第84話 衛生兵! って僕じゃん!
翌日の日曜日、授業も生徒会の活動もない安息日なので、ライトはヒルダと一緒に教会学校の外でデートをしていた。
木曜日から昨日までの二泊三日のブートキャンプの間、ヒルダがとても寂しい思いをしたと主張するものだから、その埋め合わせである。
ただし、ライトがカースブレイカーを新たに手に入れたこともあって、シュミット工房でサイズ調整と家紋を掘る作業だけ先に済まさせてもらった。
それらが終わったのは昼前で、ライト達は腕を組んでセイントジョーカーを歩いている。
いや、正確にはヒルダが決して離すまいとライトと腕を組んだと表現した方が良いだろう。
「ヒルダ、歩きにくくない?」
「ライトニウムを補充するにはこれが良いの」
「僕はそんな物質を分泌してないよ?」
「もう、何を言ってるのライト? こんなに濃厚なライトニウムを放出してるくせに」
(
昨日は辛くて自分が甘えてしまったが、ヒルダも相当メンタルがやられていたとわかり、今日が終わるまでの時間は1秒も無駄にせずヒルダに充てようとライトは決めた。
「ところで、今日はどこか行きたい場所はある?」
「甘いものが食べたいな。でも、ライトを独占したいから寮に戻りたい」
「う~ん、それなら、食材を買って食堂のキッチンを借りて何か作ってあげるよ。その後は、お部屋デートしよう」
「賛成! 流石はライト!」
その後、ライトとヒルダはサクソンマーケットに向かい、必要な食材を購入して教会学校の食堂に移動した。
サクソンマーケットでは、ライトが食材を購入するのを見て、目ざといジャックが新しい料理を作るのではないかと探りを入れようとした。
だが、その時にライトの隣にいたヒルダの目が、ライトと自分の二人きりの時間を邪魔したら排除すると語っており、それに怯えたジャックは何も言わずにライトとヒルダを見送った。
もしも、ジャックがサクソンマーケットの利益を優先してついて行けば、エクスキューショナーのデメリットによってヒルダに殺人衝動を起こさせていたかもしれない。
よく我慢したとジャックは自分を褒めてやっても良いだろう。
それはさておき、ライトとヒルダは誰もいない食堂の厨房で料理を開始した。
今日作るのは、簡単なピザとクレープである。
ピザ生地から作る所から始めるので、薄力粉と塩、オリーブオイルを混ぜる。
この薄力粉をサクソンマーケットで見つけたからこそ、ライトがピザを作ろうと決めたのだ。
さて、それらを混ぜたところに、2,3回に分けながらぬるま湯を入れて混ぜ、生地がまとまってきたら生地が滑らかになるまで手で捏ねる。
生地を丸くしたら、麺棒で適当な薄さに伸ばす。
残念ながら、教会学校の食堂に石窯なんてものは存在しないので、フライパンを使ってピザを作る。
フライパンに油を引き、生地の片面に焼き色がつくくらいに焼いたらそれをひっくり返してトマトとピーマン、ベーコンといった具材を乗せる。
トマトとピーマン、ベーコンは、ライトが生地を作っている間にヒルダが切ったものだ。
ピザソースはないので、これもまたライトが生地を作っている間に指示を出してヒルダが作ったトマトソースを使う。
トマトソースをかけたら、その上からスライスしたチーズをかけて焼く。
チーズがとろっとした感じになれば、フライパンでできるお手軽ピザの完成だ。
ピザができたら、ライトは<
これで、クレープを作っている間に冷めることなく、時間が経ってもできたてのピザが食べられる。
今度は、ヒルダが食べたいと言っていた甘いものを作る。
ピザを作る前に、牛乳、溶き卵、溶かしたバター、砂糖、塩を混ぜたものに、ピザ作りで余った薄力粉を適量篩い入れた生地を作り、あらかじめ氷室で1時間ぐらい寝かせてあった。
その生地を氷室から取り出し、フライパンを温めてバターを塗ったら、ライトのブートキャンプで鍛えられたDEXが活かされる作業に移る。
フライパンにおたま1杯分を流し、まわして生地を均等に広げ、弱火でゆっくりと焼く。
フライパンの端が乾き、生地が持ち上げられるようになったら、菜箸代わりの細い棒で生地の端を持ち上げて巻き付ける。
