にされる流れに?」


「それはオットーの日頃の行いのせいじゃない?」


「アズライト酷くね?」


「酷くないよ」


「私語は慎んで下さい」


「「「「すみません」」」」


 今度はカタリナを除くエルザのパーティー全員が、シスター・アーマに注意された。


 緊張で動けなくなるよりはマシだが、視界を十全に確保できない洞窟内で油断する程喋るのは好ましくない。


 シスター・アーマが注意するのも当然である。


 それから、トーチホークがカタリナの元に戻って来て問題がないことがわかると、G2-1全員で洞窟内を進んだ。


 トーチホークが調査した範囲にはアンデッドはいないようだったが、しばらく進むとライトは足元にあった物が目に留まった。


「シスター・アーマ、少し待って下さい」


「わかりました。全体、止まって下さい」


 ライトは<鑑定>持ちなので、ライトが何かを見つけた時はライトの指示に従った方が良い。


 そう判断してシスター・アーマは全体に指示を出した。


 ライトは置いて行かれる心配がなくなると、気になった物に<鑑定>を発動した。


 (マスカレードの破片? なんでここに?)


 ライトが見つけたのは、教会の倉庫から盗み出されたはずのマスカレードの破片だった。


 それがここで見つかったということは、盗人はここにいる可能性があるということだ。


 しかも、マスカレードが壊れるような何かが起きたとも言える。


 極秘事項に抵触するので、ライトはとりあえずシスター・アーマに相談することにした。


「シスター・アーマ、ちょっとよろしいでしょうか?」


「・・・わかりました。皆さん、少しの間周辺を警戒した状態で待機して下さい」


 何かイレギュラーな事態が起きたと察すると、シスター・アーマは全体に待機を命じてライトと少し離れた所に移動した。


 距離がある程度離れると、ライトはマスカレードの破片をシスター・アーマに渡した。


「シスター・アーマ、これは教会から盗まれたマスカレードの破片です」


「そんなものがここに?」


「はい。もしかしたら、盗人がこの洞窟内にいるかもしれません。それどころか、盗人は誰かと戦闘してマスカレードを破損する怪我をしたとも考えられます」


「困りましたね。呪武器カースウエポンで装備を固めた者が、その装備を破損する相手がいるというのはよろしくないです」


「僕もそう思います。この遠征、中止にできませんか? 教会学校の生徒、それも2年生が当たる案件ではないと思います」


 ライトの主張はもっともである。


 洞窟での探索は、ライトのパーティーもエルザのパーティーも初めて行う。


 しかも、今回はパーティーではなくハーフレイドでの探索なので、いつもと勝手が違う。


 そんな状況で、高いパフォーマンスを発揮するのは難しい。


 それを考慮しての進言だった。


 シスター・アーマも少しの間考えた結果、ライトと同じ考えに着地したらしく頷いた。


「そうですね。これは既にG2-1で扱う案件ではないようです。来るだけ来たんですから撤退しましょう」


「ありがとうございます」


 ライトがシスター・アーマの冷静な判断に感謝した時、少し離れた場所でミーアが叫んだ。


「敵襲や!」


 ミーアが指差した方角から、ぞろぞろとスケルトン軍団がやって来た。

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