嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

第5章 14 それぞれのクリスマス 10

　その頃―

アンナはエドガーの姿をジャンと一緒に探していた。

「なぁ、アンナ。本当にお前の婚約者ってここに来てるのか？」

ジャンは背後から声を掛けて来た。

「勿論よ、ちゃんと来ているもの」

「だけど、こんだけ探し回っても見つからないんだぞ？それよりお腹すいたよ。一緒に食事に行こうぜ」

「行きたければ1人で行けば？私はエドガー様を探しているんだから」

「ちぇっ」

なのにジャンはアンナから離れないでついて来る。

（文句があるなら1人で立食テーブルに行けばいいのに…それとも1人では行動出来ないのかしら…。）

「それにしても本当にジャンは子供ね。その点、エドガー様は違うわ。すごく優しくて、大人で…本当に素敵な方なんだから」

アンナは立ち止まり、振り返るとジャンに言う。

「あーそうですか、ハイハイ。またいつものアンナの婚約者自慢かよ」

ジャンはつまらなそうに返事をした。

「そんな事より、早くエドガー様を探さなくちゃ」

実はアンナは嫌な予感がしていたのだ。今夜のエドガーは何かおかしかった。ヒルダが心無い噂話に傷つき、ハリスと早々に帰ってから、ずっとエドガーはイライラしていた。あのような姿を見るのはアンナは初めてだった。そして…偶然知ってしまったエドガーとヒルダの秘密。

（まさか…エドガー様とヒルダ様が実の兄妹では無かったなんて…でもエドガー様はとてもヒルダ様を大切にしているように見えたわ…）

アンナは知らなかった。エドガーが実はヒルダの事を妹としてではなく、1人の女性として愛していると言う事を。だが‥‥。

「エドガー様…何所‥？」

アンナは徐々に不安な気持ちになって来た、その時―。

「俺の妹に…ヒルダに手を出すな！」

ガシャーンッ！！

エドガーの言葉と同時に何かが激しく割れる音が聞こえて来た。

「エドガー様だわ！」

アンナは急いで声が聞こえた方へ向かって走り…息を飲んだ。

そこには数人の若者たちと一緒にいるエドガーの姿があった。そしてエドガーは1人の若者の襟首を掴んでいた。

「いいか…？ヒルダは今、すごく傷ついているんだ…そんなヒルダの弱った心に付け込んで近付くような男は…俺が絶対に許さないからな…！」

「よ、よせ…お、落ち着けよ。エドガー。ほ、ほんの冗談だって…」

襟首を掴まれた若者は震えながらエドガーに懇願している。周囲ではエドガーの迫力に押されて、一言も声を発する事が出来ない。

そんな様子のエドガーを見て、ジャンが震えながら言った。

「お、おい…アンナ。あの男がお前の婚約者なのか？言ってる事が全然違うじゃないかよ…。何だよ、ものすごく恐ろしい男じゃないか…」

「そ、そんな…エドガー様‥‥」

アンナも初めて見るエドガーの姿に驚愕していた。そしてエドガーは全くアンナの姿に気付いていない。

「いいか？今後二度とそんな薄汚い口でヒルダの名前を口にするな…もしまたヒルダの名前を出せば・・ただじゃすまないからな？」

そしてエドガーは若者の襟首をパッと離した。

ドサッ！

突然手を離された若者は床に崩れ落ち、喉元を抑えて激しく咳き込む。

「ゴホッ！ゴホッ！」

「お、おい！大丈夫かっ？！」

「しっかりしろ！」

「いくら何でもやり過ぎだろう？！」

若者たちの言葉にエドガーは彼らを冷たい目で一瞥しただけで、くるりと背を向けるとバルコニーへと向かって歩いて行く。

「エドガー様…！」

アンナが追い掛けようとしたとき、突然ジャンに右手を握りしめられた。

「ジャン…！」

「行くなよ！アンナッ！あ、あいつ…すごく恐ろしい男だ！」

「いや！離してよっ！」

アンナはジャンの腕を振り払うと、エドガーの後を追った―。