4−9 年季入ってるから

 木こりの青年が賢者の昔話に耳を傾けていた頃――。


 その場所からは少し離れた根本を調査する、3人の若者の姿があった。


「うーん……。とくに何も異常はないわね」

「そ、そうですね」


 首を傾げるエルシーに、隆起した巨大な根を調べていたフィールーンもうなずいた。


「植物として弱っている、ということもなさそうだが……」


 すでに数度足を滑らせている自分を支えるため側に控えたリクスンも、手袋越しに幹を叩いている。


「一体、何が異常なのだ?」

「目に見えるものじゃないとは思ってたけど、あたしにもさっぱり分からないわ。精霊の多さから、やっぱり魔力が異様に蓄えられているのは感じるけど」


 緑と青の光粒が楽しげに舞い、エルシーにまとわりついている。フィールーンはその神秘的な光景を羨ましい思いで眺めていた。


 しかし現実的な側付が、無頓着な声で訊く。


「精霊に尋ねてみてはどうだ、木こり妹? ここは彼らの住まいなのだろう」

「もう訊いたわ。けどここのみんなは、あまりお喋りじゃないみたい。供物でも持ってこればよかったわね」

「く、供物とは……?」


 眉をひそめたリクスンを睨み、エルシーは緑髪の尻尾を振った。


「今、なんか物騒な想像したでしょう」

「む……」

「ただの果物やお菓子でいいのよ。あとは丁寧に森の繁栄を祈れば、精霊はたいてい仲良くしてくれるわ」

「へえ……! す、素敵ですね」

「ふふ。フィルも精霊に好かれてるわよ?」


 エルシーの言葉を裏付けるように、精霊がふわりとフィールーンの黒髪をくすぐる。嬉しさに頬を上気させつつ、王女は呟いた。


「言葉がわかれば、い、いいのですが」

「それは難しいかもね。でもアガトさんも言ってたように、あたしもフィルは魔法使いに向いていると思うの」

「そ、そうでしょうか……?」


 平静を装うも、フィールーンは耳が熱を帯びていくのを感じた。実はアーガントリウスに“魔法の才がある”と評されたことがずっと心に引っかかっているのである。


「で、でも……。レイモルド大臣に知識として魔術の理論を習った時は、さ、散々だと言われて……」

「魔法と魔術はぜんぜん違うものよ。お兄ちゃんも魔術はサッパリだけど、竜人になればなんとなく魔法を使ってるもの。大体は魔力を放つだけの力技だけど」


 面白がるように言い、少女は兄と同じ茶色の瞳を輝かせた。フィールーンの心は期待に沸いたが、となりの側付は渋い表情をしている。


「しかし、魔法が竜人化のきっかけになる可能性も……」

「心配性ね。あっ、そうだわ! きちんとした方法で学んで、小さなものからはじめていけばいいんじゃない?」

「どういうことだ」


 根を足場に跳び上がったエルシーは、小屋の方角をびしりと指差して宣言する。


「もちろん――アガトさんに弟子入りすればいいのよ!」

「え、ええっ!?」


 まったく予想もしていなかった少女の提案に、フィールーンは仰天する。ついでに根から足を滑らすが、すかさず側付の手が背に伸びてきて悲劇を防いでくれた。


「あ、ありがとう、リン」

「木こり妹! 姫様をからかうな。危ないではないか」

「ねえ、いい考えじゃない? テオさんにも訊いてみなくちゃ」

「話を聞けッ! まったく、兄妹そろって……」


 ぶつぶつと文句を垂れるリクスンに苦笑し、フィールーンは安定した根を見つけて腰かけた。高低差が激しい世界樹の探検に体力を削がれ、元ひきこもり王女は息をつく。


「お疲れですか、姫様? 成果も無いですし、そろそろ引き揚げては」

「そ、そうですね……。セイルさんも、お辛そうでしたし」

「まあ帰りも船なんだけどね。ん? ちょっと待って――あれは」


 もっとも高い根の上にいるエルシーが、目の上に手をかざして遠くを凝視している。見ると、フィールーンの目にも空中にいる紫色の物体が確認できた。


「竜になったアガトさんよ! 何かに追われてる――こっちに向かってるわ!」

「なっ……何だと!? まさか」

「ええ――相手は“半端竜人”よ!」


 青ざめたエルシーと、彼女の周りで警告を発するように激しく明滅しはじめた精霊たち。心なしか肌がざわめくのを感じつつ、フィールーンも立ち上がった。


 その瞬間、幹の向こう側から何か黒いものが空へと飛び立つのを目にする。


「! セ、セイルさんっ!?」

「お兄ちゃんっ! 無茶よ、こんな水の近くで戦うなんて!」


 自分たちの声が耳に入ったかは不明だが、竜人となったセイルは紺碧の翼を広げて湖上を滑るように飛んでいく。その疾さたるや、すぐにこちらの声など聞こえようもない距離が空いてしまった。


 入れ替わるようにして紫の物体が大きさを増し――やがて細身の竜が焦った様子で世界樹へと降下してきた。


「はいはいそこ、ちょい退いてーっ!」

「きゃああっ!?」

「姫様ッ!」


 すさまじい風が吹きつけ、フィールーンは側付に支えられながら頭を低くした。辺りが一瞬巨大な影に覆われ、そして去ると共に罵声が響く。


「いっだだだ、もーなんなのアイツ!」

「あ、アーガントリウス様っ!」


 呼びかけながらハッとしたフィールーンだったが、昨夜と違いヒト姿の知恵竜はきちんと雅なローブを身につけていた。


「あ、この服もまあ魔法の一種ね。昨日は姫ちゃんの姿にびっくりして、出すの忘れただけで――」

「そんなことどうでも良いわよ! アガトさん、竜人に襲われたの!?」

「あー、やっぱアレが竜人なのね」


 苦々しげに言ったアーガントリウスは、空でぶつかりはじめた2つの姿を見上げた。


「んじゃ途中でこっちから飛んできた蒼いのが、セイちゃんなんだ? 全然違うね……ってか、魔力は若い頃のテオギスそのものってカンジ」

「そうなの――じゃなくて! そうだ、タルトちゃんは!?」


 エルシーの叫ぶような問いに、フィールーンも側付も急いで小屋を見る。遠目には変化のないように見えた。


「リスちゃんには、魔法を施した箱に入ってもらってる。あの小屋が焼かれようが流されようが心配ないよ」

「お、お怪我は……」

「それも大丈夫。おじさん、逃げ足だけは年季入ってるから!」


 ありもしない力こぶを作ってみせるアーガントリウスに、フィールーンはぎこちなくうなずいた。しかしその瞳は心配から、自然に空へと流れる。


「リスちゃんに“あの香瓶を買わせてくれ”って迫られてるところで、ヘンな魔力を感じてさ。小屋から出た瞬間、森から飛び出してきたあの黄色い竜人と目が合っちゃって」

「なぜ世界樹へと飛んできたのです! こちらには、婦人たちが――」

「え? いや、だってさあ」 


 知恵竜は頭の後ろで両手を組み、悪びれずに答えた。



「狙われてるの、お前らなんでしょ? 俺っち、全然カンケーないもん」


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