第4章 28 別れのキス

神父の祈りが終わり、参列者達が最後のお別れにルドルフの棺に花を入れる儀式が始まった。ルドルフの両親は激しく嗚咽しながらルドルフの棺に真っ白な花を入れる。


「ううう…ルドルフ…私のたった1人の可愛い子供…」


ルドルフの母はすっかり冷たくなったルドルフの頬に手を当てると涙をこぼした。ルドルは目をつぶり、その姿はまるで眠っているように見える。


「ルドルフ…ルドルフ…苦しかっただろう…痛かっただろう…?」


マルコの涙も止まらない。我が子の死を嘆き悲しむ両親の姿は参列者たちの涙を誘った。ハリスも目を赤くしてその様子を見つめている。


(ヒルダは…ルドルフと最後の対面を果たすことが出来るのだろうか…?)


エドガーはまだ教会の椅子に座って、うつむいているヒルダをチラと見た。ヒルダの側にはアンナとカミラが寄り添っている。


(アンナ嬢…本当に君には感謝するよ。ヒルダに良くしてくれて…)


だからこそ、尚更エドガーはアンナに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

アンナは親同士が決めた婚約者ではあったが、確実に自分に好意を寄せているのは分かっていた。だが、エドガーが愛する女性はヒルダである。そのことで常に後ろめたさを感じていたのである。


(すまない、アンナ嬢…。君とは結婚するが、心だけは…)


エドガーは心の中でため息をつくと、ルドルフの事を思った。


(ルドルフ…何故君はヒルダを残して死んでしまったのだ―?)



「ヒルダ、私も別れを告げてきた。お前もルドルフに別れの挨拶をしてきなさい」


うつむいて泣いているヒルダの側にハリスがやってくると声を掛けた。


「お、お父様…」


ヒルダは涙で濡れた顔を上げた。


「ヒルダ様、私もご一緒しますから…行きましょう?」


アンナが声を掛けてきた。


「ええ。私も一緒です」


カミラも言う。


「アンナ様…カミラ…」


ヒルダは2人に促され、何とか立ち上がった。そしてアンナに手を引かれ、ルドルフの棺に近づく。


「ヒルダ様。これを」


カミラがヒルダに真っ白な花を渡してきた。


「カミラ…」


ヒルダは涙をこらえながら花を受け取り、ルドルフの眠る棺を覗き込んだ。するとそこには生前とほとんど変わらないルドルフの姿がそこにあった。目を閉じているルドルフはまるで眠っているようにしか見えない。

途端にヒルダの目には涙が溢れてくる。


「ル、ルドルフ…」


ヒルダの脳裏には今までのルドルフと過ごした記憶が次から次へと蘇ってきた。初めての出会いから婚約した日の事、一方的に自分から別れを告げ、ルドルフを傷付けた事。悲しい別れの後に転校生として現れたルドルフ。恋人同士になって初めて結ばれたあの夜の記憶…そして…


『僕の愛するヒルダ様。高校を卒業したらどうか僕と結婚して下さい』


日記帳に書かれたあの文章…。


「ルドルフ…」


ヒルダはヴェールをあげた。そして冷たくなったルドルフの頬に手を当てると泣きながら言った。


「ルドルフ…高校を卒業したら…私と結婚してくれるんじゃなかったの…?どうして…どうして死んでしまったの…?あ、貴方を愛しているのに…ルドルフ…」


そしてヒルダは大勢の参列者たちが見ているにも関わらず、冷たくなったルドルフの唇にキスをした。一度唇を離しては更にもう一度重ねる。


「!」


その姿を見たとき、エドガーに衝撃が走った。


(ヒルダ…ッ!)


そして思った。ひょっとするとルドルフとヒルダは既に身も心も結ばれていたのではないだろかと―。


死んでしまった恋人に何度もキスを捧げるヒルダの姿は更に参列者たちの涙を誘う。


「…」


やがてフラフラと棺から離れたヒルダはそのままグラリと身体を大きく傾けた。


「ヒルダッ!!」


慌ててハリスが支えると、ヒルダは既に気を失っていた。


頬を涙で濡らしながら―。

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