第2章 12 気持ちを新たに…
翌朝、朝食の席にもハリスは現れなかった。マーガレットがヒルダとの同席を許さなかったからだ。ルドルフを失った心の傷が未だに癒えないヒルダに余計な事を言わせない為であったが、そんな事を露とも知らないヒルダはトーストにバターを塗りながらマーガレットに尋ねた。
「お母様、お父様はどうなさったのかしら?」
「え、ええ。今朝は食欲がないと言っていたから…でもヒルダが駅に向かうときには顔を出すから気にせず、食べなさい?」
マーガレットはボイルエッグに塩を振りながらヒルダに笑みを浮かべる。
「はい、分かりました」
ヒルダは返事をすると、トーストを口に入れた―。
午前9時―
ヒルダは自室で荷造りをしていると部屋の扉がノックされ、引き続きカミラの声が聞こえてきた。
「ヒルダ様、準備の方はいかがですか?」
「もう少しで出来るけど…どうぞ、カミラ。中に入って」
「失礼します」
カチャリと扉が開かれ、カミラが部屋の中に入ってきた。カミラは既にボストンバッグを右手に持っている。
「カミラはもう準備が終わっていたのね?」
「はい。まだでしたらお手伝い致します」
「ありがとう、それじゃこの荷物を入れてくれる?」
「はい、分かりました」
カミラは言われたとおり、ヒルダの荷物をキャリーバッグに入れながらヒルダの様子を伺った。見るとライティングデスクの上には手紙の束が有り、ヒルダは大切そうに束ねている。
「ヒルダ様…それは…?」
カミラが首をかしげて尋ねるとヒルダが言った。
「この手紙…私が『ロータス』へ行った時にルドルフが…私宛に書いてくれた手紙なの。結局出されたことはないのだけど…マルコさんが見つけてお父様に預けていてくれていた手紙なの…」
「そうだったのですか?」
「ええ、私…本当に何も分かっていなかったわ。あの当時から…ルドルフは本当に私の事を愛してくれていたのに…私はそれを信じられなくて。あの時からちゃんとルドルフに向き合っていれば…私は彼を失うことは無かったのかしら…?」
ヒルダが悲しげに目を伏せた。
「それは違いますっ!」
カミラは断言した。
「カミラ…」
「ルドルフさんが死んでしまったのはヒルダ様のせいでは有りません。悪いのは全てグレースと…グレースの母親なのです。もうどうかこれ以上御自分を責めるのは辞めて下さい。そんな事では天国に行ったルドルフさんが悲しみます。きっと…ルドルフさんはヒルダ様を見守っているはずです。誰よりも…幸せを祈っているに決まっています!」
「…!」
ヒルダは驚いていた。今まで以上に強い意志で自分の気持ちを語るカミラの姿に。
「ヒルダ様、ひょっとするとご自分は幸せになってはいけないと思ってはいませんか?もしそう思っているなら…それは大きな間違いです。みんなヒルダ様の幸せを祈っています。亡くなったルドルフさんだって、私だって…奥様や旦那様。エドガー様だって…!」
「お、お兄様も…?」
「はい、そうです。エドガー様は…ヒルダ様がルドルフさんと恋人同士だった頃からヒルダ様の事を愛していたのですよ?ですが…ヒルダ様に幸せになってもらいたいから…」
「お兄様…」
ヒルダは最後に見たエドガーの悲しげな顔が忘れられなかった。
「ヒルダ様は9月から大学生になられますよね?どうか…新しい環境で、生まれ変わった人生を歩んで欲しいと思っています」
「わ、分かったわ…カミラ」
カミラの必死の思いがヒルダには痛いほど伝わった。
その後、荷造りを終えた2人はマーガレットとハリスに見送られ、馬車に乗り込んだ。
『ロータス』へ…2人の居場所へ戻る為に―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます