第86話 ツッコまないぞ。僕はツッコまない
本日の生徒会の仕事を済ませてから、ライトとヒルダはジェシカの執筆中の論文を読ませてもらうことにした。
助手をするにしても、ジェシカが聖水の何について書いているか知らなければ、効率的に協力できない可能性があるからだ。
まだ途中の段階だが、ライトはジェシカが聖水のどんなことについて論文にまとめているのか理解した。
その内容とは、聖水の生物に対する影響だった。
以前、ライトが生徒会室で聖水を使ってイルミとヒルダのスキルを強化した。
その理論を明らかにすれば、人類はアンデッドに対して新たな武器を手に入れられる。
ゴーント伯爵家のように、聖水の利権を持つ者達には利益の減少を余儀なくさせるかもしれないが、人類の存続の前には必要な犠牲だろう。
今のところ、ジェシカは聖水が人間に与える影響の部分について書いている最中だった。
ジェシカの周りでは、イルミとヒルダ、アルバスが聖水によって神聖な力を手にしている。
アンジェラもそうだが、今はダーインクラブに戻っているので、協力を得るのは難しい。
残念ながら、ジェシカとメイリンは聖水を飲み続けてはいるものの、神聖な力はまだ手に入っていない。
「会長の論文ですが、できることなら会長も成功例に含みたいところですよね」
「そうですね。まったく、どうして愚弟は<聖鎌術>を会得できたんでしょうか? やはり、単純な人の方が効果が出やすいのでしょうか?」
そう言ったジェシカの目線の先には、生徒の声が書かれた紙とにらめっこしているイルミの姿があった。
「それは間違いないと思います。僕の見解ですが、単純さは2つに分かれてると思います」
「2つに、ですか? どういうことでしょう?」
早速、自分の論文を先に進ませてくれそうなライトを見て、ジェシカの声は少しだけ弾んでいた。
「片方は、性格が単純な場合です。具体例で言うと、イルミ姉ちゃんとアルバスです」
「確かに、愚弟もイルミも思ったことはすぐに口に出ますし、扱いやすい部類ですね」
「ん? ちょっと待って。私、会長にサラッと馬鹿にされてない?」
ジェシカの発言を聞いていたらしく、イルミがライト達の方を向いて訊ねた。
「イルミ姉ちゃんの素直さって、僕は美徳だと思うよ」
「エヘヘ、そう? いやぁ、お姉ちゃん照れちゃうな~」
(うわっ、チョロい)
自分の言葉で誤魔化したとはいえ、ライトはイルミをチョロいと思った。
それはジェシカとヒルダ、ついでに静かに作業をしていたメイリンも同感だった。
「ライト君、もう片方の単純さとはなんですか?」
「純粋な思いを抱いてることです。こちらの具体例は、ヒルダとアンジェラですね」
「純粋な思い? あぁ、なるほど。ヒルダのライト君への愛情は純粋なものですもんね」
「その通りです。私はライトのことを、損得関係なしに愛してます」
ジェシカがヒルダに訊くように言うと、ヒルダはドヤ顔で言ってのけた。
「・・・聞いてる私が恥ずかしくなってきました。アンジェラも何か純粋な思いを抱いてるのですか?」
「あれは純粋に
「ライトの間接キスを奪ったこと、許すまじ」
「しまった。ヒルダ、落ち着いて。深呼吸、深呼吸だよ」
ライトから、アンジェラが策を弄して間接キスをして<聖体>を会得したと聞き、ヒルダはアンジェラの名前を出すと暗い感情が湧き上がるようになった。
それを鎮めるため、ライトはヒルダに深呼吸させる。
「ごめんね、ライト。もう落ち着いたから」
「うん。無理しないで気分が変化したら言ってね」
「じゃあ、ちょっとライトニウムを補充させてもらおうかな」
それだけ言うと、ヒルダはライトの後ろに立ち、そのままライトを抱き締めた。
いわゆる、あすなろ抱きというやつである。
そんなイチャイチャしたやり取りを目の前で見せられれば、ジェシカが口から大量の砂糖を吐き出したような表情になるのは仕方のないことだろう。
「・・・胸焼けしてきました。ライト君、話を進めて下さい」
「すみません。まとめに入りますが、単純さとは性格そのものが単純な場合と、純粋な思いを抱いてることのどちらかに当て嵌まれば良いというのが僕の考えです。会長は、損得抜きで好きなものってないですか?」
