30 脳筋ラプソディー (2)

 今リースベルから目を離したら、さらに悪い未来が待ってる。

 そんな確信めいた直感を覚えた俺は、とにかくも、まずはリースベルの依頼とやらを聞く事にした。そして――


「――まさか、またダンジョンに潜るとは思わんかったなーぁ……」


 ダンジョンはダンジョンでも、学院管轄のではない。王都近郊に存在し、冒険者ギルドが管轄代行をしてる、いわゆるフリーのやつである。


「最近は王都近くが平和すぎて、逆に魔物に支配される土地が増えてるんよ――」


 王都などの人の領域は、過去に大規模な魔素の変質化を行い何百年と魔物が寄りづらい環境にしたもの。しかし魔物の発生の根幹は大地の深いところにあるようで、浅いとこをいくら変化させても根絶は無理。しかも放置すれば最弱の魔物、例えば角無しのチャカみたいなのが湧き続けて、最終的には魔物側に奪い返されてしまうらしい。

 そうさせないために戦神主導での環境調整、要は間引きなどを定期的にやってるんだが、最近は平和過ぎて都市近くで活動する冒険者は皆無。しかも戦神の使徒や冒険者は学内ダンジョンの方に総動員で手付かずというわけだ。


 そしてとうとう、ご近所の大昔の廃城がダンジョン化してしまったのだとか。


「なんか大昔に焼き討ちで滅んだお城でなー、出るんがやっぱアンデッドなんよ。ウチの器神兵だと支配権がダンジョンに盗られるん。そいで暇だし、兄さんに依頼したかったん」


 危険度などは戦神の威信にかけて威力偵察ずみらしい。

 で、なんとも中途半端な難易度なんだと判定された。

 具体的には、学内ダンジョンに参加すらできない弱々冒険者には無理な難易度。しかし、精鋭が潜るには実入りの少ないという残念な場所だ。

 そういった場所でも、本当なら戦神側の戦力を充て定期的な魔物の間引きをする。が、今は緊急性のあるのが学院で、こちらは後回しの方針。

 しかし、どうも廃城ダンジョンを根城にしてる手勢がとうとう近くの街道まで遠征してきて、少ないながらも被害が出始めているらしい。


「んん? ダンジョンは廃城の中だけと違うのか?」

「よく知らないのん。でも生きてるらしいから、付近の盗賊なんかが染められたー……とか言われたんよ」


 てっきり魔素が運出する死霊の館っぽいのかと思いきや、発生したダンジョンの周囲では、動物や人間なども魔物化させる場合があるらしい。

 大概は、人としてのプライドを捨てて野人っぽい生態の連中がなりやすい。

 なるほど、旅人や行商人を襲撃して糧を得るのも、解釈を変えれば同族殺しの共食いのようなもんだしな。

 外道にゃ最適なクラスチェンジだ。


 ……あれ、となると俺もヤバい口?

 …………まぁ、いいか。とりあえず平気そうだし。


 場所はすでに現着だ。

 徒歩ならそれなりに時間を使うが、馬車ならば二時間ほど。しかも腐っても貴族所有のものなので外門の検閲チェックもフリーパス。

 これらはリースベルがとやかく言う前に強行した。

 武装の類いは、お互い昨日の件もあり装備済みなので問題無い。むしろ俺の場合、学院の監視下で格下武装を使わないでいいので都合は良い。


「それにしても、道中は言うほど危険は無かったな」

「報告に出たのはもう処置済みなのん」


 街道の野盗騒ぎ自体は対処ずみと。

 ただ倒した時に魔素の塵と化したことで、街道までダンジョンの領域化している事実に気づいたらしい。

 ついでに言えば、当の野盗達も自分が魔物化してることに無自覚だったらしい。仲間の死に様に随分と狼狽えてたそうだ。

 豆知識としては、今回のようなタイプは、死んでリスポーンした時はゾンビ化のアンデッドになるそうで。

 まぁ、晴れて身も心も魔物と化すわけだ。悪党の末路としては順当……なのかな?


 さて、現着とは言ったが、まだ廃城自体には至っていない。

 その手前の、魔物避けの結界を敷いた臨時の監視所である。冒険者ギルドの職員が数人常駐し、ダンジョンの危険度が高まるなど異変を認めたら連絡を飛ばす拠点だな。


「……連絡手段は案外古典的なんだよな」

「ほーん?」

「いや、単なる感想だ」


〈ローズマリーの聖女〉の世界なんだ。現代基準で通信の魔術か魔道具をポンポン使っても良さげに思うんだが、物の有無はさておき、この現場の連絡手段は原始的としか言いようがない。

 結界内に建てられた20メートルくらいの櫓の天辺。監視小屋には場違いな煙突が伸びてることから、メインの通信は狼煙なのかな?

 もしくは、王都を直視できる距離だし光信号かもしれない。昼なら太陽光を鏡で飛ばせるし、夜ならランプか〈ライト〉の魔術でも確認は可能だろう。

 モールス信号っぽい連絡手段があるのは実家にいた頃から知っている。それをここで使ってない理由も無いだろうし。


 また、櫓の下には“ポッポー”、“クルックルッ”と喧しい鳩を詰めた小箱が複数積まれている。これを伝書鳩と思わないやつが居たら心の底からアホ認定してやる。

 緊急性は無いが長文の連絡なんかは、こちらを使う?

 まぁ、どれも確実性の無い手段だし、複数を常備するのも当然なのかね。


 冒険者ギルドの窓口は、六畳一間サイズの純木製のプレハブ小屋な感じで存在した。

 後から聞くに俺の想像どおりな代物で、各パーツに分かれた物を馬車に積み現場で組み立てるなど、1時間も経たずに建てられるものということ。

 サイズも規格も全く違うが、地球でいえばアメリカの西部開拓時代に流行したものと源流は同じだ。日本で言えば“2×4規格”がそれ。単に時代が移って呼び方を変え、いかにも新工法っぽく演出してたのが面白い。


 俺たちのような者の対応は窓越しの外で済ませているようで、建家内は職員のみしか入れないようだな。

 ……なんとなーく、パチの換金小屋な印象が出てしまう。


 ただまぁ、俺もリースベルも冒険者じゃないから別に用は無いんだよな。

 なので、遠目に眺めるだけで素通りだ。

 結界の外縁は柵で区切り、簡易だが物理的にも結界として機能している。うちの馬車はその中に置かないと危険なので、駐車区画使用の許可と利用料の交渉はその場の管理者とで済んでいる。

 後は廃城側の出入り口に設けられたバリケードと、その場を守る担当に通行を伝えるだけで通れる。

 そのあたりは、俺より戦神神官の見た目で知名度のあるリースベルがものを言う。

 少しばかり視線を合わせて無言の問答となるが、特に詰問も無しで、俺とリースベルは廃城ダンジョンに入ダンしたのである。


 ……あ、もちろん、俺の後にはメイド三名が着いてるのはデェフォルト。



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