第1章 10 エドガーの手作りケーキ
荷物を部屋に置いて着がえを済ませると、ヒルダはリビングルームへ向かった。
部屋にはすでに母とエドガーが着席しており、ティーセットが用意されていた。
「あら、来たのね。こちらへいらっしゃい」
マーガレットが手招きした。
「はい、お母様」
ヒルダは少し足を引きずるように歩きながらやって来た。エドガーが立ち上がって椅子を引こうとしたとき、ヒルダはそれを止めた。
「大丈夫です、お兄様。1人で出来ますから」
「あ、ああ。そうか?」
ヒルダは着席し、丸テーブルの上にケーキとガラス製のティーポットが置いてあることに気がついた。紅茶の中にはいちごやレモン、ピーチなどの果物が浮いている。
「まあ…フルーツティーですか?」
ヒルダは目を丸くした。
「ええ、そうよ。ヒルダはこの飲み物が好きだったでしょう?もう初夏に入ったし、この紅茶もそろそろ飲む季節よね」
「こんな贅沢な飲み物…用意して頂いてとても嬉しいです」
ヒルダは頬を染めて微笑んだ。
「そんなに嬉しいのか?ヒルダ」
エドガーが尋ねて来た。
「はい、とても嬉しいです」
「では早速頂きましょう?」
マーガレットは用意しておいた人数分のグラスにフルーツティーを注ぎ入れてくれた。そしてお皿の上に乗っているケーキもヒルダの前に置いた。
「このケーキは何ですか?」
ヒルダはマーガレットに尋ねた。
「これはレモンタルトなのよ。今、カウベリーでは寒さに強い果実の品種改良を始めているの。エドガーの提案なのよ」
「お兄様の提案なのですか?」
ヒルダはエドガーを見た。
「ああ、『カウベリー』は土地は広いのに、冬場はかなり寒くなるからあまり果樹園や農作物を育てるのに適さない場所なんだ。土の具合も左程良いとは言えないし‥そこで今、父と肥料の開発や農作物の品種改良を専門家と行っている最中なんだ」
「そうだったのですね…お仕事頑張ってらっしゃるのですね」
「あ、ああ。まあな」
「それじゃ、この土地で栽培したレモンを皆で頂いてみましょう?」
マーガレットに促され、ヒルダとエドガーは頷いた。
「頂きますね」
ヒルダは早速フォークを入れて、ケーキを小さくカットすると口に中に入れた。レモンクリームの酸味と甘さがちょうどよく口の中で溶け合い、それはとても美味しかった。
「どうだ?ヒルダ。美味しいか?」
エドガーが身を乗り出して尋ねて来た。
「え?ええ。とっても美味しいです」
「そうか…良かった…」
エドガーは溜息をついた。
「え?どうされたのですか?」
するとマーガレットがクスクス笑いながら言う。
「実はこのケーキはね、エドガーが作ったのよ?」
「え?お兄様が作ったのですか?」
「あ、ああ…そうなんだ。ヒルダにここのレモンを食べさせたくて…」
エドガーは恥ずかしそうに答える。
「そうだったのですね?ありがとうございます。お兄様。とても嬉しいです」
ヒルダはニッコリ微笑んだ。
「そうか、良かったよ。ヒルダの口に合ったようで」
「エドガーは本当によく頑張ってくれているのよ。この『カウベリー』が豊かな町になれるように」
マーガレットの言葉にヒルダは言った。
「頑張ってください。お兄様」
「ああ、頑張るよ」
エドガーは返事をした。
だが、何故今エドガーが農作物の開発に力を入れているのか…そこにはある理由があった―。
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