第3章 10 強引な勧誘

 やがてバスは『ロータス』駅に到着し、乗客たちはゾロゾロとバスを降りていく。ヒルダも彼らに続き、バスを降りるとキョロキョロ辺りを見渡した。


(ノワール様は何所かしら…?席を譲って貰ったのだから、もう一度お礼を伝えないと)


すると駅へ向かう人々の中に、頭1つ分飛び出ている金髪男性の姿が見え隠れしている。


(あ!あの方がノワール様だわっ!)


ヒルダは杖をつきながら必死で人の群れを避けながらノワールに近付いていく。麻痺の残る左足がズキズキと痛んだが、今のヒルダにはそんな事は構っていられなかった。


(後…後もう少しで追いつくわ)


そしてようやくノワールに追いつくとヒルダは声を掛けた。


「あの、すみませんっ!」


するとクルリとノワールはヒルダの方を振り向くと、美しい眉を潜めた。


「何だ…また君か?今度は何だ?」


「先程の席を譲って頂いたお礼を言いたくて…」


ヒルダはノワールの隣を歩きながら言う。


「お礼ならさっき言っただろう?それでいいじゃないか。俺は君が嫌いなんだ。まとわりつかないでくれ」


ノワールは冷たい声で言うと、歩く速度を速めてさっさとホームを潜り抜けてしまった。


「あ…」


ヒルダはそんな後姿を虚し気に見送った。


(仕方ないわね…私はお兄様を酷い目に遭わせた人間なんだもの…ノワール様に嫌われて当然だわ。一応お礼も伝えられたし、今度こそ関わらない様にした方がいいものね)


そしてヒルダは定期券を取り出すと、駅員に見せて改札を通り抜けた―。



「…」


駅のホームで杖を持って汽車を待っていると、数m先にノワールが立っていることに気が付いた。ノワールは本を広げて一生懸命に読んでいる。


(本が好きな方なのね…)


ヒルダは思った。このままではまたノワールの視界に自分が入ってしまうだろうと。


(もう少し離れた場所で汽車を待つ方が良さそうね…)


ヒルダはノワールに背を向けると、さらにホームの前の方に移動していく。その後ろ姿をじっと見つめるノワールの視線に気づくことなく―。



****


 大学のキャンパス内に入ると、今日も朝からサークルやゼミの呼び込み活動をしている学生たちが大勢いた。門をくぐったヒルダは早速3人組の男子学生に声を掛けられた。


「ねぇ、君。新入生だよね?」


「はい、そうですけど?」


「ねぇ、良ければ俺達のサークルに入らないかい?乗馬のサークルなんだよ」


別の男子学生が声を掛けて来た。


「乗馬…」


その言葉にヒルダは青ざめた。『カウベリー』で乗馬をした時の落馬事件がヒルダの脳裏に蘇る。あんな事件が起きなければ…ヒルダの運命は大きく変わっていたかも知れない大事件。あれさえ無かったら…ひょっとするとルドルフは死ぬことも無かったかもしれない…。


すると1人の学生がヒルダの異変に気付いた。


「あれ?君…大丈夫?何だか具合が悪そうだね…。そうだ!もしよければ俺たちの部室で休んでいかないかい?」


言いながら彼らは互いに目配せしていることにヒルダは気付いていなかった。彼らがヒルダに近付いた目的はサークルに誘う事だけでは無かった。美しいヒルダに目をつけていたのである。


「い、いえ…大丈夫です。授業があるので教室へ行きます」


ヒルダが去ろうとしたとき、男子学生に肩を掴まれた。


「そんな事言わずにさ。すぐそこだから」


「放して下さい…」


ヒルダが身をよじって抵抗した時…。


「何やってるんだ?」


冷たい声が背後から聞こえた。


「ノ、ノワール…」


1人の学生が顔色を変えてその名を呟く。


(え?ノワール?)


ヒルダが振り向くと、冷たい瞳でこちらを見つめるノワールの姿があった―。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る