「損得抜きで、ですか・・・。あっ、そうです。私、実家の猫と一緒にいる時は癒されるので好きですよ」
「猫、ですか。名前はなんて言うんですか?」
「ニャルルという5歳の雌なんですが、とっても可愛いんですよ。白い毛並みが雪のように美しいんですが、美しく気高くあろうとするけれど体が小さいから可愛さが勝ってしまうんです。猫じゃらしを持ち出すと興味がないふりをするんですが、数秒揺らしたら我慢できなくなってすぐに飛びついちゃうのも可愛いんですよね。それと・・・」
(おっと、会長のスイッチを押しちゃったよ。猫好きだったんだね、会長)
それから5分ぐらい、ニャルルについてひたすら語ったジェシカは、まだまだ喋り足りないが脱線したことに気が付いて止まった。
だが、ジェシカがとても満ち足りた様子をしていたので、ライトは聖水をジェシカのコップに注いで手渡した。
「本当にニャルルがお好きなんですね。会長、ずっと喋りっぱなしでしたし、水でも飲んで下さい」
「ありがとうございます」
ライトからコップを受け取り、聖水をグイッと飲み干したジェシカの体は、ライトの予想通り神聖な光が仄かに灯っていた。
「おめでとうございます、会長。立証できましたね」
「えっ、あっ、本当ですね。まさか、こんな簡単なことだったとは思いませんでした」
ライトは喜ぶジェシカをよそに、<鑑定>でスキルが変化しているか確かめ始めた。
-----------------------------------------
名前:ジェシカ=ドゥネイル 種族:人間
年齢:16 性別:女 Lv:38
-----------------------------------------
HP:450/450
MP:400/400
STR:600(+50)
VIT:520
DEX:400
AGI:430
INT:400
LUK:400
-----------------------------------------
称号:ドゥネイル公爵家長女
愛猫家
二つ名:なし
職業:
スキル:<聖斧槍術><柔軟>
装備:アイアンハルバード
ヘルハイル教会学校制服
備考:満足
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(”愛猫家”って、マジで猫好きじゃん!)
ジェシカが神聖な力を会得したことを確認するより先に、称号に目が行ってしまったライトだった。
気持ちを切り替えて、ライトはジェシカのステータスに目を通し、<聖斧槍術>がスキルの項目に記載されていたのを確認した。
「まさか、ニャルルのおかげで神聖な力を得られるなんて・・・。流石はニャルルです」
「・・・ライト、ツッコまないの?」
「世の中にはツッコんだら負けなこともあるんだよ」
ジェシカの予想外の猫好きぶりに、ヒルダがライトに突っ込まないのか訊ねた。
しかし、ここでツッコんでしまえば、間違いなくニャルルの話でまた時間が費やされてしまう。
それを危惧して、ライトはジェシカの発言にツッコまなかった。
そんな中、ジェシカが神聖な力を手に入れたのを見て、メイリンもそれに続こうと行動に出た。
いや、行動に出たというのは少し違うだろう。
何故なら、メイリンはチキンの燻製を持って肉と静かに連呼しているのだから。
どうやら、メイリンは肉が好きなので、頭の中を肉でいっぱいにしているようだ。
その作業が終わると、メイリンはコップに注いだ聖水をグイッと飲み干した。
すると、メイリンの体に神聖な光が灯った。
「肉、世界を救う」
「副会長、流石だね!」
得意気に言うメイリンに対し、イルミはサムズアップした。
そんな2人を見て、ヒルダは何か言いたげにライトの方を見た。
「・・・ライト」
「ツッコまないぞ。僕はツッコまない」
ライトだって、ツッコミを放棄したい時だってあるのだ。
特に、冷静な
とりあえず、聖水によって神聖な力を手に入れたサンプルが増えただけ良しと考え、ライトはジェシカとメイリンが落ち着くのを待った。
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