23 身近な神話 (1)
翌日……図書館前で再会したツララは、見慣れた無表情に何とも言えない微妙な……感情を乗せた視線を纏いつかせていた。
「特異点・ウザイン・ナリキンバーグ。私は君に気晴らしを推奨はしたが、何故学内に特定の種類に偏った食のパンデミックを起こしているのでしょう?」
「いきなり決めつけんでくれ……いやスマン。でも理由はマジで解らん」
しらばっくれようとしたが無理らしい。
……いや、読心術されてんだから無理だよね。
うん、解ってたさ。
昨日のラーメン惨状は、夜まで続いたが、一段落すりゃ終わるとも思っていた。
実際、大試食会の後片付けは済んでたし。
「味覚の侵略とは、一度始まったら止まらないのですよ。それが美味か珍味かの区別はありません」
すっごく呆れた口調でツララに言われた。
……はい。
それはよーっく実感したさ。
詳しくは聞いてないが、昨日、メイドたちが厨房を占拠した時に、元々のスタッフは下働きな感じでこき使われたらしい(臨時報酬は支払い済み)。
で、その時の記憶があるもんだから、痕跡を消してもゼロから再現……的な感じで朝から頑張ってるようだ。
しかも学生からのリクエストもあるようで歯止めが効かない。
どうやら、今日も学内ラーメン戦争は続くらしい。
「テロリズムは日常に小さな違和感を差し込むことで完成します。それが革命として起爆に至るか、静かに埋没し日常の一部になるかは……全て、後の誰かの感想の域でしか答えは出ません。正解のあるものでもないですから──」
そのまま自然に説教モードに移行する。
……体内時計で約30分、いかに俺がヤラカシ案件をバラ撒いて出た弊害の解説が語られるが……
ちみ、なんで内容が九年前まで遡ってってますかいね?
「黙秘案件ですね」
……言いきられたよ。
「ではそろそろ、作業再開をしましょうか」
「はい、了解っと」
さて、再びトリシアの手記を読んでいこうか。
「挟んだ
読み途中のページを開く。
その部分は、昨日のままにトリシアが娘を産んだ記憶を取り戻したところから……。
『娘は……“
「そうか……名を決めたのは、俺か」
星座や星好きの彼女も好むよう、俺が決めたらしい。
当時の彼女は、それに苦笑付きで同意した。
なんでも昴ってのは、付属する物語性で言うとあまり縁起の良いもんじゃないらしい。
だが俺はそんなことを知らないし、知っててもせいぜい、有名な歌手の持ち歌でめでたいとかアホなもの。
そのあたりも含めて、ただ苦笑いで済ませてしまった詩杏さんだった。
「どうでしょう? 何か精神への負担は生じましたか?」
「……いや、全く揺れてないとは言わないが……まぁ、大丈夫だ」
子供の名前に何か負荷の要因があったのか?
しかし、昨日のバカ騒ぎのせいか気分はそう揺れてもいない。
また、手記の内容も想像したものとは違う流れになったので……まぁ、上手い具合に気が反れたか?
「三人家庭の話かと思ったら、また放浪の旅が始まったな?」
トリシアは前世の娘のことを思い出したタイミングで旅を始める。
時期的には宮廷魔術師の知名度が世間に知れ渡ったころで、行動は隠密行動を伴うものになる。
……しばらくは行程の細々とした……地方の美味いもの巡り旅じみた感じでだが、平和な移動の事柄が続く。
最初の目的地は……南方の山岳地帯にある小数部族の集まるところ……か。
「コッパー王国の成り立ちは、円周状の険しい山脈に囲まれた広大な草原地帯に定住した部族が始祖となる。
時代を経て最初は北方の山脈側へと勢力を伸ばし、そので銅の鉱脈を見つけたことから、精錬技術を鍛えていき、それが国名の由来にもなった──」
「……うん?」
ツララの言葉はこの国の建国の逸話だ。
〈ローズマリーの聖女〉では辛うじて語る過去話。聞いた流れは……確か王家の裏で人知れず他国との折衝等に奔走してる秘密組織のイベントだっけか?
ヒースクラフトと聖女がくっつくパターンの流れで、どうやっても国の中心が色ボケ展開なのが否めない。
でも国はちゃんと機能してるぞー的な、苦しい言い訳っぽい立場の悲しい設定だったと思う。
「──そうして国となった集まりの最古の部族が、ニルフォクスという」
「……ん?」
「かの地にはもう一つ、人知れずあった事実がある。
太古の魔王の亡骸をその地に封じ、未来永劫鎮魂し続ける神命に殉じた者たちの終の地。しかし、その信仰の形のみは王国へと秘かに流れ、後に〈天光神〉という神を奉る者たちになる──」
……それって……
「──同じように、山脈の各方位にはそれぞれ、信仰に値する五つの部族と、その祖の遺跡があった──」
「──これは、〈ローズマリーの聖女〉がソーシャル環境に拡張する際、増やされた新要素。
そして、この時点で聖女という存在は、各神殿に適したものへと細分化され、この世界においては……その有り様を六つに裂かれることとなった」
「それはこの世界を創造し、トリシアとなった香取詩杏も意図しない、大きなミスになってしまった……」
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