第64話 そんなこと言ったってしょうがないじゃないか

 その日の夜、食堂で夕食を取り終えた後でライトとヒルダ、イルミは食堂の厨房の一部を借りた。


 結局、ライトは料理大会にエントリーすることにしたので、そこで作る料理を決めようという訳だ。


 料理大会に参加を決めたのは自分の知識がどこまで本職の人達に通用するのか試したくなったからである。


 勿論、ヘルハイル教皇国にある料理で勝負するなら料理人コックに軍配が上がるかもしれないが、ライトには前世地球の知識がある。


 これを利用すればアイディア面でアドバンテージがあるのだから、まだ勝負はわからなくなる。


 それに加えてイルミが料理大会という言葉に反応し、ライトに是非とも出てほしいと頼んだこともライトがエントリーを決めた要因である。


 ヴェータライトのデメリットにより、使えば使う程お腹が減るイルミは最近ではすっかり食いしん坊キャラが定着している。


 兵糧丸は腹を満たせる上に味も甘酸っぱいおかげで、イルミはおやつ感覚で食べている。


 しかし、いつもそれを食べていると飽きが生じて来るのだ。


 贅沢なことを言っている自覚はあるが、それでもライトなら新しく自分の腹を満たせる料理を作ってくれるんじゃないかと期待してしまい、イルミはライトのエントリーを後押しした。


