第50話 ダイチの怒り、猫又の涙
挨拶も終わり、ドワーフの長老ガンドックさんは、ちゃっかりお試しセットを持って帰ったよ。だって、離れないんです、どうやっても.
三本セットをじーっと見たまま動きませんから、お渡しさせていただきました。
そして、帰らなかった方がもう一人、蛇人族のサファイルさん。
シンさんの娘さんというだけあって、薄く紫がかった髪と、おそろいの瞳。真っ白な肌に唇だけが異様に紅い、超絶美人さん。
シンさんの女バージョンも、圧倒的な美しさだったけど、サファイルさんは、それよりも魔性の性質が強いようだ、同じようなダダ洩れのエロスでも、なにかが違う。見ていると引き込まれそうな感じは同じだけど。
「サファイル、主様に【魅了】はきかぬぞ。我の【魅了】でも効かぬのだ、そなたのような小娘の技がきくはずもないわ。」
「えっ、俺にそんな技かけてたの、いつ? 」
さっきのの引き込まれそうな感じは、そのせいなの?
「我も主様に、何度か試してみたが、効かなかったわ、【魅了】に耐性があるわけでは、ないようなので、単に魔力量の差でかからぬのかもしれぬな。」
じゃあ、俺がシンさんにドキドキを感じてたのは、その【魅了】って技のせいなのか。
・・・・・いや、まて、俺にそんな危なそうなことしてたのか?
俺のことを、主様って呼びながら、扱い酷すぎるだろう!
「シンさん、話があるんだけど、」
「何用かな、主様、話なら後で二人きりで、ゆっくりと・
・・・・・・・・・・「シンさん!!」・・。」
「ふざけないでくれるかな、俺は、怒ってるんだから!」
いつにないダイチの様子に、姿勢を正して向き合うシン。
「シンさん!、【魅了】ってなに? 俺に何をしたの。」
「【魅了】というのは、蛇淫族とヴァンパイア族が使えるスキルで、それにかかると気持ち良くなれるもので、決して害のあるようなものではなく・・・」
「気持ち良くなるだけじゃないでしょう!、他には? 」
「・・・・相手を惚れさせる効果がある・・・が、主様はかからなかったゆえ・・」
「それは、結果論だよね、かかるかもしれなかった、もし、かかったらどうするつもりだったの? 」
いつも、堂々としているシンが、ダイチと目を合わすことが出来ない。
それほど、いつもとは違うダイチの様子にうろたえていたのだ。呪術にかけられたとはいえ、自分を殺そうとしていた義母と義弟を、あっさりと許したのに、自分には、あからさまな怒りを向けている。
ただ一人と決めた相手から、嫌悪されるかもしれない、そう思うと800年以上の生の中で、初めて恐怖を感じた。
なりふり構わず自分の快楽のみを求める邪神ロキ、その血筋は確かにシンの中にも息づいていたのだ。
まして、初めて己が仕えるべき相手が出来たことに浮かれて、暴走しすぎであったことは否めない。
「黙っててもわからないから、ちゃんと答えてね。」
冷たいダイチの言葉がシンに突き刺さる。
神族の端に位置するシンにとって、死は恐れるものではない、死の痛みは訪れても、消滅するものではないと知っているから。
だが、今、目の前の主から、冷たく蔑んだ目で見られることは、耐えがたい苦痛をもたらしたのだ。
生まれた時から、強大な力を持ち、父親ロキのせいで、神々からは距離をおかれ、人間からは畏怖され、同じ蛇人族からも、始祖様とあがめられることしかなかったので、他人との距離感や、接し方が良くわかっていなかったのだ。
ダイチのあまりの剣幕に、答えられずに口ごもるシンを見かねて、ナナミが声をかける。
「ダイチ、シンさんも悪気があった訳じゃないから・・・」
「悪気がなかったら許せというの? 【魅了】って心を縛る術だよね、そんなものをかけられて、笑って許せるのかな、ナナミだったら。」
「それに、この屋敷も含めて何もきいてないよ、何一つ! 説明も無いし、俺の気持ちや意見は誰か考えてくれたのかな? 」
