第96話 おめでとう

 9月最後の日曜日、ライトは11歳になった。


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「「「・・・「「ライト、誕生日おめでとう!」」・・・」」」


「ありがとう!」


 日曜日の午後、食堂の個別スペースには、ライトのパーティー、生徒会メンバー、ジャックがライトの11歳の誕生日を祝うために集まっていた。


 その場にいる全員に祝福され、ライトはとても嬉しそうに言葉を返した。


 本来は、今日という日をライトとヒルダだけで祝うつもりだった。


 ライトはともかく、ヒルダはその邪魔をさせるつもりはなかった。


 しかし、イルミがライトと特に親しい人達に無断で声をかけた後で、今日この場で誕生日パーティーを開きたいと2日前の金曜日にライトに言ったため、ヒルダの希望は通らなくなった。


 ライトに断りを入れる前に、周囲に声をかけるのだから、既に誕生日プレゼントも用意しているであろう参加者のことを考えれば、断ろうにも断れない。


 とはいえ、断りたいのはヒルダだけだったりする。


 ライトにとって、友達や仲の良い先輩に誕生日をお祝いしてもらうのは、転生前も合算すれば15年ぶりだから、賑やかな誕生日を過ごしたい気持ちもあったのだ。


 ヒルダも誕生日プレゼントまで用意した人達がいるにもかかわらず、ライトの誕生日を祝わせないとは言えない。


 だから、18時には解散という条件を守らせることで、ライトの誕生日パーティーを開くことを認めた。


 だが、ヒルダにはどうしても納得できないことがあった。


 それは、今回のやり口が普段の脳筋イルミらしくなかったことだ。


 誕生日パーティー開催を断りにくい状況を作り出すなんて、とてもではないがイルミには不可能である。


 ならば、誰かが裏で手を引いていることは間違いない。


 そんなことができるのは、このパーティーの参加者の中に1人だけだ。


 そう、ジェシカである。


 論文発表会では、ライトに自分の努力を公の場で認めてもらい、不満に感じたシスター・アルトリアをやり込めてもらったことで、ジェシカは自身の中のライトへの好意に気づいた。


 しかし、ライトには既に両家公認で本人も認める婚約者ヒルダがいる。


 エクスキューショナーのデメリットにより、ヒルダの精神が不安定になると殺人衝動が沸き起こる。


 だから、殺人衝動がギリギリ生じないようにしつつ、ライトの誕生日を祝う場に自分を滑り込ませるためにジェシカはイルミを動かした。


 当然、ヒルダはジェシカのやり口に気づき、ライトのいない場で猛抗議したが、ジェシカは知らぬ存ぜぬを通した。


 それどころか、イルミが自分から誘ったという言質までイルミから引き出したのだから、ジェシカの手際の良さに恐怖すら感じる。


 それでも、夕方で解散させるという要求を呑ませるあたり、ヒルダも頑張ったと言えよう。


 とりあえず、ヒルダは午前中と夕方をライトと2人きりの時間として確保できただけ大したものだ。


 さて、ライトの誕生日パーティーだが、昼食はそれぞれが取って来た後での開催だったため、軽食をそれぞれで持ち寄って行う。


 ライトを全員で祝ったら、プレゼントの時間が始まった。


 まずは、ライトのパーティーメンバーからプレゼントを渡すことになった。


「ライト、これやるよ。俺のオススメ」


 トップバッターのアルバスは、ライトに本を渡した。


 その本とは、過去に偉業を成し遂げた守護者ガーディアンの手記である。


 アルバスは憧れから、守護者ガーディアンの手記をよく読む。


 その中でもライトに合うであろうものを選び、ライトにプレゼントした。


「ありがとう。大事に読むよ」


 次はザックだ。


「プレゼント」


「砥石?」


「諾」


 ザックに砥石をプレゼントされ、ライトは何に使えば良いのか悩んだ。


 砥ぐべきペインロザリオは、アンジェラにあげたので、カースブレイカーに使えとザックが言っているのだと思ったのだ。


 そこに、アリサが割って入った。


「ライト君、それはシュミット工房で取り扱ってる包丁用の砥石だよ」


「包丁用? なるほど。それなら使えるね」


「料理、期待」


「これからも料理を作って味見させてくれってこと?」


「諾」


「アハハ。わかったよ。頻繁にって訳にはいかないだろうけど、暇な時に作ったらお裾分けするね」


「感謝」


 プレゼントをあげたはずのザックの方が、嬉しそうな表情をしているのはどうしてだろうか。


 ツッコんだら負けである。


 ザックのプレゼントで補足したこともあって、ザックの次はアリサの番になった。


「ライト君、これあげる」


 アリサが渡したのは、銀細工の栞だった。


「すごいね。ハンマーの模様だ」


「実は、父さんに教わって私が作ってみたの」


「上手にできてるね。アリサの武器にそっくりじゃん。大切にするよ」


「エヘヘ。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 ライトに自分の作品を褒めてもらい、アリサは笑顔になった。


