4−27 なら、間違いないだろう
「……」
うっすらと目を開いたセイルの視界に、見慣れぬ小屋の天井が映る。
寝具に沈み込んだ身体の気怠さを考えるに、竜人として力を振るったあとらしい。湖に落とされた苦い記憶が脳裏をよぎり、重々しい息を吐いた。
眠ることのない心中の賢者テオギスが、目覚めに相応しい爽やかな声を寄越す。
(やあ、お目覚めかい友よ。胸の傷はどうだい?)
「……問題ない」
(それじゃ、お腹の具合はどう?)
「……。問題ある」
深刻な声で答えると同時に、ぐううと大きく腹の虫が絶叫する。友は笑いながらも促した。
(だと思ったよ。行こう、君の妹がおいしい昼食を作ってくれてる)
言葉に違わず、素晴らしい香りが小屋の戸口から侵入してくる。セイルは身体の気怠さを忘れ、寝台から飛び降りると早足で外へ向かった。
眩しい午後の日差しに手をかざすと、すぐに家族と仲間の声が飛んでくる。
「お兄ちゃん! よかった、起きたのね」
「旦那ぁ! 溺れちまったって聞いて、心配しやしたぜ」
鉄の網で豪快に肉を焼いているエルシーと、皿の山を構えて待っているタルトト。次にそのとなりから、控えめだが嬉しそうな声が上がる。
「せ、セイルさんっ! 大丈夫ですか? 寝台までお食事を、お持ちしようかと……!」
「姫様、そのような下働きなら俺が」
焼けた肉で山盛りにした皿を抱えている主君に、側付が急いで申し出る。そんな生真面目な若者に忠告したのは、1人だけ優雅に切り株に腰かけている優男だ。
「バカだねえ。フィルから“あーん”されたほうが嬉しいでしょうが」
「な……!?」
「そ、そんなことしませんっ!」
素直に狼狽える2人を面白がるように見た後、アーガントリウスは自身の向かいの席――こちらもただの岩だが――に腰をおろすようセイルに目配せする。
「ま、座んなよ。怪我人なんだからさ」
「……もう治った」
「ありゃま、さっすが竜人さま。けど失った血の分、モリモリ食べなきゃね」
セイルは素直に従いつつも、戦いの舞台となった湖に目をやった。どうも記憶している形と異なっている。
完璧な正円だったはずの縁は深く抉れ、今や湖は幼いころ妹と一緒に作った雪だるまのような形を成していた。
「やりすぎちゃった。てへ!」
「……“800過ぎたじじいのそれはキツい”」
「今の絶対テオギスでしょ、あの不肖弟子ッ!」
否定せずに肉の皿を引き寄せたセイルに、アーガントリウスはひとつ咳払いを落として話しはじめた。
「それで、次の目的地だけど。とりあえず調薬のための基本の道具や材料を揃えようと思う。国境のホーラン地方にいい町があんのよ」
「……」
「難しい材料集めはその次からね。と言っても幸いなことに、同じ地方にひとつある。これは群生地にさえ着けたら、サクッと手に入るかな」
「おい」
まだぼんやりとした頭でも違和感を感じ取ったセイルはぼそりと声を上げるが、先に嬉しそうな声が割り込んできた。
「ち、近いですね、アガト先生っ! 良かったです」
「……“先生”?」
「あ」
追加の皿をテーブル代わりの大岩に下ろし、フィールーンが顔を赤くして告げる。
「あ、あの私っ……アーガントリウス様に、弟子入り、しまして」
「……」
「魔法の扱いを、勉強しようと……。ご、ご迷惑でしょうか」
なぜ自分に許可を求めているのか不思議に思いセイルが黙っていると、友から耳打ちするように補足が届く。
(君が湖に落ちた後の功労者はフィルだよ。彼女は戦う決意をしたんだ)
「……そうか」
半分ほど空になった皿を置き、セイルは音もなく立ち上がる。おどおどと視線を彷徨わせる王女の前に立つと、その艶やかな黒髪頭にぽんと手を載せた。
「思うようにやれ。お前ならできる」
「ふぁっ!?」
とたんに顔から蒸気を吹き上げてヘナヘナと座り込んだフィールーンを見下ろし、木こりはぎょっとする。妹にしているのと大差ない激励のつもりが、妙な効果をあげたらしい。
「ホワード、何様のつもりだッ!? 大体俺はまだ、弟子入りに賛成してなどおらん! 王女みずから戦いの場になど――」
「オレを湖から引き揚げてくれたのはお前だろう。世話をかけた」
「別にかまわんッ! というか話を聞け!」
