12 垣間見た、ナニか

 四人目の聖女候補との邂逅、謎の使い魔チャカの誕生といった未解決案件の進展もなく三日が過ぎた。

 学院での生活は一応は平穏。

 取り敢えず、俺の関知する聖女候補と恋人候補達との不用意な接触は、例外を除き“ほぼ”未然に防げている。

 その例外である現在唯一の懸念は、第五の聖女らしき対象なメイウィンドとヒースクラフトの関係だ。


「……生徒会とか鬼門中の鬼門だもんな。俺の“立ち位置”じゃ、どーやったって介入不可な聖域だろーよ」


 ある意味〈ローズマリーの聖女〉の正統な物語が進む場所だ。

 聖女の中の人プレイヤーのメインの攻略対象が日常的に陣取る場所なんだし。


「ゲーム進行の舞台から外れてたからの盲点というか、普通にあって当然の可能性を見逃してたな……」


 俺の記憶にある物語の基本はゲーム版(全年齢)の〈ローズマリーの聖女〉だ。ラノベ版や同人誌時代の書籍版は熟読とはいかずの嗜み程度。それでいて数多の派生作の原書にあたる、とある女子大漫研の会報にまで手が届いてたのは……

 …………

 …………

 ……はて?


 そういや、総発行数数百冊程度の漫研会報。しかも女子大という前世の俺とは縁遠い環境のものまで、何故にゲームの伝手とはいえ見知ってたのか?


 ……今の今まで知ってて当然な意識だったが。

 何故知っていた?


 一冊二冊程度ならまだ納得できる。

 全国的に有名な有明の某同人誌イベントには漫研ジャンルの一定枠がある。そういった機会で出会う可能性は……無きにしも非ずといったもんなんだから。


「けど、待てよ。原典は……およそ10年分のもんだよな」


 季刊発行で年に四冊、それが10年分で計、40冊。

 正確にはもっと多かったはずだが、ただの同人誌じゃなく大学の会報ってジャンルでフルコンプってのは、はたして誰でも揃えられる難易度なのか?

 ゲーム化で興味を持って、気軽に集められるくらいに知名度も発行部数も大きいもんだったのか?


“――あら、懐かしいタイトルね。そういえば、私の実家にも何冊か――”


 ……あれ? なんだ、この聞き覚えのある……何時かの会話の……


“――へぇ~、うちの後輩ども、こんな禁書を世に出したのね。何時の間に。ふふふふ、今度OG会で締めてあげないと!――”


 何かの記憶。いやもちろん、これは俺の前世の記憶でのナニかだろう。

 が、少なくとも俺自身が発した言葉のもんじゃない。ローズマリーの聖女の話題で、誰かが俺にそう言って……


「……!」

「ウザイン様!」


 あれ?

 ふと意識が浮上したかと思えば、フラウシアが俺の身体を激しく揺すっていた。

 珍しく感情の乗った言葉は、メイド隊の今日担当らしい。

 というか、何時の間にか寝てたか、俺。


 気づけば俺は、別宅の食堂。そのテーブルに頭突きをかます形で突っ伏してたようで、デコと鼻が非常に痛い。

 魔力結界の効果でか怪我の感覚は無いが、痛覚だけは普通に感じているっぽいな。

 というか……


「あれ、俺、気を失ってたか?」

「夕食を下げ終わり、食後のお茶の用意の途中にて突然、お倒れに」

「……っ(ぶんぶん)!」


 フラウがヘドバンな勢いで頷き、頭部在駐のチャカが振り落とされかねない様子を眺めつつ……あ、思い出した。

 食後のお茶の隙間の時間、その短い空白で最近の面倒事の回想をしてたんだ。調べる案件は増えてくものの状況の進展は進まない。そんな現状への不満な感じで。


 だが、なんでそこから気絶した?

