第73話 お会計

メインディッシュのステーキを食べ終わる頃を見計らって、それぞれのテーブルに注文を確認しに行く。


「最後はデザートをご用意しておりますが、まだ食べ足りないのであれば、追加でお料理をご用意いたしますが、いかがいたしましょうか?」


「私はもう、お腹いっぱい、これ以上のお料理はいらないわ」

「私も同じ、もういらないわ」


「俺は、なにかあっさりしたものがあれば少し欲しいかな」

「儂も、もう要らぬがデザートは何があるのかな、シャーベットというものであればいただこう」


「かしこまりました、本日のシャーベットはマスカローネ、ピーネのご用意がございます、さぱっりしたほうがよろしければマスカローネがお勧めですね」


「では、マスカローネでお願いしよう」

「私も! 私は両方でお願いします」

「これっ、はしたないですよ」

「だって、お母様、食通のお父様が美味しいとおしゃっていたシャーベットなんですよ、この店以外では食べれないのでしょう、だったらお行儀が良くて食べ損ねるより、はしたなくても食べれるほうが私は良いわ」


 母のお小言を物ともせず言い返し胸を張るクリスティナ。

 母はため息で、父と息子は苦笑している。

 なんだか、うちの女性陣と気が合いそうだよな、このお嬢様は。


「ご用意させていただきますので、少々お待ちくださいませ」


 ヴァイスさん達にもきいたら、マリーナさんは満足、ヴァイスさんはちょっと物足りないみたいだったので、卵雑炊を用意させてもらった。


 本当はステーキにガーリックライスをつけたかったけど、こっちの主食はパンだからとやめておいて正解だったね、雑炊出せないじゃん。


 卵雑炊も好評だったけど、目ざとく見つけたシンさんにリクエストされたから、そっちはカールさんに作ってもらった、店の客じゃないし。


 そんなに卵が好きなのかと思って、ちょっと聞いてみたら卵は完全栄養食品なんだって、なんなら雛鳥の丸呑みでもって、絶対、店でやらないでよね! 食事風景がエグイし、生餌の丸呑みなんて、それは料理じゃないから。


 ほら見ろ、ナナミ達も嫌そうな顔してるじゃないか、そんなカウンター席は放置でいいよな。


 デザートにはクレープを用意してみた、材料がこっちの物だけでも出来るからさ、あんまり珍しいものばかりよりは、と思って選んだつもりだったけど、新鮮な卵が高級品だってすっかり忘れてたよ。


 クレープも生クリームもあるけど、超高級品らしくドナーテルさんクラスでも年に数回しか食べられないらしい。


 マリーナはそれはもう、幸せそうに食べてくれてるけど、ヴァイスさんは蒼ざめてたよ、値段を気にしたんだろう、コース料理の中に含まれてるから大丈夫ですよと説明しても、しばらく手をつけてなくて、一緒に添えたシャーベットが溶け出してしまい、マリーナに言われて恐る恐る口に入れた後は、スゴイ勢いで食べてくれたからいいけどさ。


 ちょっと心配になって、カールさんに今日の食事に値段をつけたらどれぐらいかと聞いてみたら、金貨20枚で食べれたら安いかも、と言われてびっくり! 


 あのクレープとシャーベットだけで金貨10枚は行くんじゃないかと言われて、二度びっくり! そんなにですか、いくら何でも高すぎでしょう?


 新鮮な卵も砂糖も庶民には手に入らないし、質の良いものはめちゃくちゃ高い! シャーベットの希少価値を考えたら妥当な値段だと言われてしまった。


 最近は、ダンジョンで食材にも困らなくなってたから、つい忘れてたよ、今回はドナーテルさんがお客様だったからという事で、次からはもう少し考えて料理を出さなくちゃな。


 お会計でドナーテルさん達は、金貨3枚と純銀貨4枚、ヴァイスさん達からは金貨1枚と純銀貨3枚をいただいた。


 二人から安すぎると言われたが、原価はほぼ0円、ダンジョンからの採集も最近はタイガーヴァイスに任せているので、労働力もほぼかからず、この値段は高いと思うんだけどな。


「ご店主、この料理とお酒でこの値段はあまりにも安すぎる、料理に見合う対価を取らねば足元を見られたり、この店への入店チケットの争奪で無駄な争いが起きると思われる、相応の対価を取ることは当然なのだよ」


 やっぱり、そうきたか、カールさんに値段を確認した時点でなんとなく予想はしてたんだけどさ、だったら忠告してよって思ったら、ただの雇われ人が口出しなんて出来ませんだって。


 だから、管理職きぞくなんてヤダって言ったんだよ。


 ドナーテルさんの言葉を聞いて、一瞬喜んだヴァイスさんの顔が固まっちゃたじゃないか、ここは俺が頑張らないと!


「ドナーテル様、この値段はお館様にもご了解いただいている値段ですし、これから先もそれほどお高い値段をいただく予定はございません」


 険しくなるドナーテルさんの顔だが、頑張れ、オレ!


「ところで、ドナーテル様、先程のドレッシングをもし売るとしたら妥当なお値段はおいくら程になると思いますか? そうですね、このぐらいの大きさの瓶で売るとしたらなんですが」


 近くあった、どこでもあるような手のひらほどの大きさの瓶を指さしてみた。


「そうですな、一本金貨1枚位ですかな」


 高すぎん?


「その値段で売れますか?」

「もちろんです、王都の王侯貴族に引っ張りだこでしょうな」


 なるほど、ここで売るわけじゃあないんだ、さすが大商人だけあって販路が広いな、ここで売ることしか考えてなかったから、そんな高い値段じゃ無理って思ってたけど、そっか、王都で売るのか、じゃあさ。


「なるほど、最初の一本はそれでもよろしいかもしれません、ですが、このレシピは舌の肥えた料理人ならばすぐに真似出来るようなものなのですよ、それならばレシピをギルドに登録してレシピそのものを売るのはいかがでしょうか?」


「最初は王都のレストランで試験的に販売をしてもらい、話題になったところでレシピを売り、最初はそれこそ金貨1枚位でもかまいませんが、徐々に値段を下げて行き最終的には庶民にも行きわたるようにしてもらいたいのです。そして、ここで本当に売るのはレシピではありません」


「どういうことですかな?」


 訝し気にカイルの顔を見つめるドナーテル。


「本当に売っていただきたいのは、このイザ・カヤルの食としてのブランドです。王侯貴族のみをターゲットにするのではなく、庶民も楽しめる美味しい食事をこのイザ・カヤルのブランドとして売っていただきたい……、とカイル様がおっしゃていました、その為にもそれほど高い値段は必要ないのです」


「実際、こちらのドレッシングの原価は銀貨2枚もかからない程度なのですよ、薄利多売を目指しましょう、損して得取れです」


 薄利多売、損して得とれ、どちらも初めて聞いた言葉だが、なるほど一理ある、一考する価値はあろうな。

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