忙しく表情を変える騎士を差し置き、セイルは知恵竜へと向き直る。
「オレたちの旅に同行するのか。アーガントリウス」
「ありゃりゃ、それもしかして嬉しくて堪らないって顔? 無表情だけど」
「……」
セイルが黙っていると、アーガントリウスは指先で顎を掻く。やる気のない無精髭は引っ込めたらしく、その姿はさらに若々しく見えた。
「あー……うん。まあ、そゆコト」
若々しいだけではない。その表情からは今までの無気力さが消え、紫の瞳からは明らかな生気が見て取れた。
それらを確認したセイルはうなずきを落とし、残りの肉にかぶりつく。
「そうか」
「ちょっと。そこはなんで心変わりしたのかって訊く場面でしょうが?」
「何でだ」
「ほ、ほんと不器用ね、セイちゃん……」
気を取り直した様子のアーガントリウスは、紫の髪を優雅に掻き上げて答える。
「まあ、アレよ。かつての保護主の末裔で、さらに元弟子の魂まで取り込んじゃった女の子がはるばる俺っちを訪ねてきてよ? ほっとけるわけないじゃん?」
「エルシー。肉、もう一本くれ」
「俺っちの決意表明って、昼食よりも価値ないかな!?」
愕然とする知恵竜をちらと見、空皿を手に立ち上がったセイルは答えた。
「お前の決意はお前だけのものだ。讃えるなら、自分でやれ」
「お……おっしゃる通りで、うん。すごいぞ、俺っち。がんばれ俺っち」
「あ、アガト先生!」
セイルと入れ替わりに駆けてきたフィールーンが、ぺこりと黒髪頭を垂れる。
「わ、私もきちんとご挨拶していませんでした。こ、この度は旅にご同行いただき、心からの感謝を」
「あー、お堅いコトは無しでいいって。師弟っつったって、
セイルが新たな肉を頬張りつつ観察している前で、今度は彼女の“師”が照れたように笑んだ。
「ま、引き受けたからにはとことんやろっかね。幸い、魔法は楽しい学びだよ」
「は――はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「俺っちも、そろそろ自分のコト考えなきゃいけない歳だしね」
広い空を見上げるアーガントリウスの瞳が、どこかするどさを帯びる。セイルはごくんと肉の塊を喉に流し込み、訊いた。
「世界樹のことは良いのか?」
「うん、この旅のほうが緊急性高いし。それに……例の半端竜人や、俺っちと因縁のある“黒い竜人”が、世界樹の件にも与している気がするのよね」
「根拠は?」
「800年で培った“勘”――って言ったら、君の中の元弟子は笑うかねえ?」
セイルが橋渡しをする前に、心中から力強い返答が寄越される。
(なら、間違いないだろう)
友の言葉を伝えると、ヒトの姿をした大魔法使いはふふっと笑った。
場が和んだところで、商人が縞模様の手を揉みながらスススと近寄ってくる。
「ところで魔法使いさま。ホーラン地方にある材料ってのは、どんなものなんですかい? まさか相当な値ががつくお宝ってヤツじゃ……?」
「ん? いや、ただの花だよ。あの地方にしか生えないってだけの」
「な、なーんだ……。ちなみに、なんていう花なんで?」
「ギャラクトラペルポルッコルウィーナ」
「名前すげえな」
しかし商人よりも驚きをあらわにしたのは、王女だった。
彼女は手にしていたフォークを取り落とし、茫然とする。
「い、今……ギャラクトラペルポルッコルウィーナと?」
「よく言えたね、フィル。知ってるの?」
「あ、あの」
空色の瞳を曇らせ、王女はセイルをはじめ皆に視線を向けて言った。
「そ、そのお花――絶滅、しました」
<第4章:知恵竜と世界樹 完>
***
4章読了お疲れ様でした&ありがとうございましたー!
少しでも「よかったよ」と感じていただけたら作品のフォローや♡、コメント応援などお待ちしております。
今回はキャラクター紹介ではなく、とある間話を挟みまして次章へと移ります。
5章では絶滅したという花をめぐり、激しい戦いが繰り広げられます。ある仲間の過去も語られる次章もぜひお楽しみいただければ幸いです!
Twitterで更新進捗や制作小話、自作イラストなど呟いてます→@fumitobun
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