30 遭遇

 部下ばかり働かせて横暴な上司とも思わんでもないが……なんか疲れた。

 なんでまぁ、忠実で有能な配下を信頼して任せた。

 模倣品はともかく、流出品なら実際に使ってたろうなアドバンテージが働く。現物を知らない俺が探すよりも確実に有効だろうし、適材適所ってやつだろうと割り切った。


 食料売りの方に戻り、果物売りの露店を見つけて一休みだ。

 日持ちしない代わりに熟して水気の多い桃に似た果実は、その場で切り分け、大きな葉を椀代わりし盛り付けるサービスつきだ。喉も潤うし、甘みと酸味は気分を上向きにしてくれる。


 通りの人気を避けるつもりは無いが、汁気の多い物を持って人の波に逆らうのは面倒だ。露店のある車道から人通り少ない歩道のほうに行くのは仕方が無い。そして路地に続く辺りが一番居やすかったので、そこに落ち着く。


 ひょいパクひょいパクと果実を口に運びつつ、この後の段取りを思っていたら、妙な視線を感じた。

 最初は影から見守るメイド隊の誰かと思ってたが、どうも気配の質が違うと気づく。


 そういや、彼女らは俺の魔力結界の範囲を知ってるから、その外側から監視してるはずなんだよな。じゃないと俺が気づく。その存在を認知してなかったさっきまでならともかく、今は無理だ。居れば確実に感知する。

 そして、今感じる視線は完全に範囲内からのものだった。


 ……誰かが、俺に注目している?


 俺がウザインとバレたのか?

 そうも思ったが、ちょい思い直す。

 思い込みは早計か。せめて視線の主を確認しよう。


 出所の確認は愚問と言うか、そもそも例の俺が展開している魔力結界内に存在してるから解るだけだ。で、その位置に目を向ける。俺から見ても歩道から伸びる路地の対面、やや奥の内容物不明な木箱が積まれた影になる。


 目が合った。

 視線が交差したって意味で。


 少女が蹲ってるな。上目遣いでこっちを凝視している。

 いや……正確には、俺の食ってる果実盛りを凝視してんのか。如何にも餓えてますな表情で冗談みたいに口の端からヨダレが垂れかけている。


 ……これが野良猫だったら迷い無く“ちちちちっ、るーるるるるーぅ”な餌付けにって感じなんだが……。

 いくら異世界でも行きずりの少女にやっていいパターンじゃないだろう。

 うん、自重。

 というか、だ。


 ……なんか、見覚えがあるやつだな。

 どこにそんな記号があるんだ?

 見た目の年頃からして、自分と同年代なとこだと……学院か? 同じ学生ならまぁ、何処かで擦れ違ってるな可能性しある。


 目立つ特徴としては、隻眼にはなってないが右目に走る傷跡か。

 これも学院じゃ結構よく見るものだけど。

 戦闘系の実技が多いカリキュラムだしな。貴族でも下位になると懐事情で治療しれずに傷を残したやつらは多い。


 ……いや。

 ……気づかなかった体をとるのも無理かー。

 ここまで記憶に残る人物を忘れるほど、俺はこの少女に関心が薄かったわけでもないし。


 というか、何でこんな場所で遭遇するかなぁ。

 戦神の聖女候補、リースベルに。


「……(じー)」


 何処か既視感のある行為を思うが、別にリースベルがフラウ語をマスターしてるってわけでもない。

 こんな全身で餓えてますを体現してりゃ、誰でも理解できる。


「んー……」


 この感性も俺の意識の一部が現代人ってことなのかね?

 なんとも、非常に無視し辛い。

 だって赤の他人の腹具合を俺が面倒見るいわれは無いだろう?

 確かに俺はリースベルを知ってはいるが、それは俺が彼女をスニーキングでストーキングした経緯でのものなのだ。リースベル本人にとっちゃ、俺は見ず知らずの他人でしかない。

 俺の悪名を伝え聞いてるとかの可能性は、置いといて。


 ましてや今の俺は扮装……もとい変装しての格好だしな。


 せめてこう、リースベルがここ何日も絶食中なスラムの子供的な格好だったら……なぁ。

 念のため思い出しとくと。そんなシチュエーションでもアウトな行為は確かだが。下手な慈善の行為は、当事者たちには“好き勝手集れる脳天気野郎ミ・ツ・ケ・タ☆”としか認識されない。感謝の気持ちは生まれずにプレデターの気持ちを膨らまさせる行為にしかならんのだよ。この世界じゃなー。


 でー……、さてー。

 どうしよう……?


 粗野な冒険者のロールプレイを頑張って無視し、完食するのが正解ってのはまぁ、解ってるんだが……。

 ……解って、るんだ、がぁ。


「……食うか?」

「わんっ!」


 ……くっ、負けた、ぜ。

 というか、犬かこいつは。


 疑問の尽きない状況だが、食べかけの果実盛りは丸ごと奪われ食い終わるまでは止まりようも無い。そして、こちらにダッシュ食い漁りしてきたリースベルを置き去りに、彼女の同行者が居たのだと気づいた。

 どうやらリースベルの隣に同じように蹲ってたらしいが、気配が無かったんで全然気づかなかった。


「……というか、全身甲冑で街中彷徨く不審者風味を丸出しかよ」


 その姿も見覚えがある。

 リースベルの模擬戦を隠れ見てた時に居たお仲間の一人だ。不思議と微動だにせずその場に待機している。


「彼…彼女か知らんが、分けなくていいのか?」

「甘ぁーくて美味し……ふゅに?」


 リースベルが餓えてるなら腹具合も同様に? と聞いてみるが、俺に指摘されそちらを一瞥するも、どうも関心薄い反応だ。


「あうー、“アレ”はいい」

「そうなのか?」

「うん、器神兵はもう食べない」

「き、キシンヘイ?」


 まったく知らない名称だ。〈ローズマリーの聖女〉のゲーム要素には存在しないし、そもそも神殿関係の設定に未見のものが多すぎる。


「器神兵は、戦神の神兵の役目を終えてなお戦うと誓った者達。平時は神殿の地下に寝ていて、有事にのみ立ち上がる」

「ふぅ……ん……んん?」


 なんか、妙に不穏なものを感じたような。


「ウチの御技に都合が良いって、護衛代わりに憑れてくよう言われてん。でも側に置くと臭いん。本当は嫌なん。でも決まりでダメなん」

「……あー……、まぁ、命令で相性抜きの相棒は困りもんだな、確かに。でも組織人としちゃ仕方無いんじゃー……ないか?」


 意味不明なうえに聞く言葉の端々にヤバい語彙を想像したが、そのあたりはそらっ惚けて言葉を返す。というか戦神関係の話は何処まで世間に周知されてんでしょうかね?


「もぐ、もしかして冒険者さん、戦神様の信仰は知らない感じなん?」

「ああ、信心薄くて、そのあたり不勉強でな」

「もぐもぐ、じゃぁ布教するん、そーいったチャンスは逃すな、言われてるし」

「そーぉかーぁ、立派だなー」


 リースベルの初見で感じた物騒な印象が崩れていく。

 信仰背負った職業軍人って印象だったんだがなぁ。

 今目の前に居るのは、なんか、アホの子だ。



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