29 流出品

 先ほどまでの気楽な気分も霧散して、やや剣呑な意識で露天を覗く。

 日用雑貨の当たりはざっと大雑把に。鍋釜に紛れて兜や盾があるか程度にだ。


 戦闘に使える魔法陣だと、確かに蘇生用と連想するのは難しいだろう。

 まだどんな魔法効果が適当なのかの、試行錯誤段階なやつばかりだったと思う。


「〈再生〉の効果でも、装着者が対象じゃなくてアイテム自体が対象として機能したやつとか……」


 武器や防具としてなら、その機能の方が重要だろう。

 魔法陣の形は記憶しているし、視界内にコマンドを表示させれば詳細も確認できる。

 ただ問題は……


「魔法と魔術で、魔法陣の形状が微妙に違うんだよな」


 その違いに気づいたのは最近だ。自分の魔力の使い方を自覚してから、そんな些細な部分にも関心がいった。

 刻印用の凸印にしたのは魔法の方。視界に写るそれをそのままトレスした。当時も今も描く内容に意味を読み取れないが、同じような効果を似たような紋様で表現してるなら、たぶん内容は文字なんだと思う。なら一部が誤字のようなもんになったら機能しないだろう。

 機能しないなら良いんだが、誤動作する場合は話が別だ。

 というか、模倣品と言うならその可能性が大きくて頭が痛い。


「問題は、その模倣か不良品かの出所でうちの名前をだしてるか……なんだよな」


 パクリの指摘が怖くてオリジナルとか言うよりも怖い。

 下手すりゃ風評被害のネタになるし。

 日本の家電メーカーの名を冠した座薬とか、そんなレベルの品がマジにあるとか知った時には笑うと同時に怖くなった。

 売る方も買う方も狂ってるとしか思えんかったし。

 ……そんでもって……


「お客さん、掘り出し物だよ! あの首刈りナリキンバーク印の野営鍋だ!」


 顎が落ちた。


「何年前だったかの、あそこの若様が上京した時の一行が使ってた逸品だ。鍋のくせして魔道具でなぁ、ベッコリとヘコもうが穴が開こうが勝手に元通りになる代物ときた!」


 こっちの気持ちも知らずに露天の親父の売り口上が続く。


「はっははっ。信じらんねーだろう、だからこれを見て見ろやっ!」


 勢いよく鍋を叩き付ける雑貨系の露店の店主。

 露店は通りに布を敷いただけのもので、堅い石畳のおかげで鍋は鈍い音を立てて大きくヘコんだ。

 が、ポワンと魔力を伴う光が灯り、鍋はみるみる、元の形へと再生していく。

 ……その光の発生源は、まさしく、俺が見慣れた魔法陣のものだった。


 …………お…親父様あぁぁぁぁぁっ!


「どぉーだい、凄いだろう!」

「ああっ、凄いな!」


 なんつー超展開。

 ボケる余裕もありゃしない。


「どうだい、バカみたいな効果だが実用性は確かだ。それが今なら金3枚、ちっと手荒い冒険にも心配要らずで使えるぞ」

「確かにな、でも新米に金貨なんて出せるかよ。銀1枚!」


 この扮装をする時に世間様の価値基準は聞いている。

 金貨は日本円にして大体10万円といったところ、対して銀貨は千円ってとこだ。その下になると大銅貨が百円、銅貨が一円。物価も日本基準で、日常の一食は大体大銅貨4枚から銀貨1枚の範囲で収る。


 鍋一個に30万とか高く思うが、でも前世でも高級な鍋はそのくらいするんだよな。

 横流しの中古売りと思うと確実に高いが、メイドインジャパンの中古が外国に行くとそんな価格って場合も皆無じゃないし……。

 なんとも判断しづらい価格決め。


 とはいえ、さすがに銀貨一枚の千円は安すぎる。

 ま、値切り勝負の吹っかけ価格なんで無理を承知のもんなんだけど。


 で、つい売り言葉に買い言葉で反射的な値切り勝負になったが、最終的には金貨1枚にしてやった。ただし、入手ルートのゲロつきで。そのあたり、帰ったらじっくり裏取りもしたいからな。


 はっはっはっ。ちょっと真剣な表情で聞いたら素直に語ってくれたヨ。

 別に妙な魔法とかも使っていない。

 ああ、使ってないともさっ。


 その後、メイド隊も複数個の模倣品を回収してきた。

 そちらは背後のルートを洗うために泳がす算段もとってきたらしい。

 て言うか、どうやら視界の外にもメイド隊の別動隊が待機してるらしいな。

 しかし、模倣品に加えて流出品も確認してしまったという事実。しかも広い王都のたった一つの露店市場でだ。

 個人的には、模倣品はちゃんとした防具のくせに流出品は雑貨だったという現実がやるせない。


「この案件は、少し本腰入れて調査しとかんとなぁ」

「はい、各員に通達しておきます」

「模倣品の性能も確認しといてくれ」

「承りました」


 数が一個二個ならこの場で確認も良いんだが、軽く五~六個あるからね。テキトーな確認しかしないって訳にも行かないし。


「さて、帰ると言いたいが素通りした日用品の方も確認せんと。まさか鍋まで魔道具にしてたとか想定外だよ」

「移動中に包丁を使った記憶はございます。そちらの確認も致しましょう」

「あるんだな、他にも」


 結局再びチェックするはめになった。

 けどまぁ……


「ちょっと気疲れした。俺は少し休憩を取る」

「では私共は捜索を。ウザイン様のお側に居れる人材に欠けますので、不意の移動にはご注意していただければ」

「解った。なるだけ目立つ感じに動く」


 やっぱり居るんだね、監視役。

 ここまで言うなら人目につかない位置から人目に出れない姿で隠れてるんだろーねぇ。

 ……本当に何なんっしょ。うちのメイドたち。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る