第39話 ごめんで済んだら衛兵はいらないの。おわかり?

 5月4週目の金曜日の午後、食堂で昼食を取ったライトは生徒会室にやって来た。


 すると、正座させられているイルミと仁王立ちしてそれを見下ろすヒルダの姿があった。


「何やってんの?」


「ライトってば聞いて! イルミが私の今日の分の聖水、全部飲んじゃったの! 喉が渇いたからちょうだいって私が返事する前に!」


「ご、ごめんってば。まさか、聖水だとは思わなかったんだよ・・・」


「ごめんで済んだら衛兵はいらないの。おわかり?」


「はい、すみません」


 ヒルダがかなり怒っているので、ライトはイルミに事情を伺うことにした。


「イルミ姉ちゃん、なんでヒルダの聖水飲んじゃったの?」


「ヒルダが大事そうに水筒から飲んでたから、てっきり美味しいお茶だと思って」


「・・・イルミ姉ちゃん、実際がどうかはさておき、名目的には公爵家令嬢なんだよ? 人の飲み物が美味しそうだからって許可なく飲むのは盗人と同類だよ?」


「実際はって、いや、ごめんなさい」


 抗議しようとイルミだったが、ライトから冷たい視線を受けて抗議するのを断念して謝った。


「まあ、この残念なイルミ姉ちゃんは置いといてヒルダがあんなに怒ってたのはなんで?」


「・・・イルミってば私の水筒の聖水を1回飲んだだけなのに、体から力が沸き上がって来るとか言って拳を光らせたの」


 (なるほど、そういうことか。イルミ姉ちゃん、マジで余計なことしてくれたわ)


 ヒルダはライトがホーリーポットを手に入れてからというもの、毎日欠かさずに聖水を飲んでいた。


 しかし、神聖な力が宿ったという実感を掴めずにいた。


 それにもかかわらず、イルミが自分には結果が出ない聖水を1回飲んだだけで結果を出したからヒルダはやりきれないのである。


 ヒルダ曰く、イルミの拳が光ったらしいのでライトはイルミのステータスを<鑑定>でチェックすることにした。



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名前:イルミ=ダーイン 種族:人間

年齢:13 性別:女 Lv:30

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HP:360/360

MP:300/300

STR:500(+50)

VIT:420(+50)

DEX:270

AGI:300

INT:270

LUK:300

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称号:ダーイン公爵家長女

   脳筋

二つ名:なし

職業:武闘家グラップラー

スキル:<剛力><聖闘術>

装備:アイアンガントレット

   ヘルハイル教会学校制服

備考:なし

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 (脳筋なのは知ってた。<聖闘術>が拳を光らせた原因かな?)