 おかしいな。

 あと何か、変に懐かしい気分になってる理由とか。

 夢の一幕を思い出せない寝起きに近い感覚はあるが……、今の状況からすると秒の域の出来事だよな。その一瞬で何の夢を見たのやら……。


 …………

 ……思い出せん。

 まぁ、それが夢っちゃ夢だし。仕方が無いのかね。

 でもま、とりあえず。


「この年で脳梗塞な心配ってわけでもないが、一応は自前の診断しとこうか」


 診断と言いつつも、やる事はセルフの回復魔法セットの行使なんだが。

 フラウの魔術カリキュラムに付き合う形で、魔術士系と神殿系の回復、治癒の魔術の授業に参加している俺。そこで見知った魔術は当然コマンド一覧に記載されたし、それを魔法コマンドにコンバートする際には現代医術の聞きかじり知識も追加して妙な状態異常回復特化のものに変貌してたりする。

 地味に神経痛改善に特化した治癒魔法は自信作だ。

 この世界では〈幻痛付与ファントムペイン〉なるデバフ魔術があるのだが、その対抗魔術として機能するし。

 これまでは物理的な負傷を伴わない原因不明な痛みには、高位の総合的な病魔治癒の効果をもつ、力業的な魔術が使われていた。高位魔術だけあって使用者の数も少なく消費MPが多いらしい高コストの代物だ。だから神殿でもそうそう使える治癒行為では無かったのだ。(フラウシア経由の内部情報)

 しかし俺の作った〈幻痛治癒ニューロキュア〉の場合、身体内の神経経路の阻害改善に特化してるだけなのでMP的には低コスト。それこそ患部の特定さえできれば見習い神官でも連発可能なものになったのだ。


 魔術に再コンバートにする際には、正しい詠唱さえできれば医療知識が無くても大丈夫という発見も……ここらへん、さすがはファンタジーなご都合主義の通用する世界なんだとも再確認。

 というか、詠唱文言が自動的にコマンド一覧に付いたとこには疑問しかないが。


 ともあれ、これで発症したら深刻な脳梗塞やギックリ腰ヘルニアの他、食事の偏りで栄養不足の庶民層に多いらしい脚気かっけを気軽に治せるのは純粋に喜ばしい。


 問題は、それを無償で神殿に伝えるのが大変なくらいか。


 魔術士枠の俺が治癒系魔術のソースってだけで神殿側のプライドはズタズタだし、俺が伝手のあの神殿勢力は豊穣神なので、またそっちばかりが神殿側で発言力を高める事にもなってしまう。

 大人の事情的に、なんとも面倒な問題を生むんだそーですよ。

 でも使わない選択肢は無いそうで、現在各神殿同士の折衝中とかなんとか。


 ま、完全な清廉清貧とまでは行かなくても、新興宗教っぽい拝金主義とは無縁なこの世界の信仰業界は嫌いじゃない。

 成金に染まって歪みがちな善意だが、その範疇でなら援助の精神も無いでは無いのだ。

 神殿側の諸問題までは関知しない精神は貫くけどなー。


 で……と。


「ふむ、別に異常は見つからんな。ま、仮にあっても治ったろうから心配は無い」

「しかし一応、ボルタル様には報告を」

「兄上にかぁ……なんか別の話題で暴走しかねんからなぁ……」


 どこから報告を受けたんだか。

 俺がタバコ葉のお遊びをしてた流れが、まるっと兄上に伝わっていた件。

 プライバシーの侵害だ的な感じにキセルと煙草盆の仕様は商会の新製品ラインに乗っていた。

 なんでも、大掛かりな水タバコに比べての携帯性が新しいとかなんとか。


 ……うーん、これがきっかけで、この世界が歩きタバコのある世界と化すのは不本意なんだが……。

 アレはさすがにいただけない。

 副流煙増産は単純に環境破壊だし、なにより火を手元に置いての移動は他人への無差別な暴力だし。

 俺個人が推奨する忙しい合間の一服、なんてマナーが他人に通用しないのは当然だ。ニコ中毒のキセル吸いなんか“キセルは利き手に持たぬもの”なんて言葉がある。器用に動く利き手は絶えず次に吸う葉を手にし、丸めておく作業に使うのだ。チェーンスモーカーのキセル版だな。丸薬のようにしたタバコ葉を何個も握り、プカリと吹かしたら火皿の中を交換して、またプカリ。

 まるで地道に黙々と作業を続ける職人のような忙しさらしい。

 というか、ゆとりの一服って字面とは真逆の有り様である。


 ……そんなクズを生む土壌はなぁー。

 まぁ、手遅れなんだけど。

 でも少しは抑止策も講じるか。


「それじゃぁ、兄上には報告と一緒に面会アポも取っといてくれ」

「承りました」




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