第71話 興味ないね

 夏バテ対策の部が終わると、保存食の部を行うにあたって食材の補充とキッチンの掃除が行われた。


 準備が完了すると、スタッフの案内でライト達”賢者の食卓”は舞台へと移動した。


 今回は、ライト達が一番乗りだったようで、先程は”ルブラン”が使用していた赤い仮設キッチンへと案内された。


 ライト達が燻製器をキッチンに乗せていると、青い仮設キッチンに揺り籠と棺が背中合わせになったマークのエプロンがお揃いの女性3人組が案内された。


 その3人組を見て、ジャックはライトに耳打ちした。


「クレイドル&コフィンも出場するんすね」


「有名なの?」


「大陸の北に大きなマーケットを持つ商会で、セイントジョーカーにも支店があるっす。ゆりかごから棺まで、つまりは生まれてから死ぬまでに必要な物はなんでも揃えるってポリシーの商会っすね」


「ふーん。すごいね」


「それ、大してすごいと思ってる人のリアクションじゃねえっす」


「そうかもね。でもさ、パイモン商会と似たようなもんでしょ? マーケットが大陸の北か東かの違いってだけじゃないの?」


「確かにそうっすけど。ん? 噂をすればなんとやらっすね」


 ジャックの視線を追うと、ライトは緑の仮設キッチンにマチルダ率いる3人組が案内されたのを視界に捉えた。


 マチルダ以外の2人は、渋い中年男性と若い男性である。


 パイモン商会が舞台に上がってすぐに、ローランドも舞台に上がって口を開いた。


「諸君、これより保存食の部を開催する! 夏バテ対策の部と比べ、この部は遠征することが多い守護者ガーディアンにとって重要だ! ゆえに、この部の司会は俺が務める!」


「「「・・・「「うぉぉぉぉぉっ!」」・・・」」」


 夏バテ対策の部とは異なり、声援には野太い声が多く混じっていた。


 それもそのはずで、夏バテ対策の部は一般客をターゲットとしたものだったが、保存食の部については守護者ガーディアンがターゲットだ。


 遠征時の食事事情をどうにかしてほしいから、守護者ガーディアン達の熱の入りようは夏バテ対策の部とは比べ物にならない。


 観客達が落ち着くと、ローランドは少し声を抑えて話し始めた。


「まずはルール説明だ。保存食の部では、保存性と味の2点で優勝を決める。保存性だが、保存性に長けていることを証明するため、既に3チームから1週間前に作成したものも提出してもらった」


「1週間は持ち運べるのか」


「美味いもんだと良いな」


「私は新しいものが食べたいわ」


「黒パンと干し肉は飽きた」


「あら、賢者クッキーと賢者ピクルスは試してないの?」


「あれは美味いよな」


 ローランドが一旦話を区切ると、守護者ガーディアン達が好き勝手に感想を漏らした。


「説明を続ける。これから3チームには、提出したものと同じものを作ってもらう。作ってもらったものと、事前に提出してもらったものの味を比べ、保存性と味を審査する」


 保存性と味の審査方法は、多くの守護者ガーディアン達を頷かせた。


 できたてが美味しいのは当然として、その味をいつまでキープできるかが肝心なのだ。


「次に、審査方法だが、夏バテ対策の部とは違い、この部の保存食はすぐに大量に作るのは難しいだろう。それを考慮し、審査員は俺、ヘレン、シスター・サテラ、シスター・アルトリアの4人のみだ」


 ローランドは現教皇として審査員に加わり、ヘレンはローランドの秘書として遠征の兵站に関わることから審査員になっている。


 シスター・サテラは、今でこそ教会学校の教師になっているが、老齢になるまでアンデッドと戦って生き延びた経験から審査員に選出された。


 シスター・アルトリアは、教会学校の生徒が料理大会に参加する都合上、その監督責任者として審査員入りしている。


「俺達4人が、特に気に入ったチームの色のメダルを掲げ、メダルの枚数が最も多かったチームの優勝だ。なお、同点の場合は両者優勝となる。ちなみに、優勝賞金は金貨30枚だ」


「「「・・・「「おおっ!」」・・・」」」


 優勝すれば、夏バテ対策の部の3倍貰えると聞いて観客達が湧いた。


 同点優勝でも金貨15枚、つまりは15万ニブラ貰えるのだから、保存食の部への力の入りようは誰でもわかるだろう。


「それじゃ、保存食の部にエントリーしたチームを紹介する。エントリーNo.1、”賢者の食卓”だ。夏バテ対策の部から続けての参加だが、むしろこっちが本命だ。賢者クッキーと賢者ピクルスの生みの親の作る保存食に期待する」


