5−32 お任せあれ、お客さん

「これで戦力も揃った。いよいよあのクズブタどもと全面戦争だぜ!」

「おおーッ!!」

「待て」


 荒々しい熱気をまとう獣人たちをセイルが一瞥すると、全員の尻尾がピンと立つ。続いてそれらが大人しく丸くなるのを見、木こり青年は目を瞬かせた。


(おやおや、ずいぶんと恐れられているねえ。さすがは極悪種族さまだ)

「……。うるさいぞ、賢者」


 どうやら地下で“竜人”として戦う姿を、何人かに目撃されていたらしい。少年たちは太古の種族について関心はなくとも、その強さに敬意と畏怖を抱いている様子だった。


「屋敷が倒壊するほどの争いは避けたい。人質に加えて、探している品がある」

「そうなんだな。バネディットたちが溜め込んでる宝物か?」

「宝石の類じゃないが……小さなもので、見つかりにくい」


 あの長い花の名前が思い出せなかったセイルは、ちらと王女を見る。彼女は部屋の隅で、例の半透明の精霊と何やら話し込んでいた――相手は、物言わぬ存在だったが。


「この本ですか? まあ、ご家族で作った研究誌なんですね! すごい、こんなに精巧な植物図鑑まで……。いくつかお持ちして、城のほうで保管させていただいても? わあ、嬉しいです!」


 興奮した様子でやりとりするフィールーンを見、セイルは諦めて他の仲間たちを探した。


「セイちゃん。ちょっと来て」


 部屋の奥から伸びた褐色の手に呼ばれ、セイルはそちらへと向かう。床に散らばった白骨を確認したあと、文机に手をついたアーガントリウスへ声を投げた。


「どうした」

「ちったぁ驚きなさいよ。ま、お前らしいけど。んでね、見てほしいのはココ」


 つまらなそうに言った知恵竜は、机や壁についたどす黒い染みを次々に指さした。


「大量の液体が飛び散った痕。力尽きたように横たわる白骨死体。それから、埃の積もった机にぽっかりと空いた、ふたつの空間……。さて、かつてここで何があったでしょーか?」

「……。こっそり飯を食おうとしたが、盛大に飲み物をひっくりかえ」

「はーい、ナナメ上いく不正解をありがとね」


 早々と解答を遮られ、セイルは不服そうに腕組みをする。アーガントリウスは周りを取り囲む書類の山を見上げ、独り言のように続けた。


「植物に関する、多くの研究成果――ここに納められているのは、その原本だ。おそらくこの地下室は本来、シーザー一家しか立ち入ることのできない場所。屋敷にとって本当の“財産”を隠してある場所なんだろうね。エルフってのは用心深いから」

「なんでそんなところで、あの娘は死んだんだ」

「街の焼き物屋の主人の話、覚えてる?」


 セイルが記憶を辿るより早く、心中から深い声が飛んでくる。


(そうか。牛乳配達が見つけた門前の遺体は、シーザー夫妻のものだけ。娘はならず者たちからなんとか逃げおおせて、迷路の奥に隠したこの部屋へと)

「……。逃げるなら、どうして家の外へ出なかったんだ」

(僕の想像だけれど――染みの数を見てごらん)


 わずかに暗くなった友の声に従い、セイルは壁や机の角にこびりついた赤黒い染みを見る。まるでこのやりとりを聞き取っていたかのように、知恵竜も苦々しい顔で正解だという風にうなずいた。


(この量の血を流しながらでは到底、街へはたどり着けない。それよりも彼女はシーザー家の生き残りとして、なにかの役目を果たすためにここへ来た)

「役目――?」

「あ、あのすみません! 私、ムクファ様と資料に夢中に……」


 セイルの背後からひょこと顔を出したのはフィールーンだった。スカートの端をぎゅっと掴み、青い顔でタルトトも追従してくる。


 アーガントリウスは机上に並んだ、埃のない部分を指差して弟子に問う。


「フィル。ここにあったもの、持ってたりする?」

「あっ――はい! ここに。地下室へ降りてくるのが皆さんだとは思わなくて、とっさに隠したんです」


 机の横に据えられた本棚へと手を伸ばしながら答える王女に、セイルは片眉を上げて感心を示した。


「あ、あれ? たしか、この2段目に……いえ、3段目だったかし――きゃっ!?」


 ばさばさと不吉な音が上がり、あたりが急に埃っぽい空気に満たされる。セイルは繊細な鼻を手で覆い、その場から離れた。机と床に落下した資料は年月による風化もあったのだろう、束ね紐が外れてしまったものもある。


