嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

第5章 17 エドガーの頼み

「ヒルダ様ではありませんかっ！」

御者を勤めているスコットがヒルダの姿を見て驚いた。

「こんにちは、スコットさん」

ヒルダはバツが悪そうに挨拶をした。

「あ、こんにちは、ヒルダ様！」

スコットは慌てて帽子を取ると挨拶し、エドガーに尋ねた。

「あの、エドガー様のお客様というのは…」

「あ、ああ。実は彼が来られなくなった代わりにヒルダが出席することになったんだよ」

「そうでしたか、でも旦那様も奥様もヒルダ様が来られたことを知るときっとお喜びになると思いますよ？さぁ、どうぞ馬車にお乗り下さい」

スコットは笑みを浮かべてヒルダに言う。

「え、ええ…」

ヒルダが馬車に乗り込むところをスコットが手を差し伸べようとすると、エドガーが声をかけた。

「俺がヒルダをエスコートするよ」

「あ・は、はい」

スコットはヒルダに差し伸べていた手を引っ込め、後ろに下がるとエドガーが進み出て来て、ヒルダを軽々と抱き上げた。

「お、お兄様…！」

「ヒルダ、足が痛いんだろう？足を引きずって歩いていたのを見ていたからな」

「そ、そうですけど…」

エドガーはヒルダを椅子に座らせ、自分も向かい側に座るとニコリと笑みを浮かべてヒルダを見る。

（お兄様は…何でも良くみていらっしゃるのね…）

2人が馬車に乗り込むと、スコットは馬車を走らせた―。

　ガラガラ走る馬車の中でエドガーはヒルダを愛しげに見つめながら言った。

「ヒルダ、そのドレス…とてもよく似合っているよ。最近までずっと黒や紺色の服ばかり着ていたからな。あの色も似合っていたけど…そういう色も似合っているよ」

「ありがとうございます。このドレス…ノワール様と一緒に選んだのです」

ヒルダの言葉にエドガーは眉を潜めた。

「え…？兄さんと…？」

エドガーの表情が曇り、ヒルダは自分がまずいことを言ってしまった事に気が付いた。

（どうしよう…私は余計な事を言ってしまったのかも知れないわ…）

「あの、お兄様…」

「ところでヒルダ」

不意にエドガーが声のトーンを大きくすると言った。その言い方は…まるでヒルダの言葉を遮るように聞こえた。

「はい、何でしょうか？」

「フィールズ家にはどのくらい泊まれる？あまり荷物は持っていないようだけど…あの屋敷はヒルダの実家だ。衣類は全て揃っているのだから、せめて1週間は滞在出来るだろう？」

エドガーの言葉にヒルダは驚いた。

「え？お兄様。何を仰っているのですか？私は…明日にでも『ロータス』へ帰るつもりだったのですよ？」

「え…？何故だ？ヒルダ。ひょっとしてノワール兄さんと一緒に帰るのか？2人でなにか約束しているのかい？」

その声はどこか寂しげだった。

「いいえ、まさか…！私は今日まで何処へ行くのかも知らされていなかったのですよ？それを2人で何か約束なんてありえませんから」

ヒルダはそこだけはハッキリと断言した。ノワールとの関係は何も無い。そこだけはエドガーに誤解させたくなかったのである。

「そうか…でも折角カウベリーへ来たんだ。すぐに帰るなんて悲しいことを言わないで貰えないか…？」

エドガーはまるで懇願するかのようにヒルダに言った―。