20 ダンジョンアタック・お試し (2)

 櫓を使いクレーターの縁を乗り越え、眼下に開く大穴の様子を眺めた。

 草原の台地の下には似つかわしくない、階層構造の断面状に抉れた穴だ。シロアリの巣と化した木を割った断面とか連想できるな。

 斜面は坂と呼ぶには急勾配過ぎで、もはや縦坑と言う感じ。

 なるほど、この坂を直で下りるのは落ちると変わらんだろうし、この櫓から梯子を降ろして足場を作りながら6階層まで下りたというわけか。


「先週から昇降機エレベーターも設置しましたから、そちらを使いましょう」

「了解です」


 中世風の世界にエレベーター。感性としては違和感があるが、ここは〈ローズマリーの聖女〉のなんちゃってファンタジーだから気にしちゃいけない。

 というか、地球の実例で言ってもエレベーターは紀元前から実用してる枯れた技術だ。

 むしろ自分の感性の方が“なに馬鹿な勘違いしてる”の方だな。


 設置されてるのは、坑道などにあるような基本機能と構造むき出しのタイプだ。本体も箱じゃなくて四角い網籠。人数は10人以上乗れるくらいに大きいのは資材搬入用にも使ってるせいかな?


「ここは10階層を通過したならもう必要とはしないものですね。うちの学生ならともかく、外部の冒険者専用に設置したといって過言じゃありませんわね」

「……はぁ、さいですか」


 それは、何ですか?

 今日は使うが、次はもう使う必要は無いよって隠語でしょかね?

 今日中に10階層は通過するよ宣言ですかね?


 リリィティア様に、ちょっと胡乱な視線を向けたが……無言で微笑み返さないでくださいよ、マジで。


 滑らかな動きで下降するエレベーター。

 視界が垂直に変化する感覚は、何となく懐かしい。

 キャンプと化してる五階層は通過し、6階層目の瓦礫の上へと直接下りた。


「……うん?」


 不思議な違和感。

 肌の表面をチリチリと刺激されるような感触があるな。

 回りも同じく感じてるかと見回してみたが……特に何かを感じてる反応はないか。

 逆に俺の反応を訝しがられたようだ。


「ウザイン、何か?」

「……感じませんか、この気配」

「……? いえ…よく解りませんが」

「……?」


 奇しくもフラウとリリィティア様がちょっと小首を傾げて不思議がる様子のシンクロを目撃。美少女のそんな仕草は素直に尊い。

 さすがは乙女ゲームの世界というか、中味を知らなきゃ目の保養になる絵面は多いね。

 他の面子も同じようで、やっぱりこの感覚は俺だけが感じているものらしい……


 ……と、思い過ごしでも、そんな違和感があるなら注意必須だ。

 安全の確約はされたが確実でも無し。自前の防衛手段は講じないと。

 ここの環境だと俺の異質さを気取られる心配はあるが、それで怪我や死んだら意味が無い。


 自分の魔力領域に意識をやって、結界の性質を自覚する。

 防御、攻撃、探知にと万能な機能をもつ俺の魔法の元だ。

 チャカの例もあるし、魔物への牽制になれば儲けも……んんん?


「地震?」


 領域を拡大し探知を意識した途端に……何か妙な反応が?


「この変化は、また魔物の排出の前兆が?」


 どうやら七階層への開通の時の状況と似ているらしい。

 つまり、地震ならぬこの地鳴りは、大量の魔物が動くことでのものってことか。


「全員抜剣! 守護者は専守防衛。他は各自、迎撃の準備へ!」


 今までの底意地の悪い様子はなりを潜め、凜々しい態度のリリィティア様が指示を飛ばす。その指揮に慣れてるのか騎士の反応は一番速いな。

 今さらだがこの騎士、外見はオッサンなんで当然のように学生ではない。騎士姿でリリィティア様の守護者の立場でここに居るとなると、たぶん雇いの護衛というより完全な家臣なんだろう。そんな想像を証明するかのような見事な戦闘職の動きである。

 うちのメイドがやや遅れての反応なんだから、その秘めたる実力も恐るべしか。

 その次はリースベル、俺、フラウの順。

 俺の戦いへの気構えは残念ながらブービー賞。認めたくないが、雑魚っぷりを露呈した感じだ。


 とはいえ、一応は弁明を。


「心なしか、この地鳴りは遠ざかるような?」


 直下型の地震が一度ドカンと大きな揺れを起こし、それが徐々に収まるのとは違う。

 一定の震源となるものがまだ存在し、それが俺達から位置的に離れていっている。そんな感じだ。


「地下階層よりの魔物の排出への懸念は……薄そうでございますな」


 おお、騎士の初発言。

 オッサンの印象どおり、低音で渋い声の人。

 次いでリースベルの緊張も解けてくか。フラウは……まだまだ緊張から回復の様子無し。

 意外にもリリィティア様は騎士の言葉に剣の構えは解いたものの、いまだに警戒の姿勢を止めてはいない。

 そんなわけで、状況観察に関しては俺が一番対応が速いと主張しよう。

 心の中だけでだが。


 というか、状況は分析したが、不思議と俺の探知そのものには反応が無いのがなぁ。

 わざわざ普段より範囲を拡大し、微細な異変も事前にチェックしようと過敏気味にしたつもりなのに。


 大規模な探知は過去に数度、自分の意志でやったことがあるが、あれらはまだ自分の魔力の特性を自覚してなかった頃のやつだ。〈探知魔法〉という条件付けした方法でもあり、有利もあれば不利も生まれた諸刃の剣的な効果のもの。

 今回のように、総合的な空間自体の探知の手段は初めてなんで、まだ何か見落とし的な部分があるかが心配なのだなぁ。


 そうして三分ばかりリリィティア様は警戒を解かず、俺の感覚で敵意らしき気配が欠片も感じられなくなってようやく移動を再開した。


「以前の調査で、私も一度、小規模の魔物の氾濫を経験したのです。装備の都合で学生側の被害は軽微でしたが、冒険者の脱落が洒落になりませんでしたので、どうも警戒には過敏になってしまいますわね」


 多少ばつの悪い表情のリリィティア様が、そんな自重じみたことを言う。

 騎士はもうすっかり無口モードで補完情報は何も無し。

 他のメンバーは置いてけぼりの話なんで、正直もう続けようが無いんだが?

 まぁ、何かと余裕の態度ばかりのリリィティア様には珍しい反応なんで、たぶん大惨事な事態だったんだろうなとは察せるんだが。


 移動先は、まだ先ほどの異変の騒ぎから回復しきらない待機組の者が多いところで、そこが一応、7階層目への一番安全なルートという話だ。


「まだ騒がしいですが、状況は安全なようなので予定通り潜ります。私の守護者を前面に立て、その仮定でウザイン達も戦闘に慣れるつもりでいてくださいね」

「了解です」

「わかったの」

「……(こくん)」

“ぷいー”


 三者三様、プラス一匹。それぞれのスタイルで肯定を示し、俺達はダンジョンアタックを開始した。



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