第4章 23 父と娘の再会

12時10分―


ヒルダ達を乗せた馬車がフィールズ家に到着した。ヒルダは虚ろな瞳で窓から屋敷を眺めた。前回帰郷したときは変装し、アンナの親友として身分を偽っての帰郷だった。そして今回は…身分を偽ることなく、堂々とヒルダとして我が家に戻って来る事が出来たのに、ヒルダの心は悲しみで一杯だった。


(いや…ここには…ルドルフの思い出と‥悲しい思い出が多すぎる…)


ヒルダの大きな瞳から再び一滴の涙が頬を伝って流れ落ちた。


「ヒルダ、フィールズ家に着いた。降りよう」


エドガーが窓の外を眺めているヒルダに声を掛けても、何の反応も無い。ただ虚ろな瞳で屋敷を眺めている。


「ヒルダ様?」


カミラが声を掛けてもヒルダは返事もしない。まるで2人の事を認識していないようにも見えた。ついに見かねたエドガーはヒルダを突然抱き上げた。


「え?」


抱き上げられたとき、ヒルダはようやく我に返った。


「あ…お兄様…」


「ヒルダ、降りよう。」


「はい…」


エドガーはヒルダを抱きかかえたまま降りると、目の前には既に喪服を着たハリスが立っていた。


「エドガーッ!抱きかかえているのは…ヒルダだなっ?!」


エドガーの胸に顔を押し付けていたヒルダはハリスの呼び声に顔を向けた。するとそこにはハリスがやつれた姿で今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。


「お父…様…」


エドガーはそのまま、ヒルダを地面に降ろすと背後に下がった。


「ヒルダ…久しぶりだな…」


ハリスは声を震わせてヒルダを見つめる。


「はい…お久しぶりです。お父様…」


「おかえり、ヒルダ」


ハリスは泣き笑いのような顔を浮かべると、次の瞬間ヒルダを思い切り抱きしめた。


「た、ただいま…お父様…」


ヒルダはハリスの背中に手を回し…次の瞬間、大きな声を上げて泣き出した。


「お父様…!!ルドルフ…ルドルフが…っ!!私 ‥ルドルフを…あ、愛していたの…け、結婚の約束だって…していたのに…それなのに…!!」


そして激しく泣きじゃくる。


「ヒルダ…ああ、分ってる。分ってる。ヒルダ…」


ハリスは2年前に別れたヒルダが、すっかり背が伸びたのに、やせ細っていた姿が哀れでならなかった。


「ヒルダ、もうすぐルドルフの葬儀が始まる。だから…しっかり準備をして…お別れを告げるんだ…」


ハリスは泣きじゃくる娘の金の髪を撫でながら言う。


「だ、だけど…わ、私はルドルフとお別れなんて…悲しくて出来ないわ…!」


ヒルダはハリスにしがみついたまま激しく首を振る。


「駄目だ、ヒルダ。そんな様子では…ルドルフは安心して神の身元へ行けないだろう?」


「!」


「で、でも…」


するとハリスが言った。


「ヒルダ、悲しくて辛いのは…お前だけじゃない。ルドルフの両親は、たった1人きりの息子を亡くしてしまったんだぞ?」


その言葉にヒルダの肩がピクリと動く。


(そうだったわ…辛いのは私だけじゃない…ルドルフの両親だってすごく悲しんでる‥なのに私は自分だけ辛いと感じていた…)


ようやく少し冷静になれたヒルダは涙に濡れた顔を上げてハリスを見た。


「お父様…わ、私…ルドルフを見送る仕度をしてきます…」


「ああ、そうだな。もうあまり時間が無いからな」


その時、ハリスはようやくカミラの方を見た。


「カミラ…ヒルダが世話になっているな。本当に…ありがとう」


ハリスは声を掛けた。


「いいえ、とんでもございません。ハリス様」


カミラはさっと頭を下げる。


「カミラ、ヒルダを連れて屋敷へ入ってすぐに葬儀の準備をしてきてくれ」


「はい、かしこまりました。ヒルダ様、参りましょう」


「ええ…」


ヒルダは頷くと、ハリスから離れてカミラと共にエントランスに向かって歩き始める。


そしてその後ろ姿をエドガーとハリスは黙って見つめるのだった―。

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