第12章 7 ハリスの気遣い
エドガーとハリスは教会の中へ足を踏み入れた。
信心深い人たちが暮らすカウベリー。なので田舎の町ではあるけれども教会のつくりはとても立派だった。見上げる程に高い天井にはこの町に住むステンドグラス職人が作ったバラと十字架の大きなステンドグラスがはめ込まれている。上から吊るされたシャンデリアは厳かな雰囲気醸し出し、教会の左右の壁には細長いアーチ状の窓ガラスが等間隔にはめ込まれ、外の明かりをふんだんに取り入れている。
教会の中には4台の石炭ストーブが置かれているが、それでも寒さを和らげる事は
出来ない。なので人々は皆帽子やマフラーを巻き付け、コートも脱がずに教会のベンチに静かに座って待っていた。
たった一人を除いては・・・。
「う・・うう・・・イワン・・イワン・・・どうして死んでしまったんだい・・お前が死んでしまったら・・この先、どうやって生きていけばいいっていうのさ・・・。」
人目もはばからず泣き崩れるイワンの母に、ある者は同情の目を・・・またある者は軽蔑の目を向けていた。その軽蔑の目を向けているのは・・・イワンが勤めていた駅の関係者達だった。彼らはイワンが駅のホームに飛び込み自殺したことに対して恨んでいたのだ。警察や取材陣が田舎の『カウベリー』駅に押し寄せ、さらし者にされた。自殺の原因は職場でのいじめなのではないかと疑われた。業務も止まってしまい・・・自殺した駅など使いたくないと言う町人達の声が聞こえてくる。
その為、駅員を代表して参列した大人達は自殺したイワンの母をイライラした目つきで睨み付けていたのだった。
その様子に気付いたエドガーがハリスに小声で囁いた。
「一体何なのですか・・あの連中は・・たった1人きりの息子を亡くして悲しんでいる彼女をあんな目で睨み付けて・・・。」
するとハリスは言った。
「落ち着け・・・エドガー。領主として領民の心配をするのは良いことだが・・あの駅員たちだって・・ここ、『カウベリー』の領民たちなのだ。彼らにも彼らなりの言い分があるだろう・・。私たちは・・公平な目で彼らの生活を見守らなくてはならないのだ・・。自分の感情に流されては駄目だ。」
「わ・・分かりました・・・。」
エドガーは歯を食いしばり・・思った。
(そうか・・・だから、父は・・例え自分の娘であろうと・・領民たちの怒りを沈める為に・・・ヒルダの縁を切り・・カウベリーから追い払ったのか・・・。恐らく父も本当はヒルダを手放したくは無かったに違いない・・。)
先程のハリスは・・ほんの少しだけ自分の本音を吐き出したのだと言う事にエドガーは気づいた。ゆくゆくは自分がここ、『カウベリー』の領主になる。ハリスは明主としてもこの地域では名高い人物である。
(俺は・・父のような領主になれるだろうか・・。)
その時・・・・。
「ハリス様、エドガー様。」
不意に背後から2人は声を掛けられ、同時に振り向いた。するとそこには青白い顔をしたルドルフが立っていた。
「ルドルフ・・・。」
「おお・・やはり来たのだな?ルドルフ。」
ハリスが声を掛けた。
「はい・・・イワンは・・僕の友人でしたから・・・。」
「そうか・・。なら・・後で私の代わりにこれを渡してくれるか?」
ハリスが懐から封筒を渡してきた。その様子を黙って見届けるエドガー。
「ハリス様・・。これは・・?」
ルドルフは封筒を受け取ると尋ねた。
「小切手だよ・・・。中に金額が書いてある。私から個人的に渡すと角が立つからな・・イワンの親友として・・お悔やみの見舞金として・・君の名で渡しておいてくれるか?君の事だ・・きっと彼の母親と話をしようと思っていたのではないか?」
ハリスの言葉にルドルフは頷いた。
「はい・・・そうです・・。ではお預かりします。」
そしてルドルフはエドガーの隣に座り・・・3人は祭壇の最前列の席に座り、嗚咽しているイワンの母を沈痛な眼差しで見つめ、式が始まるのを静かに待つのだった―。
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