第11章 10 イワン
その話を聞かされたイワンは顔面蒼白になり、身体がブルブル震え出した。
「ど、どうしたんだいっ?!イワンッ!」
突然様子がおかしくなったイワンを見てグレースの母は驚いた。
「お、俺・・・か、帰ります・・・。」
イワンは背を向けて外へ出ようとした時・・。
「おや・・?誰だ?君は?」
そこへグレースの父が帰って来た。
「え・・?」
イワンは真正面に立つ男性を見て、思わず声を上げそうになった。
(ま、まさか・・グレースのお父さん・・?こ、この人が・・?!そ、そんな!)
イワンがグレースの父を見て驚くのは無理も無かった。彼はとても立派な人で、髪はいつもキチンと整え、上質な背広に身を包み・・指にはいくつもの光り輝く宝石の指輪をはめており、カウベリーの人々の憧れ的存在であった。成功すれば、平民だってお金持ちになれるのだという希望を人々にもたらし・・尊敬されていた人物だったのに・・。
今目の前に立つ彼は、そのような面影は一切無かった。黒々とした髪はあちこちに白髪が生え、まだらになっている。顔には無精髭を生やし、目は落ちくぼみ・・やつれた表情をしている。くたびれた黒の防寒コートは裾や袖はあちこちほつれ、ところどころ繕った跡が見える。履いているズボンにはあちこちに毛玉が出来ておりブーツ代わりに履いている泥のはねたゴム長靴のせいで、ますます今の彼のみすぼらしさが浮き彫りになっていた。
イワンは突然目の前に現れたグレースの父を見て、ますます自分の立場が危うくなったことを知った。
「あ・・・お、俺は・・・。」
すると背後でグレースの母が言った。
「ああ、お帰りあんた。この少年はね、グレースの友達で突然訪ねてきたんだよ。」
「何?グレースの友達なのか?それにしては・・君、大丈夫か?酷く具合が悪そうだ。何も無い家だが体調が良くなるまで休んで行きなさい。」
「い、いえ・・・お、俺は・・帰ります。」
そして玄関から出て行こうとしたが、グレースの父を掴まれた。
「駄目だ、途中で具合でも悪くなって雪の中で倒れたらどうする?これ以上もめごとは御免なんでな。大人の言う事はちゃんと聞くものだ。」
強い口調で言われたイワンはもうなすすべも無かった―。
****
「何だか・・・下が騒がしいわね・・?お客さんかしら?」
グレースは薄暗い部屋で毛布を頭からかぶりながら呟いた。あの日・・2年ぶりに姿を現したルドルフと・・・フィールズ家の跡取りであるエドガーが訪れてからというもの、グレースは、ますます屋敷に引きこもるようになった。常に辺りを警戒し・・ほんのわずかな物音にも怯え、すぐに家族に歯を剥く姿はまるで生まれて間もない子猫のような姿の様にも見えた。
「まあ相手が誰であれ・・私には関係ないわ。だって・・・。私はもう・・。」
グレースはギュッと手を握り締めた、その時・・。
コンコン
部屋のドアがノックされた。
「誰よっ?!この部屋には近づかないでって言ったでしょうっ?!」
グレースはヒステリックに叫んだ。するとドアの外から狼狽えた母の声がする。
「グ、グレース・・お前にお客がやって来たんだよ・・。」
「客っ?!」
(まさか・・・ルドルフとエドガーじゃ・・・。)
グレースは身体を震わせながら言った。
「嫌!絶対に会わないからねっ?!」
「そんなこと言わずに・・・お客って言うのは・・・イワンなんだよ・・。」
「イワン?」
(イワン・・・あの間抜けなイワンが私の処へ来るなんて・・・。)
そこでグレースの中で意地悪な考えが頭をよぎった。
(そうよ・・イワンがいたじゃない。あの間抜けなイワンが・・。もともとヒルダが怪我をしたのはイワンが蜂の巣を叩き落としたからじゃない。それに教会の火事だって目撃者は当事者の私達しかいない・・・イワンを脅迫して全部彼のせいにしてしまえばいいのよ。あいつは間抜けだから・・・簡単に騙せそうだわ。)
「イワンが来てるの?彼になら会うわ」
そしてグレースは椅子から立ち上り、扉に向かうと鍵を開けた。
キィ~・・・・
軋む音をたてながら開いた扉の向こうには・・青ざめた顔のイワンが立っていた―。
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