「俺は、ミハルや猫又達が安心して暮らせるように、ナナミも同じだよ、いずれ王都に行くにしても、それまではここでって、シンさんも一緒に家族みたいに暮らしてって・・・。」
誰も、言葉が無かった・・・。
ダイチが、このまま皆をまとめてくれたら・・・
もともと、領主の後継ぎなんだし・・・・
なんとなく、仲良しグループの延長みたいな感覚で、ここまできてしまった。
本当は分かっていた、肝心のダイチの気持ちを聞いていないことに、でも、聞いたらきっと断られる。
だったら、舞台を全て用意してしまえば、渋々でも、仕方ないなぁ と引き受けてくれるんじゃないかと、自分達に都合よく思い込んでいたのだ。
「シンさんも、ナナミも、ミハルも、今日はこれ以上無理だ、俺の部屋を用意してくれ、そして、誰も来ないで。」
静まりかえった部屋の中で、一人、また、一人と部屋を出て行き、ダイチだけが残された。
一人になった部屋の中で待っていると、トントンと軽いノックの音がした。
「お部屋のご用意ができましたのにゃ。ご案内いたしますにゃ。」
サイゾーくんが、お迎えにきて、部屋まで案内していく。
耳もしっぽも力なく、下を向いていて、無言で歩く廊下は、ダイチの靴音だけが響いていく。
「こちらですにゃ。」
ダイチが部屋に入っても、サイゾーくんは、部屋から出て行こうとしない。
うつむいたまま、じっとしている、その様子に気が付いても、ダイチもただ、何も言わず黙って見ている。
沈黙に耐えられなくなったのか、サイゾーくんがうつむいたまま、足元まで近寄ってきた。
「ダイチ様、ミハル様を許してほしいのにゃ・・・お願いいたしますにゃ・・」
サイゾーくんを自分の目の高さまで抱え上げて、目を合わせると、涙がぶわっと盛り上がりポタポタと床に落ちていく。
うっっく、ひっく、・・・・あうっ、あうっ、、と声にならない。
「ずっと、ずっと、ミハル、しゃま・・は、寂しか、ったのにゃ、前世でも、 今世でも、・・
こんな風に、まわりに、みんな、・・いる・・の・・なかったのにゃ・・・・・ごめんなさい・・なのにゃ。」
途切れ、途切れだが、なんとか伝えようと、しゃくりあげながら、一生懸命なその小さな体の、柔らかな背中や、頭を撫でていると、硬くなだった心が、ほんの少し緩んでいくのを感じた。
「大丈夫だよ、もう、ミハルは一人じゃないだろう、」
「でも、でも・・・ダイチ様は、一緒に、・・くらしゃ、にゃい? ここには、いにゃい・・のかにゃ? 」
また、大きく涙が盛り上がって、ボタッ と落ちる。
よしよし、と宥めるように、柔らかなサイゾーくんの背中をポンポンと叩いても、こらえきれずに涙が落ちていく。
「・・・ちょっと、考えさせてね、俺が居酒屋の準備してたの知ってるよね、すごい楽しみにしてたんだ、この屋敷の周りをイザカヤって呼んでもね・・・ それは、違うでしょう。」
泣き顔のまま、どうすることも出来ずに、じっとダイチの顔を見る。
楽しそうに居酒屋の準備をして、今日はここまで出来た、明日の予定は・・・と、
ほとんど、ダイチの側で、ずっと見てきていたのだ。
泣き止まないサイゾーくんを、優しく床におろして、声をかける。
「他の猫又達も、出ておいで、そこに隠れてるの分かってるし、怒ってないから。」
ぴょこっ、ぴょこ、としっぽや耳がドアの陰から覗いている。
もう一度、サイゾーくんを抱き上げて、ドアの陰に隠れている仲間のところに連れて行く。
一人一人、一匹一匹?、抱きあげて背中をポンポンと叩き、ゆっくりと頭から腰の辺りまで撫でて、柔らかな毛皮の感触に、自分自身も癒されて、ゆっくりと扉を閉めた。
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