「あちゃー。まさに“迷い森のピンドン”状態じゃないの。我が弟子はおっちょこちょいだねえ、なんて可愛いんだろ」

「ごご、ごめんなさい……っ! すぐに探しますので、お待ちください」

「手伝うよ。ついでに床の骨、ちょっと集めとこうか」


 片付けと捜索作業にとりかかる師弟を見、セイルはタルトトと共に部屋の入り口側へと戻る。資料の山の上に器用に腰掛けた獣人たちが、熱をくすぶらせた瞳を差し向けてきた。


「おい、何ちんたらやってんだ? 早く屋敷に乗り込もうぜ」


 仲間たちの心情を代表して口を開いたのはやはり狼の獣人、ロロヴィクである。動く気のないセイルは黙って腕組みをしたが、彼らの前に進み出たのはリス族の少女だった。


「だから、そうやって力ずくでやったって意味ないっつってんですよ」

「あん? あのババアと関係者を全員ぶっ殺しちまえばいいだろが。お前らが屋敷に用があるってんなら、そのあとで勝手に探せよ」

「それで成敗できるのは、この“屋敷内”の悪だけでやんすよ」

「!」


 ロロヴィクの欠けた灰色の犬耳が、ぴくりと大きく揺れる。見下ろしたセイルに振り返ることなく、タルトトは低い声になって続けた。


「あいつらの商いは、ゴブリュード内だけで行われてるんじゃねえ。他国にも支部があって、そこでも同じような非道を繰り広げているはずでやんす」

「なんだと! オイラたちみたいな奴らが、まだ大勢いるってのか!?」


 資料の山をなぎ倒し、獣人少年は荒々しく立ち上がって吠える。燃えるような眼光を正面から受けつつ、タルトトも尻尾を立てて言い返した。


「そうだ! だからバネディットや近しい幹部たちは殺しちゃなんねえ。生け捕りにして城に引き渡し、悪事をすべて吐かせることが大事なんでやんす」

「なっ……! そんなの、オイラたちが納得すると思ってんのか!? お前だって、元“景品”の身だってんなら――」

「ああ、そんなの今すぐ殺したいに決まってるじゃねえすか!」


 可愛らしいドレス姿にはもっとも不釣り合いな言葉をもって、少女は場の静寂を作り出す。セイルの背後からそっと近寄ってきた王女と知恵竜も、なにごとかと驚いている。


「今でも恨んでやすよ、心の底から。でもてめぇの復讐だけじゃ終われない責任が、あっしには在るんだ」

「お前……」

「だから、誇り高き闘士のみなさま方。どうかちっとだけ……その怒りを抑えておいちゃくれませんか。ここで“価値ある解決”にこぎつけられりゃ、より多くの仲間を救うことができる。お願いでやんす!」


 オレンジ色の頭をぐいと下げ、商人は同胞たちへ懇願する。困った顔を見合わせる仲間たちの先頭で、ロロヴィクがガシガシと髪を乱してこぼした。


「ああクソ! んな泣きそうな顔で言うなってんだ。わかったから」

「ロロ……」

「けどな、お前が言う“解決”のほうが難しいんだぜ? あのババアが大人しく捕まって、ましてや悪事をさらけ出すなんてそれこそ奇跡だ」


 暗い顔になってうなずき合う獣人たちを眺めていたセイルは、心中の知恵者に疑問を投げる。


「城に放り込めば拷問なり何なりできるんじゃないのか。テオ」

(胸のすく物語の結末より、現実はもうすこしだけ面倒なんだよセイル。そもそも、彼女をこの屋敷から連れ出すことがまず難しいんだ)

「何でだ」


 少し不思議そうな顔をした獣人たちの視線に背を向け、友の声に耳を澄ませる。


(ここはもうバネディットが所有する屋敷だからね。むしろ連行されるとしたら、家主に無礼を働いた僕たちのほうってわけさ)

「……。そこは王家の権力か何かでこう、丸く……」

「セイルさん!? テオ様と何か不穏なことをおしゃべりするのはやめて下さい!」


 不安そうな顔で牽制するフィールーンを横目で見、セイルはため息をついた。


「悔しいっすけど、バネディットは裏稼業の世界じゃ力ある商人でやんす。捕らえられていた獣人たちがいくら証言しようと、しらを切り通すこともできるかもしれねえ。その時のための黒子も山ほどいる」

「んなコトさせねえぞ!」

「わかってるっすよ。けどそうだな、例えば……法的に言い逃れできない、もっとデカい罪でも証明できりゃ、光明も見えてくるってもんでやんすが」

「あの、タルトトさん」


 仁王立ちになって唸り続けるタルトトの後ろに屈み、おずおずと声をかけたのは王女だった。埃にまみれた手で差し出したのは、2枚の書簡である。


「こ、この書簡は……その解決のお役に立てるでしょうか?」

「ん?」


 古びた紙を受け取ったタルトトは、大きな目を限界まで見開いた。よく回る舌が珍しく止まり、しばしの間絶句する。


「こ、こりゃあ……! そうか、だから御令嬢は、この部屋に」

「俺っちもフィルも、あんまり“そっち”方面の話は詳しくないのよね。でもタルちゃんなら、その紙切れを活かせるんじゃないかってさ」


 白い粉のついた手をぱんぱんと打ち慣らし、アーガントリウスが苦笑する。彼の背後にある机の上には、大きな白骨が丁寧に集められていた。セイルは硬直している獣人を見下ろし、はっきりとした声で問う。


「どうなんだ、タルトト。“光明”とやらは見えたのか」

「簡単に言わないでくだせえよ、旦那。こいつはたしかにでけぇ“手札カード”だ。けど使い方によっちゃ、こっちが一気に追い詰められる」

「……ならオレもひとつ、“手札”を使う」

「?」


 振り向いた少女に見上げられ、セイルは宙で人差し指を立てた。


「お前と出会った時の約束。覚えているか」

「あ……」


“とびきりのお礼をしねえとな。では、このタルトト・テルポットの『便利屋』――お困りの際はぜひ一言、なんでも御用命をば! 旦那なら、一回無料にしときやすぜ”

 

「依頼だ、便利屋。お前の知恵と度胸をもって、あの女をねじ伏せろ」

「!」

「出来るか?」


 セイルの“依頼”を聞いた商人は、開いていた口をぎゅっと横に結ぶ。

 やがて小さなその端は持ち上げられ、自信に満ちた笑みへと変わった。



「あいさ! お任せあれ、お客さん。このゴブリュードきっての“便利屋”タルトト――一度受け負った依頼は絶対にしくじらねえと、ここにお約束いたしやす」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る