第5章 未来への祈り
5−1 この大バカやろう
濃紺の夜空を横切って飛ぶ、ふたつの影。
先頭を往くのは翼を持ったヒトのような影、それに竜の巨影が続く。
それらと満月が重なった瞬間、先行する影の中で布らしきものがひるがえり、月光を受けて輝いた。
フリルから覗く細い足には、ヒトには見られない縞模様が浮いていた。
「旦那……」
ドレスの主と思われる小さな人影が、ぽつりと声を落とす。子供らしきその高い声を聞き、彼女を抱えて飛んでいる存在――竜人は、金の瞳を瞬かせた。
「寒ィか? ま、その格好じゃあな」
「へへ、どうにもくすぐってぇ言葉だ。つーか旦那、笑わねえんですかい」
「何でだよ。わりと似合ってるぞ」
「……。相変わらず、正直な方だ」
感謝の言葉と共に、うつむいていた顔がゆっくりと持ち上がる。泣きはらした顔の少女、その頭からは茶色の獣耳が突き出ていた。
「本当に、すまねえことをしたでやんす。あっしのせいで、皆さんが大変なことに」
跳ねた短髪と同じオレンジ色の瞳が、気まずそうに伏せられる。
「り、リクスン様のお身体は大丈夫でやんすかね? エルシーの姉貴の力があったって、あんなにひでぇ具合じゃ……」
「心配ねえさ。あいつは丈夫だ」
「フィールーン様だって、あっしらのために相当な無茶をなさっちまった。タダで済むとは思えねえっす」
「飛んでる最中は、いつものお喋りを控えとけよ。舌噛むぞ」
「……それでも喋り続けるのが、商人の性分ってもんで」
上空の冷えた夜風が、少女の呼気を白く染め上げる。しかし彼女の肩が震えている理由が寒さによるものだけではないことに気づき、竜人は抱えた腕に力を込めた。
「ねえ、旦那……。あっしね、思うんですよ」
獣人の少女はどこか淡々とした声で続ける。
「どうして神さまって御方は、あっしたちみんなを“同じ姿”に創って下さらなかったのかって」
「……」
身体と同じく不安定に揺れるその声に、竜人はただうなずきだけを返す。
「どうして獣人って奴らに、こんな耳や尻尾や牙なんかを、お付けになっちまったんだろうってね」
「タルト」
「いや、良いんすよ? ど偉い御方の大仕事に、あっしなんぞがクチを挟む気はねえんです。ただ」
優美なドレスの胸元にシワを刻みながら握りこみ、少女は小さな牙を覗かせて吠えた。
「本当にただの気まぐれだってんなら、ひと言こう申し上げてやりてえんです――“この大バカやろう”って!」
艶やかな布地を滑って青年の頬を打ったのは、真珠のような少女の涙だった。
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