08 アナログ検索とデジタル(?)検索
受付の司書に要件を言うと、こういった対応に待機してたらしい案内役を先頭に俺が望むジャンルを纏めた棚へと向かう。また俺が図書館の利用が初めてだと知ると、ざっとだが施設利用のルールも説明された。
基本は、前世での図書館とそう変わらない。
この世界独特のものとしては、図書館内ではお静かに、という注意が案外と緩いこと。
これは学生が利用する目的に沿った処置だ。
図書館に収めた蔵書は基本的に貸し出し禁止。必要な情報があった場合、各自ノートを用意し写本するというのが定番だ。
で、この写本の書き写し作業が結構五月蠅いのだ。羊皮紙にペン書きってのは、刃引きした刃物で木面を削るのと変わらない。ガリガリと絶えず音が鳴る状況が無言でなされても、それは静かな環境とは絶対言えないわけだ。
そのため読書や写本には個人で利用できる専用の遮音結界が組まれた場所が用意してある。だから移動中に多少声高く会話をしても、責める視線が集まる懸念は無いのである。
「歴史、伝承のジャンルはこちらになりますが、誰か特定の著書の希望はございますか?」
「では初代学長のトリシア備忘録という本はありますか?」
「……備忘録、ですか。それは残念ながら……」
聞けば書自体はあるらしいが、閲覧制限のある禁書指定のものらしい。
なんでも、内容は俺の予想どおりにトリシアのメモ帳を纏めたもので、記された中には未完成の魔術や魔法陣も存在する。
それがただの落書きで終われば問題無いのだが、下手に発動させれば危険なものもあるということだった。
なるほど、実害が確定してるなら閲覧制限も然りであるなぁ。
ならばと、使い魔関係の記録があるものを指定して集めてもらった。
また他の図書館にも該当する資料があるかもということで、四日後を目安に一覧を用意してもらうことになった。
「こちらの〈トリシア冒険記〉が
トリシア冒険記は彼女の前半生を書いた立身出世ものの自伝。
トリシアが宮廷魔術士となり、学院を創設した箔付けの意味で、この世界では珍しく大量出版された本だ。当時の王国貴族には購入ノルマが課され、各貴族は大量の在庫の処理に奔走した挙げ句、二束三文で庶民さえ読めるほどに広まったのだとか。
……最後の方がなんか世知辛い。
思わずホロリと貰い泣きしかけるぐらいに。
ちなみに、我がナリキンバーク家は貴族の貴の字も存在しない頃の話なので、在庫処理どころか本の存在も知らない話。
こんな部分で王国貴族の伝統を語られるとは、さすがに思わんかった話でもある。
他に似たような装丁の本が数点。トリシアという人物を評論した内容のもの数点。彼女の晩年の活動を記録したものもまた数点と。
それぞれ違う時代、違う人物に書かれたもので、内容は似てても中味に微妙に違う考察や解釈があって一応は別物の扱いらしい。
総じて、あまり魔術その物に関する内容が無い事に不思議だなと思う。
「初代学長の魔術は各魔術書や教本として独立しています。特に図書館で閲覧しなくても、二学年以降の教本を読めば大半は知る事ができますね」
そんな司書の補足で、まぁ納得。
どうも彼女の学院の成果としては、学生なら誰でも最低限の魔術士としての実力を得られる基本と応用の魔術に特化したものらしい。
「となると、トリシアなる人物の生活観察のついでみたいに登場する使い魔の描写から推測するしかないのか」
内容を大まかに分けると二つ。
トリシアを英雄視してその偉業の一部としての使い魔の活躍。
もう一つは魔術士の祖としてみる視点で、彼女が魔術を創造した経緯を分析しようとするもの。
前者は酷いものだと完全に神格化した啓蒙書で、使い魔も神獣みたいな凄い扱いになってて、正直役にたつ内容とは思えない。
かといって後者は、普通の魔術に関してはそれなりに役立ちそうなものなのだが、契約魔術らしきものの情報がほとんど無い。
「……」
「ん?」
今まで大人しかったフラウから“この記述は?”的な質問がきた。
「なになに……。トリシア、東の魔の山脈を根城に、麓の人里の家畜を襲う魔物を討伐する使命に動く。かの魔物タカの頭と翼、獅子の胴をあわせもつグリフォン。しかしトリシア、グリフォンを殺めず諭し、使い魔として使役せし。またグリフォンを乗騎とし、以後大空を舞い世界を巡る……か」
うーむ、単純にグリフォンも使い魔にしたって意味しかくみ取れない。
せっかくのフラウのサポートだが、残念。
「あら、その逸話ならこちらの本に経緯らしきものが」
「ほう?」
今度はライレーネのサポート。
んー、どうも当人にインタビューっぽい質問をしたうちの雑談の一つか?