 紹介されたライト達は、1歩前に出てお辞儀した。


「エントリーNo.2、”クレイドル&コフィン”だ。大陸の北部出身の奴にとっちゃ、知らねえなんてことはねえだろう。保存食でも実力を示してくれることを期待する」


 ライト達と同じように、女性3人組が1歩前に出てお辞儀した。


「エントリーNo.3、”パイモン商会”だ。パイモン辺境伯の家族経営の商会だ。大陸の東出身の奴にとっちゃ、お世話になったことも多いだろう。貴族の力に頼らず、実力があると証明してくれることを期待する」


 マチルダ達は1歩前に出てお辞儀したが、マチルダはライトに恨みを込めた視線を送るのを忘れなかった。


 もっとも、ライトはマチルダを視界に入れていなかったので、プレッシャーを感じることは一切なかったのだが。


 だが、ジャックはそれをしっかり感じていたので、ライトに話しかけた。


「なんかめっちゃこっち睨んでるっすよ?」


「興味ないね」


 ジャックがビビッているのに対して、ライトはサラッと流した。


 ちなみに、ローランドが貴族の力に頼らずに力を示せと言ったのは、教会学校の食堂での一件を認識しているからだ。


 ローランドを含め、審査員達の自分達への心証が悪いとわかっているから、マチルダはライトに恨みを込めた視線を送った訳である。


 自業自得という言葉を、辞書で引いたことはあるのだろうか。


「さて、保存食の部の制限時間は90分だ。時間短縮の工夫は構わないが、まるっきり調理法が変わるのは失格とする。例えば、蒸し焼きするのが本来の料理法なのに、普通に焼くのは駄目だ。それを守って戦いに挑め。それでは、レッツ、クッキング!」


 グワァァァン!


 ヘレンとは異なり、最後も恥ずかしがらずにローランドが声を張ると、スタッフの1人が銅鑼を鳴らした。


 それと同時に、ライトはヒルダとジャックに指示を出すことなく、自らのAGIの高さを生かして食材を集めた。


 夏バテ対策の部では、自分よりもAGIの低いジャックに食材の確保を任せたことで、作るメニューを土壇場で変更することになった。


 その教訓を活かし、なんとしてでも欲しい食材は自分で手に入れると言わんばかりにライトは動いた。


「「「・・・「「なっ!?」」・・・」」」


 ”クレイドル&コフィン”と”パイモン商会”の面々は、あっという間に欲しい食材を確保したライトの素早さに驚きを隠せなかった。


 特に、ライト達の試食会に突入したパイモンは、ライト達に恥をかかせてやろうと奪取による食材不足を狙っていたのだが、その狙いはスタートから失敗していた。


 若い男性の方は、”パイモン商会”の従業員の中でもトップクラスのAGIを誇る人材だったが、本気を出したライトに敵うはずがなかった。


 もっとも、事前提出した保存食があるから、使う食材が被ったとしても全部なくなるようなことは起きないはずであり、ライトが取りに急いだのはパイモン商会の妨害を懸念してのことなのだが。


 ”賢者の食卓”の仮設キッチンに戻って来たライトは、ヒルダとジャックにテキパキと指示を出し、チキンとチーズ、ニジマスの燻製を始めた。


 ”クレイドル&コフィン”は驚きから立ち直ると、自分達の保存食を作るために動き始めたが、”パイモン商会”の動きは鈍かった。


 どうやら、マチルダはライト達が料理するのを邪魔するつもりだったが、食材を取られてしまっては邪魔できず、どう邪魔してやろうかと悩んでいるようだ。


 そんな事情など関係なく、3チームに与えられた時間は少しずつだが確実に過ぎていった。


 ”パイモン商会”が戦況を立て直して動き始めるまで、5分はかかった。


 そして、燻製の邪魔なんて考える余裕もなくなり、自分達が今できる保存食の調理に取り掛かった。


 それから、3チームは与えられた時間をしっかりと使い、遂に作業時間終わった。


 ローランド、ヒルダ、シスター・サテラ、シスター・アルトリアが待つテーブルには、既に提出済みの保存食が用意されている。


 そこに、今できたばかりの保存食が出揃った。


 いよいよ審査の時間だ。

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