 イルミの称号に”脳筋”があるのを見て当然だろうと納得したが、ライトは初見の<聖闘術>というスキルにすぐに目が行った。


 ライトが知る限り、イルミのスキルは<剛力>と<格闘術>だったので聖水を飲んだ影響であることは間違いない。


 <聖闘術>の効果を調べてみると、神聖な力を乗せて拳や脚を使った技を発動できるスキルとあった。


 健康な人間が聖水を飲み続けたらどうなるのかという実験は、イルミによって結果が出たということになる。


 ライトの反応から、ヒルダはライトがイルミに<鑑定>を使ったのだと理解した。


 それを受けてライトに目で結果を訊いた。


「イルミ姉ちゃんの<格闘術>が<聖闘術>に変化してた」


「そんなぁ・・・。私がライトの役に立つって決めたのに」


「落ち込まないで。聖水の効きが良い人もいれば悪い人もいるんだよ。ヒルダ、自分のペースでゆっくりで良いんだよ」


 ライトから結果を知らされ、ヒルダはずーんと効果音が聞こえるぐらい落胆した。


 そんなヒルダを放っておけず、ライトは抱き締めて励ました。


 だが、そこに空気を読めない馬鹿イルミが口を開いてしまった。


「えっ、お姉ちゃん聖水と相性良いの?」


「空気読め、筋肉馬鹿」


「ライト? お姉ちゃん、筋肉馬鹿じゃないよ?」


 ライトに毒を吐かれたイルミはちょっと待ってほしいと抗議した。


 そこに、ジェシカとメイリンがやって来た。


「何をやってるんですか貴方達は?」


「イルミ、正座。何やった?」


 ヒルダがかなり落ち込んでおり、それをライトが抱き締めて励ましているだけでなくてイルミが正座していた。


 この状況だけ見れば、ジェシカとメイリンは間違いなくイルミが何かやらかしたのだとわからないはずがない。


 ホーリーポットのことは口外したくないので、ライトがそれを抜きにした事実を簡単に説明した。


「まさか、聖水にそんな効果があったんですね」


「単純だと、効果が出やすい?」


 ジェシカは聖水の知られざる効果に感心し、メイリンはすぐに聖水の効果がイルミに出た理由を考えて口にした。


「副会長、それは否めませんね」


「ラ、ライト、お姉ちゃんそれはあんまりだと思うな」


「イルミ姉ちゃん、悩みとかありますか?」


「ないよ。寝ちゃったら、大抵のことはどうでも良くなるし」


「ほら」


「ぐぬぬ・・・。あっ、あった! ライトがお姉ちゃんよりも賢くて困ってる!」


「勉強しろ」


「うぐぅ~」


 これこそ悩みだとイルミがドヤ顔で言ったが、ライトはそれを真顔で一蹴した。


「まあまあ、ライト君。イルミがこうなのは今に始まったことじゃありませんよ。それよりも聖水による強化実験ですか。興味深いので私も参加させて下さい」


「同じく」


 ライトとイルミのやり取りを見てそろそろ止めに入った方が良いと判断したらしく、ジェシカが2人の間に割って入った。


 いや、正確には自分も神聖な力を手に入れてみたいから、話題を強制的に変えたといった方が正しいだろう。


 当然、メイリンもその流れに便乗している。


 ライトとしては実験台が多い方が嬉しいけれど、そうなるとヒルダが悲しむのは目に見えている。


 現に、ライトを抱き締めるヒルダは嫌だと首をブンブン振るっていた。


「すみませんがヒルダの結果が出てからにしてもらえませんか? 元々、これは僕とヒルダで始めた実験ですから」


「・・・そうですね。野暮な真似してヒルダに斬られたくないですから、そうしましょう」


「了解」


「ありがとうございます。困ったイルミ姉ちゃんとは違って空気を読んでいただけて助かります」


「ライトが最近やたらお姉ちゃんに厳しい気がする」


「そう思うならもうちょっと空気が読めるようになろうか」


「が、頑張る」


 とりあえずこの場が収まったので、ライト達は自席に戻って各々の仕事をすることにした。


 ライトは自分の仕事をあっさり終わらせ、量の多いヒルダの仕事を手伝った。


 一緒に仕事をしていると、喉が渇いたヒルダがライトに声をかけた。


「ライト、喉乾いちゃった。聖水分けてもらっても良い?」


「良いよ。ちょっと待ってて」


 イルミが水筒の聖水を飲み干したせいで、ヒルダの水筒は空だ。


 だから、ヒルダはライトの水筒に入った聖水を分けてほしいと頼んだ。


 ライトも状況を理解しているので、すぐに自分の水筒をヒルダに渡した。


 ヒルダは水筒を受け取り、いざ飲むという段階でそれがライトとの間接キスであることに気づいた。


 それに気づくと、むしろ喜んでヒルダは水筒の中身を飲み干さんばかりに飲み始めた。


 すると、ヒルダの体から神聖な光が仄かに光った。


「もしかして・・・」


 ライトは<鑑定>を使った。



-----------------------------------------

名前:ヒルダ=ドゥラスロール 種族:人間

年齢:13 性別:女 Lv:30

-----------------------------------------

HP:300/300

MP:360/360

STR:420(+50)

VIT:270

DEX:330

AGI:420

INT:420

LUK:300

-----------------------------------------

称号:ドゥラスロール公爵家長女

   秀才

二つ名:なし

職業:魔剣士マジックフェンサー

スキル:<聖剣術><水魔法>

装備:アイアンソード

   ヘルハイル教会学校制服

備考:なし

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 イルミ同様に元々は<剣術>だったが、<聖剣術>へとスキルが変化していた。


「決まり手は、間接キス」


「ヒルダも単純ですね」


 メイリンがボソッと呟いたことに、ジェシカはその通りだと頷いた。


 ライトですらそうだろうと思って心の中で頷いた。


 この日、ヒルダは神聖な力を手に入れたことよりもライトの役に立てたことが嬉しくてずっとご機嫌だった。

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