彼女の口調らしき記述で結構長い言い回しだ。意訳含みで要約してみると――
昔、グリフォンを使い魔にした。
その時は向かってくるのを、ひたすら防御し相手が力尽きるのを待った。
なぜなら、綺麗な飾り羽を汚さずゲットしたかったから。
でも捕獲の段になったら懐かれて殺せなくなり、結果的に使い魔にした。
それからしばらくは空飛ぶ移動で旅が楽だった。
……なんかこう、伝説の中味の虚しさよ、的な?
書かれてる当人の口調から想像するに、結構威勢の良いオバチャンっぽい印象を感じた。
でもたぶん、本人に言ったらヤバいやつ。
平然とした態度で鳩尾に致命の一撃が捻りこまれるやつだ。
「情報の真実性は出たが、やっぱり契約魔術の詳細は無くて残念か」
ライレーネにはそう言ったが、実のとこ、この内容に思い当たる部分もある。
魔物と対面してても俺の方に殺意は無かったこと。そして契約に関してはチャカの方からな流れだったように感じること。
んんん?
もしかして契約魔術って、人から使う魔術じゃない的なもんなのかな?
魔物が魔術を使うのか?
そんな疑問が増えたぞ。
いやまて、魔術じゃなくて魔法ならどうだ?
魔術は詠唱が必須だが、魔法はイメージが強固なら別に詠唱は要らない……と思う?
俺の場合は自分の周囲を常に自分の魔力結界にしているものの変質化が、魔法という現象だ。
まだ確認したわけじゃないが、魔物で俺と同じような生態をもつのが全く居ないって確証も無いんだよな。
視線をフラウの脳天を巣にしてプヒプヒ鼻を鳴らしてるチャカに向ける。
こちらの意識に反応したのか、常時全周囲を見てるウサギの視界的に顔を動かす必要は無いはずなんだが、こちらを向くチャカ。
……しばし見つめ合うものの、俺の疑問に答えをもって無いようで、それ以降は無反応だ。むう、役にたたん。
“ぷいー”
勝手に期待されてもー的な反応だが、当事者の片割れなんだ。自身に及ぼした契約魔術の効果とか自覚してほしいと願うのは高望みなんかね?
……高望みかなー。
ウサギだもんなー。
と、そんな事を考えてた時に、ふいに妙な感覚を覚えた。
【――パーティ外ゲストより当パーティへのステータス開示申請を受け取りました。
申請を受理しますか? 〈YES〉〈NO〉】
……は?
なんだこれ?
いや一部は理解している自分の機能?
〈ローズマリーの聖女〉に関するゲームっぽい名残を感じるシステムメッセージだ。
実に久方ぶりの脳内アナウンス。
前回は……アイテムボックスが解放された時のやつだったか。
まぁ、それは今はいいとして。
解らないのは、俺に選択を迫るメッセージの内容だ。
ま、答える内容は決まってるが。
もちろん、〈NO〉だ。
こんなスパムみたいなもんに正直に対応できるか、だよ。
“――ぁぅっ――”
すると間髪入れずのタイミングで、聞き逃しかねない小さな音量の悲鳴が聞こえた……気がした。
「なん……だ?」
カクテルパーティ効果だっけか、音さえ聞き取れればその発信源は感覚的に解るってやつだ。
悲鳴の出所は俺の居る閲覧スペースから背後に存在する書架の一画。
書籍類の劣化防止でか薄暗く陰の多い本棚の隅の方。
遮音結界で閉じられてるはずなのに、なんでそこまで正確な探知ができたかに関しては、たぶん、俺の魔法領域が仕事してんだろうな感じ。
で、果たして。
そこで発見したのは……まるで幽霊のような少女であった。
全身真っ白。そんなのが本棚の隅にぶちまけられた大量の本に潰されて、床に敷かれたクッションに埋まって寝て――いや倒れている。
その正体は直ぐに知れた。
「フジフォンテ様っ?」
俺の奇妙な行動は回りの全員にも丸分かりだ。
フラウとライレーネは当然として、何故か資料集めのサポート要員として随行したままの司書の女子学生にも丸分かり。
その司書によって謎の人物の名も知れたというわけだ。
とりあえず、名前だけの話なんだが。
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