41 うきうき、店内視察 (3)

「ちょっ、ちょっと、何ですのいきなり! えっ、なんで貴方がここに居ますのっ、ウザイン・ナリキンバーク!」

「いや……なんか、いたたまれなくて?」

「なんですのっ、それぇぇっ!」


 ライレーネ・ステンドラ。

 身分的には貴族籍を外され、麗光神の神官、そして聖女候補という立場の少女。

 そのため本来なら家名になる苗字を名乗れないはずなんだが、当人の貴族っぽい行動も含め非公認か勝手にかまでは知らないが、この形で通してる。

 まぁ、縁切りしたとはいえ相手が実の娘だろうし、そこは暗黙の……な感じなのだろう。

 ついでに言えば、ライレーネ自身に聖女のネームバリューで利点もあるし。


 で。


 彼女を発見してから、またも物陰でその逡巡の奇態を見物……もとい窺ってたんだが。

 ……さすがに10分近く続くと飽きた。

 そして支店長の権限を振りかざし商談用の一室を確保。メイドにはライレーネを速やかに連行してこいと命じて……今に至るというわけだ。


「ん、既に君が、君のその懐事情と購買の欲望のバランスを取れず苦悶する事情は察したんでな。正直、他の客のご迷惑的な徘徊にも見えたから確保させてもらった」

「意味不明ですわぁぁぁっ!」


 そりゃそうだろう。

 己の異常さなど、その当人が自覚できてる例なんて稀だ。

 泥酔者の千鳥足は、その当人にしてみたら真っ直ぐ歩いてるって認識なのだからして。


「で、とりあえずは君が居た付近の品を一通り揃えた。俺の権限の範疇で進呈するよ。好きなだけ持っていけ。……あ、手持ちできる程度に抑えてくれると有り難い」

「ちょっ、何をいきなり、確かにここは貴方の家のお店でしょうが、それで勝手に商品を扱って――」

「いや俺。この支店の支配人だし」

「――は?」

「正確には兄上との共同管理だがな。潰さない程度の私物化は想定済みだ」


 じゃないと、結果の見えない商品開発など手がだせないし。


 さすがに同い年のガキが店の実質的な権限持ちってのは意外だったのか。ライレーネは絶句状態のフリーズ中。

 しかし、その瞳の瞳孔が激しく拡縮を繰り返してるようなんで意識までは飛ばしてないようだ。


 まぁ、なんだ。

 なんとなく彼女の内心を想像をすると、露骨に俺に頼る心の葛藤で、意識の無情なリングの中、天使と悪魔のフルコンタクトでボコり合い中ってとこか?

 時折痙攣じみた身動ぎをするんで、精神的なダメージがしっかり肉体にも反映されてるっぽい。

 特に何時もの髪型で後頭部に纏めた髪の一房が“みょんみょん”と跳ね揺れるんで解りやすい。

 ……というか……


「……っふ、で、ではご厚意に甘えますわ。っていうか、何故そんなにわたくしを凝視しますのっ?」

「ああいや、……ちょっと残念だなぁ……と」

「ナチュラルに蔑まれてますのっ!?」

「いやいや、その後髪な」


 初対面の頃は綺麗な艶のある直毛だったのだ。

 だが、しばらくすると、御嬢様御用達なヘアースタイルの縦ロールと化していた。

 いや、まぁ。案外実用的な髪型らしいんだけどな。


 実技などで激しい動きが必要な時、纏めないままの直毛でしかもロングヘアとなれば、最悪その場で頭部が爆発したのかくらいに髪の玉ができあがる。当人は案外視界も通るので問題無いらしいが、それでも全周囲へと毛の長さサイズに広がった状況は行動としてはマイナスだ。

 綿飴作るのに割り箸を突っ込んで引っかける感じに、髪が後の行動への障害となるからな。


 そうならないよう、長毛の女子は髪を結い上げヘルメットを被ったようにしてるのが基本。まぁ御令嬢の嗜みの一つ。

 また、長毛のスタイルはそのまま、しかし髪が爆発しないよう調整したのが、例の、その縦ロールで幾本かの房となしたものとなる。

 それなら広がるにしても邪魔になる程度を抑えられるし。


「むむむ、これは先日お会いした先輩よりのアドバイスです。気品を失わずより実戦的な行動がとれるのですわっ」

「……ちなみに、その先輩とは?」

「リリィティア様ですわ、ライオンレイズ公爵家の、正に正真正銘の御令嬢ですわよ!」


 おのれ、あのラスボス様めぇぇぇぇっ。


 可能な限り聖女とは接触させないよう画策したつもりなのに、ちょっと油断するとこんな展開がががががぁぁぁっ。

 ……っと、なら大事な事を確認せんと。


「ま、まさかあの姫様に因縁つけられたな話には?」

「はぁ? なんですそれ。あの方は私が体術の実技で不甲斐ない動きしかできないのを偶然見られて、適切な御指示を頂いたのですわ。

 髪がより良い動きの妨げとなるなど体術の教師でも指摘されなかった部分です。

 淑女が淑女らしき振る舞いを行うための実践的なアドバイス、大変ためになるご指導でしたわ!」


 ……それは、なんとも新鮮なご指導で。

 まぁね。体術でそんな部分まで加味するのは、中国武術の弁髪戦闘術くらいだろうし?

 淑女の嗜みとは別物の気がしないでもないが、好意的なアドバイスってんなら……心配する案件にはならない感じか?


 スプリング状のポニテ房の動きはこの際、置いといて。


 懸念が一つ消えた事で安心した。

 他に、なぜライレーネが店に居たかのものもあるが……単に高級菓子への欲求が止まらなくなったとか……かな?


 集めた商品をざっと確認したが、どれもウチが、俺の知識チート発案で再現した現代菓子のアレンジ品だし。

 一応、〈ローズマリーの聖女〉の世界なんで、現代菓子で日本でポピュラーな物は既存のもの。むしろ、この世界で俺が初めて知った現代菓子すらある。

 ただ全年齢版の解釈だからね、大人の嗜み的なものは存在しないのだ。特に食すとカカオ以外の成分で高揚感が得られる系のチョコレートとかね。

 確実に酔えるレベルのリキュール配合なマイルド品から始まり、発情と錯覚できる成分入りのもご提供致します。もちろん、購買層にて年齢制限は致しますが。

 奥様に倦怠期を覚え始めた旦那様、今宵はちょっとしたアクセントで新婚時代を思い出されませんか? な逸品である。

 当店で提供する品は、万が一の副作用も起きませんことよ。


 そりゃもう、治験の類いは充分過ぎるくらいに済ませてございます故。

 けっけっけ。



「……何故、急に気持ち悪い含み笑いをしますの?」

「あ、すまん。キニスルナ、別件の話だ」

「…………本当ですの?」

「大丈夫だ、問題無い(キリッ)」

「……何故か不安が増しますわ……」



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