1/3ぐらい巻いたら、そのまま持ち上げて裏返す。
裏面が乾いた頃合いで、カットしたリンゴに蜂蜜をかけたものを巻けば、蜂蜜リンゴのクレープの完成だ。
このクレープも、ライトは<
いつまでも食堂にいれば、暇人が匂いに釣られてやって来る可能性がある。
だから、ライトが【
「昼ごはんにしては、少し遅くなっちゃってごめんね」
「ううん、良いの。ライトと一緒に料理するの好きだもん。それに、見たことのない料理だったよね。初めて食べられるのは婚約者の特権だよ。イルミになんて渡さないんだから」
既に時間は13時をとっくに回っており、2人はお腹を空かせていた。
だから、ライトはヒルダに待たせたことを詫びたのだが、ヒルダは2人で料理する時間も楽しめたと笑顔で答えた。
それから、ライトがピザを<
「「いただきます」」
一口食べると、チーズが良い塩梅に伸びて前世のピザのCMみたいだった。
「うわぁ、何これ! 美味しい!」
「ピザって言うんだ。まあ、食堂の厨房じゃ本格的なものは作れないから、お手軽なやつなんだけどね」
「これでお手軽なの? すっごく美味しいよ?」
「いつか設備が整った場所で料理出来たら、本格的なものを作ってあげるよ」
「じゃあ、結婚して一緒に住んだらお願いね♡」
流石はヒルダ、実にあざとい女である。
既に婚約者であるにもかかわらず、結婚することを念押しするだけでなく、その時に自分のために本格的なピザを作ってほしいとウインクを添えておねだりするとは恐ろしい。
「喜んで。結婚したら、また一緒に作ろうね」
ライトもヒルダを不安にさせることがないように、すぐに頷いてみせた。
(人生って何が役立つかわからないもんだね。前世の独り暮らしがここで役立つとは)
ライトは前世において、ブラック企業の社畜として趣味らしい趣味ができなかったが、大学時代から1人暮らしであれこれ料理を作っていた。
その経験が、目の前のヒルダの幸せそうな顔に繋がっているのだから、ライトからすれば不思議だろう。
ピザを分け合って完食した2人は、いよいよヒルダが待ち望んだスイーツタイムに入った。
ライトが<
「クレープも良い匂いだね」
「甘くて美味しそう」
「「いただきます」」
そう言うと、ライトとヒルダが同時にクレープに齧りついた。
「うん、悪くない出来だね」
「悪くない? そんなこと言っちゃ駄目だよ! これ、お店で売れるレベルだよ! これが発売されたら、セイントジョーカー中の女性が間違いなくその店に雪崩れ込むって!」
店売りのクレープではなく、あくまで素人の手作りなので、及第点ぐらいは上げても良いのではないかとライトは評価した。
その一方で、クレープを知らなかったヒルダの反応は違った。
ヘルハイル教皇国では、甘味が限られている。
果物や蜂蜜が主流だったからこそ、賢者クッキーが賢者ピクルスよりも人気になっていたりするのだ。
どの世界でも、女性は甘い物好きというのは共通らしい。
ライトが力説するヒルダに驚いて手を止めていた間に、ヒルダはペロリとクレープを完食してしまった。
あまりの美味しさに、ヒルダにしては珍しくライトの食べかけのクレープをガン見していた。
イルミなら日常茶飯事だが、ヒルダがそんなことになるのは本当に珍しいので、ライトは笑みを浮かべながら訊ねた。
「僕の分も食べる? 食べかけで良ければだけど」
「良いの!?」
「うん。ブートキャンプに行ってる間、ヒルダには随分と寂しい思いをさせちゃったからね」
「ありがとう! ライト、愛してる!」
クレープで貰える愛の言葉とはいかがなものか。
それは冗談で、ヒルダは毎晩寝る前にライトに愛を伝えてから眠りについている。
クレープを食べ終えた後のお部屋デートでは、ご機嫌なヒルダが終始喋りっぱなしだった。
ちなみに、ライト達がピザやクレープを食べていた時、別の場所にいたイルミがライトの新作を察知したのは別の話である。
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