 ライトのパーティーのトリを務めるのは、ロゼッタである。


「ライ君には~、これあげるよ~」


 ロゼッタがライトに渡したのは、植物の種だった。


「ありがとう。ロゼッタ、これはどの植物の種?」


「クレセントハーブだよ~」


「えっ、花屋フローラルで入荷してたの?」


「違うよ~。今日のために取り寄せたの~」


「ま、まさかこんなところで手に入るなんて・・・。大事に育てるね」


「絶対だよ~。咲いたら見せてね~」


「勿論だよ」


 クレセントハーブとは、葉の形が三日月の珍しいハーブで、貴重な薬品の素材になる植物だ。


 数が少なく、滅多に見つかることのないもので、ライトも本物を見るのは初めての代物だ。


 それをロゼッタがプレゼントしてくれたのだから、ライトが驚かないはずがない。


 ライトの脳内は既に、エネルギーポットに植えて聖水で育ててみようという好奇心でパンパンになった。


 ライトが我に返ったのは、次は自分の番だとジャックがライトの前に立ってからだった。


「オイラからは、この鍋をプレゼントするっす」


「あっ、これって今焦げにくいって評判のやつだね。ありがとう、ジャック」


「・・・流石はライト君っす。見ただけでわかるとかパネェっす」


 自分が説明して驚かせようと思ったのに、ライトにあっさりとバレてしまってジャックは苦笑いした。


 <鑑定>持ちのライトに対し、この鍋がどんな鍋か説明しようとする時点でどうなるのかは目に見えているだろう。


 1年生からのプレゼントが終わると、次は生徒会メンバーからのプレゼントである。


 最初はメイリンからだった。


「ライト、あげる」


 メイリンがライトにあげたのは、食欲をそそるデザインの大皿だった。


 ザックもそうだが、メイリンもこの大皿で何か作った料理を振舞って欲しいという魂胆が見えた。


 やはり姉弟、血は争えないのだろう。


「ありがとうございます。摘めるお菓子とか作った時に、これに載せて食べましょう」


「楽しみ。待ってる」


 メイリンがニコニコしながら戻ると、今日の誕生日パーティーの黒幕フィクサーであるジェシカの番になった。


 ジェシカがライトに用意したのは、星のマークが刻まれたロケットペンダントだった。


「ライト君、私からはこちらをプレゼントします。何か肌身離さず持っておきたい小物があれば、これにしまって下さい」


「ありがとうございます。しまう物をよく考えてから使わせていただきます」


 戦地に赴く際、人は大切な者を肌身離さず持っておきたいと思うものだ。


 それを理解しているから、ジェシカはライトが戦場に駆り出された時に安心できる小物を持ち歩けるようにプレゼントを選んだ。


 そして、実用的な物であれば、ライトに身に着けてもらえる可能性が高いと考えてプレゼントをするあたり、ジェシカは策士である。


 だが、ジェシカはライトが<道具箱アイテムボックス>を使えることを知らない。


 このスキルがある以上、ロケットペンダントがライトにとって大して実用的ではない。


 勿論、それをこの場で口にするようなことをライトはしないから、イルミはともかくヒルダぐらいしか気づかないだろう。


 実際、ヒルダはそのことに気づき、ライトのスキルも知らないのにお可愛いことと言わんばかりの笑みをこっそり浮かべていた。


 さて、ジェシカの番が終わると、イルミが食堂の氷室から霜降り肉のブロックを持って来た。


「ライト、お姉ちゃんのプレゼントはこの高級な牛肉だよ!」


「「肉」」


 ライトよりも先に、ロアノーク姉弟が反応したのはお約束である。


「イルミ姉ちゃん、正直に言おうか。このお肉、この状態で貰っても長持ちしないよね。わざと?」


「てへぺろ♪」


 氷室から持って来た生肉なんて、長持ちするはずがない。


 イルミは小腹が空いたから、今この場にある軽食だけでは足りないので、ライトにこの肉を使って料理してもらうつもりだった。


 その意図をライトにあっさりと見抜かれると、イルミは即座に誤魔化した。


 無論、誤魔化し切れていないのだが。


 イルミが氷室から持って来た牛肉のせいで、プレゼントタイムは中断となった。


 そして、ライトは厨房に移動して皆で摘めるように一口サイズのステーキを作り、メイリンのくれた大皿に載せて持って来た。


 メイリンのプレゼントが、早速役立つことになったのはライトにとって予想外でしかなかった。


 その後、ステーキが冷めない内に食べる必要があったので、解散するまでヒルダが用意した誕生日プレゼントは誕生日パーティーでは披露されずに終わった。


 夕食を取り、身支度を終えた後、ヒルダはライトと同じベッドで隣に座った。


「ライト、遅くなっちゃったけど、私からのプレゼントだよ」


 ヒルダがライトにプレゼントしたのは、半分になった指輪だった。


 それを見たライトは、教会学校内で流行っている噂を思い出した。


 好きな相手に指輪の半分を持たせ、もう半分を自分が持つことで、そのペアはずっと一緒にいられるというものである。


「ありがとう、ヒルダ。風呂と寝る時以外はちゃんとつけるね」


「うん、絶対だよ。ライトはだもん」


 そう言うと、ヒルダがライトの左手の薬指に半分の指輪を嵌め、それからライトの唇を強引に奪った。


 今晩に限って、ライトはヒルダからの強い希望で一緒に同じベッドで寝ることになったのは言うまでもない。

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