5−14 おすすめしませんわよ

「そ、そんな……! エルシーさんが」


 思わず口元を押さえたフィールーンのとなりで、指名を受けた少女も硬直している。


「あたしが、遊戯に?」

「ええ、そうですわぁ。アナタの可憐な顔は“商品”としては十分ですけれど、いかんせん“躾”がなっていません」


 大袈裟に肩を落とし、夫人は大きな羽付き帽子を揺すって嘆いた。


「没収した弓やナイフを見るかぎり、アナタも戦いの心得があるのでしょう? この“遊戯”にてその力を明示すれば、でも構わないという買い手が見つかるかもしれませんわぁ」

「す、好き勝手言ってくれるじゃない……! 上等よ、やってや――」

「待てッ!!」


 腕まくりをして一歩踏み出した少女を追い越し、広場の中央へと向かう人物がひとり。その堂々たる背中を見、フィールーンは慌てて名を呼んだ。


「り、リン!?」

「次の戦い、俺が引き受けよう」

「なっ……!」


 自分と同じ驚きの表情を浮かべたエルシーだったが、次第にその顔には赤みが広がった。どうやら怒りがこみ上げてきたらしい。


「何よ、あたしじゃ力不足だっていうの!?」

「そうではない、ホワード妹。君には他の役目があるだろう」

「!」


 リクスンの言葉に、少女はハッとした表情になった。肩を貸してやっている長身の兄――その身体を走る紅い線を見、唇を噛む。


「け、けど――!」

「騎士は民を守るのが務め。それには無論、君も含まれている」

「……っ!?」


 今度こそ別の理由で顔を真っ赤にした少女を見、フィールーンもどこか耳が熱を帯びていくのを感じる。一方、自分の頭上からは「……オレは含まれてないのか?」と小さくこぼす声が聞こえた。


「騎士……ですって? まさか、ゴブリュードの」

「そうだ」

「!」


 フィールーンが驚きに身を固くした一瞬のうちに、側付は地下の隅々にまで届きそうな大音声で名乗る。


「我が名はリクスン・ライトグレン――ゴブリュード王国近衛騎士隊に所属する者だ!」

「り、リンっ!? 何を」


 王女側付という職務はさすがに伏せてくれたものの、あまりにも正直すぎる。フィールーンが危惧したとおり、すぐに観客席からは昏いささやき声が漏れはじめた。


「王都の騎士だって? 若いな」

「まあ、“正義の門番”さまがこんな地下に。……それがどういうことか、分かっていらっしゃるのやら」

「どちらにしろ、もうこの屋敷からは出られまいよ。ほら、夫人を見たまえ」

「!」


 どこかの席から拾った声が気になり、フィールーンは恐る恐る遊戯の支配人へと顔を向けた。


 まるで玉座のような高みにある観覧席の中で、その巨体がぶるぶると震えている。


「ライトグレン……ライトグレン、ですって……!?」

「そうだ。聞き覚えがあるのではないか?」

「あれま、知り合いなの? リンちゃん」


 緊張した場にそぐわないのんびりとした声を投げた知恵竜にぎょっとしつつ、フィールーンも側付を見た。


「義兄上から聞いた事件を思い出したのだ。王都に次いで広大な街、カルメア――闇商人たちがのさばるその裏市場に、一斉捜査を仕掛けた時の話をな」

「兄……? ではやはりお前は、あの銀髪の騎士の!」

「ああ、義弟おとうとだ」


 威風堂々と言い放ち、リクスンは琥珀色の瞳を光らせて夫人を睨む。


「当時の騎士隊により、様々な闇商人どもが捕らえられた。中でも獣人専門の人身売買人から救った子供たち――その有様はおぞましいものだったと聞く」

「……ふん。“商品”をどう扱おうと、商人の勝手ではなくて」


 分厚い唇を引きつらせつつも、バネディット夫人はまだ余裕たっぷりに嗤う。その中に言い知れぬ怒りの炎が燃えているのを感じ、フィールーンは思わず半歩退がった。


「覚えがあるかですって? よくも、よくもわたくし相手にそのような問いが発せられたものねえ。ええ――よく覚えてましてよ、この騎士畜生ッ!」

「ひっ!」


 唾を飛ばして怒鳴った夫人に、脇に控えているタルトトの尻尾が縮み上がる。


「お前達がわたくしたちに与えた損害ときたら……! 女神の宝石箱に収められた品々をもってしても償いきれないほどのものでしたのよ」

「哀れな影武者を使い、逃げおおせた商人がいたという。それが貴様だな、バネディット?」

「ハッ、ご明察ですわあ! 夫はその後、事業を立て直すために苦心し――わたくしに全てを託して志半ばで天に召されました」


 大きな拳でドンと肘掛を打ち、夫人は血走った目でリクスンを睨み返した。


「ここですぐさまお前を捕らえ、惨たらしい仕打ちでもって“歓待”さしあげたいところですが――良いでしょう。目の前のお客様に愉しんでいただくことこそ、今のわたくしの務め」


 膨らんだ鼻からフーッと息を落とし、夫人は影のように控えていた従者を呼んだ。


「オルヴァ。“あの子”を連れてきなさい」

「宜しいのですか、夫人。あの者は2日前の“遊戯”にも出場しております。しばらくは――」

「だからこそ、さらに滾っていることでしょう――血に飢えた獣のようにね」


 女支配人のらんらんと燃える瞳を見、従者オルヴァは改めて静かに腰を折った。そのまま音もなく後方の暗がりへと退がっていく。


「だ、誰か来ます……!」


 やがて敏感なフィールーンの聴覚が、冷たい石造りの通路をひたひたと歩いてくる足音を拾った。


「お待たせいたしました」


 燭台を手にしたオルヴァに伴われ、背の低い獣人が戦いの場へと現れる。


「次の対戦者は、この者となります」


 砂埃が絡まった灰色の髪に、欠けた犬耳。痩せてはいるが、その少年の身体は一切の無駄もない筋肉に覆われている。両手に握られているのは、三日月型に反った大振りの短剣ダガーだ。


「……っ!」


 ゆっくりと顔を上げた少年――その氷のような薄青色の瞳と視線がぶつかると、フィールーンの背に冷たい汗が噴き出した。

 

「……強いな」

「えっ?」


 ぼそりと頭上から落ちた声に顔をあげると、木こり青年が真剣な顔をして場を睨んでいる。フィールーンの反対側から彼を支えるエルシーも、兄と同じ茶色の瞳を見開いていた。


「リンさん……!」


 長年の修練を積んだ兄妹が示した懸念に、フィールーンの緊張も高まる。こちらの不安は置き去りに、側付騎士は従者から長剣を受け取った。


「……」


 静かに得物を構えた相対者を見、リクスンがその精悍な顔を曇らせる。そこへ悟ったような夫人の声が飛んだ。


「子供だからといって手加減するのはおすすめしませんわよ、騎士さまぁ?」

「何だと?」

「なぜならその者は、この地下においての“王者”」


 冷酷な愉悦に満ちた笑顔を浮かべ、夫人は地下中に轟くような声で続けた。



「もっとも多くの戦いをくぐり抜け、もっとも多くの同胞を殺した――“心なき狼”なのですから!」


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