 その責任という建前でイルミはこの場に同席している。


 本音を言えば、夕食は腹八分に留めてライトの新作の味見をしたいという欲望ダダ洩れの同席だ。


 ライトがここにいるならば、当然ヒルダも一緒に居たいからここにいる。


 そういった理由から食堂の厨房に3人が集まったのだ。


「ライト、何を作るのか決まってるの?」


「いくつか考えてみた。今日は時間の都合上1つだけしか作れないと思うけど」


「まあ、夕食後に何品も食べるのはちょっとね・・・」


 夕食からそんなに時間が経ってないとはいえ、今から作って食べればそれは夜食と言えなくもない。


 それゆえ、ヒルダは体型の維持を考慮して何品もこれから食べられないと口にした。


 しかし、ここでイルミが首を傾げた。


「えっ、そうなの?」


「何が言いたいの、イルミ?」


「私、いくら食べても太らないもん。ヴェータライトのおかげかな。エヘヘ」


「OK。その喧嘩、言い値で買ってあげるよ。この女の敵め」


「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」


「しょうがなくないよ。乙女の苦労を嘲笑う発言だよ、それは」


 イルミの発言に対してえ○りかとツッコみたくなった気持ちを抑え、ライトはムスッとした表情のヒルダを宥めることにした。


「ヒルダ、落ち着いて。大丈夫だから。ヒルダは今のままが一番だからね」


「そ、そう? それなら良いんだけど」


 ライトに外見を褒めてもらうと、ヒルダの怒りは収まって急に恥ずかしそうに振舞い始めた。


 その場が収まると、ライトは早速料理に取り掛かることにした。


 用意したのは山芋とオクラ、なめこ、レモン、鶏がら、パスタだ。


 料理するのに用いるレシピは、今回も「究極料理アルティメットクッキング」と自分の知識から導き出したものだ。


 もしも世界ニブルヘイムのどこかに醤油や米が獲れるなら、ライトはネバネバ丼にしようと考えたが、残念ながらどちらもまだライトはお目にかかったことがない。


 だから、ネバネバ丼は諦めてネバネバパスタを作る方向にシフトした。


「今日は冷製ネバネバパスタを作るよ」


「パスタなのに冷たいの?」


「夏だからね。冷たい料理もありかなって」


「そっか」


「お姉ちゃん的には美味しいは正義だから美味しければ冷たくても温かくても大丈夫」


 ヒルダとイルミが納得し、ライトは作業を始めた。


 まず、鶏がらを鍋に放り込んで出汁を取る。


 その間に山芋の皮をむいて摺り下ろし、オクラはヘタを落として輪切りにする。


 なめこは株付きだったので、滑りが落ちない程度にサッと洗って沸騰した湯になめこを入れてさっと湯通しし、ザルにあげてしっかり湯きりをする。


 それから、摺り下ろした山芋の中に鶏がら出汁を冷ましたものを入れて混ぜる。


 後はパスタを茹で、氷水で洗いしめてから水を切って皿に盛る。


 その上に出汁入り山芋の摺り下ろしとオクラ、なめこをバランス良く盛り付け、お好みでレモンを絞れば完成だ。


「冷製ネバネバパスタができたよ」


 試食ということで、1人前を3つの皿に分けているから1人当たりの量は少ない。


 すると、イルミがちょっとしょんぼりした顔になった。


「ライト、お肉がないよ? お姉ちゃん、体がお肉を欲してるの」


「肉の味はほんのりついてるから、食べてみて」


「は~い。いただきます」


 フォークで上に乗っかった山芋とオクラ、なめこを混ぜ、パスタと搦めて口に入れると、イルミは目を丸くした。


「あっ、確かにほんのりお肉の味だ! ネバネバしてるけどレモンのおかげで意外とサッパリしてるよ!」


「良かった。じゃあ、ヒルダ、僕達も食べよっか」


「うん。いただきます」


「いただきます」


 ライトとヒルダもイルミの感想が正しいのか確かめるべく、冷製ネバネバパスタを試食し始めた。


 食べてみると、ライトはイルミの感想通りだと感じた。


 ヒルダも同様である。


「ヒルダ、どう思う? この料理は通用すると思う?」


「どうかなぁ。私やイルミだったらライトが作るものに違和感なく食べられると思うけど、ネバネバは好き嫌いあると思うんだよね。これで勝負に出るのは不安かも。勿論、私は美味しいと思うんだけどね」


 イルミのようにとりあえず美味しくてお腹を満たせれば良いと考えず、ヒルダは料理大会で勝てるかどうかという観点から感想を述べた。


「そうだよね。ネバネバは夏バテに良いんだけど、これで勝負するのはリスクがあるかぁ」


「うん。見た目が苦手な人もいると思うから、万人受けした方が良い料理大会には不向きなんじゃないかな」


 日本人の感覚を持つライトとは違い、料理大会で評価するのはローランドだ。


 そのローランドは欧米人に近い味覚な訳で、ネバネバは受け付けないかもしれない。


 そう考えると、今日作った冷製ネバネバパスタはミスチョイスだった。


 ライト達が試食を終えた時、厨房にジャックが駆け込んできた。


「くっ、遅かったっす」


「ライト、この人誰?」


 いきなり厨房に駆け込んできたジャックを見て、怪しいと思ったヒルダはライトに訊ねた。


「M1-1のジャックだよ」


「あっ、どうもっす。オイラ、M1-1のジャック=サクソンっす。ドゥラスロール先輩、ダーイン先輩、初めましてっす」


「ジャック、どうして走って来たの?」


「オイラの第六感が厨房に行けって囁いたっす。そうしたら、案の定ライト君が新作メニューの試食会をしてたっす。出遅れたっすね」


「学生とはいえ商人の勘はすごいね。まあ、もう食べ終わっちゃったから何も残ってないけど」


「ぐぬぬ・・・。ち、ちなみに何を作ってたんすか?」


「冷製ネバネバパスタ。夏バテ対策料理だよ」


 そこまで聞くと、ジャックはピンと来るものがあったらしい。


「もしかして、ライト君も月末の料理大会に出るんすか?」


「まあね。叔父様に出てくれって頼まれたんだよ。マヨネーズとかクッキー、ピクルスを生み出したんだから、夏バテ対策料理か保存食の新作を披露してくれってね」


「叔父様って誰っすか?」


「誰ってローランド叔父様だよ。教皇様」


「・・・ライト君の人脈が今日程羨ましいと思ったことはねえっす。なんすかなんすか? 公爵家網羅してるじゃねえっすか」


 商人の端くれとして、ライトの人脈が喉から手が出る程欲しいとジャックが思うのも仕方のないことだろう。


 公爵家の名前を出すことでブランド価値が付加されるだけでなく、流通網もあるのだから。


「ライト君、オイラにも料理大会の話、一枚噛ませてほしいっす」


「その見返りに料理大会で披露した料理のレシピを使いたいってこと?」


「流石っすね、ライト君。クッキーやピクルスと同じで、売り上げの3割はライト君に渡すっす。手を組んでくれねえっすか?」


 (料理のアイディアなら、商人の目線もあった方が良いよね)


 そう判断したライトはジャックに手を差し出した。


「良いよ。交渉成立だね」


「やったっす! ありがとうっす!」


 冷製ネバネバパスタは採用とはならなかったが、協力者を得たライトだった。

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