10 惨状・その2…継続中… (2020年度ラスト投稿)

「ウザイン君。色々と問いたい話ができたが、今は最初のものを優先したい」

「単刀直入に言おうか。お前の家で流している〈神珠液〉、何とか入手の伝手を頼めないか?」


 丁寧口調のメルビアス先輩。砕けた口調のブレイクン先輩。

 ……なんか先輩方の中では無かった話になってるようだが、最初の話って確か聖女の噂を追って来たはずだよな。その聖女はライレーネの事だろうし。


「どんだけ実家が怖いんですか」

「「実家だからだよ!」」


 ライレーネ遭遇の事実抹消につい口がでたら即効で言い返された。


「いいか、言葉で責めてくるのは家族だけだが、態度は実家の性別・女全てから来るのだ」

「この数日、“まだナリキンバーク家と繋ぎがとれないのか”な零下の視線の圧がなぁっ!」

「ああ、なるほど」


 貴族御用達の代物、特に女性関連のものは、その家の主人が得たなら高い確率で家臣一同にも振る舞われる。目新しい菓子類、衣装、アクセサリー。まあ、臨時ボーナス的な感じにだ。

 そして侍女やメイドは、自分が寄親をしている配下の貴族家の子女なのも基本。下げられた物は彼女達を通して各実家に行く事もある。それは地味に実家の貴族社会での名声を上げる役割になる事もあるわけで……。そのチャンスを掴むだろう当事者には期待の視線も熱くなるというわけか。


「熱い視線どころじゃないな。射殺される寒気の方が強い」

「うちもだな。なんとも暗殺防止に役だって以降王家で独占しそうな傾向もあってな」

「ああ、そちらの実用性は切実ですからねぇ」

「精神的には俺達の方が切実だがな」

「……あー……」


 〈神珠液〉の販売量は、一応増加傾向にある。フラウシアと同期の人員も年々実力を上げているし、MPを増やす修練もマニュアル化してるんで自領には後続も増えているからだ。

 ただなぁ、流通経路がいまだに安定していないのだ。


 約三年前、自領と王都を結ぶ街道を俺の移動に合わせて大掃除した。これで野盗と魔物の被害もだいぶ減り、商隊キャラバンの移動なども安定した……かに見えたのだが、去年あたりからまた障害の勢力が増えているのだ。

 原因は、神珠液だ。商品価値が高いのが周知されすぎた結果だな。現状じゃ護衛強化しか手段がなく、結果的にキャラバンの移動本数が減る形だ。

 王都は一応、俺と兄上との管轄の支店で独自に売るスタイルなんだけどね。ただし貴族用の数を下手に増やすと後が怖いって親父様の指示もあり、一定数を越えないようにはしている。


 ……時間的余裕を使って、一般用のつもりで、俺がわざわざ魔術使用で作ってみたんだが、やっぱり高品質化してる感じがするんだよな。かといってフランだけに作らせるには今度は数が多すぎるんで……仕方が無いので、今は王都の豊穣神殿の神官を導入できないかの折衝中だ。

 同じ信仰系列の神殿でも、運営は各支店もとい各都市の各神殿での独立採算制なのだそうだ。大昔からの赤貧運営の悪い部分が出た結果らしい。

 神珠液で得た名声は豊穣神ユタン信仰の神殿全体で共有するが、収入って意味じゃナリキンバーク領の豊穣神殿の管轄ね、というもので。


 ……うん、世知辛い。


 因みに、支店で作る一般用の神珠液は支店でも売るが大半は王都の豊穣神殿に纏めて卸し、近郊の各神殿に配送してもらっている。流通経路の面じゃ王都からの方が遙かに安全性と速度が違うんで。

 その諸雑費は完全に神殿管轄なのでこちらは知らん。王都の神殿もタダ働きはしないだろから何かの契約は結んでるんだろうけどな。


 で、と。


「先輩方の心情はよく察しましたが……こればかりは実家の采配に従わないとならんのです」


 彼等の境遇には大いに共感できる。

 うちもそうだったもんな。メイド全員からの無言の圧力。あれは、正直いつ背後から刺されるか的な恐怖しかない。

 美容に命かける女怖い。マジに怖い。

 やっぱ、この業界に足突っ込むのは早計だったかなぁ。さすか魔窟。


「ただ、既に増産の方針は決定してますので、もう少し、お待ち頂ければ……」


 ……あ、無理そう。

 なんか先輩方、“殺してでも奪い取る”的な絶望感に満ちた形相してなさる。

 ……仕方無い……かぁ。


 貴族的に相手が相手って事もあるが、それも含めて〈ローズマリーの聖女〉のメインな登場人物ってのもあるから、可能なら怨恨を生む関係は遠慮したいのが本心だ。

 だが、ここで根負けした形でブツを渡せば、その後は多分群がる蠅が激増する。

 何も実家の女怪にょかいに怯える男たちが彼等だけとは限らんのだ。

 いや、たぶん、この学院に居る貴族子息は全員が該当者だと思うし。

 だから、何か正当と思える交換条件でもでっち上げよう。それも彼等じゃなきゃ無理なくらいの難題で。


「ああぁー……、では先輩方を見込んでのお願いを対価に……という条件では?」

「「是非、聞こうか!」」


 ああうん、即答ですか。そうですか。



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