第6章 4 マイクの焦り
新しく担任になった教師ブルーノ・ダグラスの紹介で教室に入ってきた少年を見てヒルダは衝撃を受けていた。
(ど、どうして・・・どうしてルドルフがここにいるの・・?)
「さあ。自己紹介をしなさい。」
ルドルフは頷くと、教壇の前に立って口を開いた。
「初めまして。ルドルフ・テイラーと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
そして丁寧に頭を下げる。すると教師が言った。
「いいか、みんな。彼は編入試験ですべて満点を取ったとても優秀な生徒だ。このクラスは特進クラスだ。皆も彼に負けないように頑張るんだぞ。」
その言葉を聞き、生徒たちは一斉に騒めいた。しかし最も衝撃を受けていたのはヒルダとマイクであった。ヒルダは茫然とルドルフを見つめているし、マイクに至っては混乱していた。
(何だって・・?ルドルフ・・・?ヒルダが呟いていた名前と同じじゃないか・・・!)
そしてマイクは後ろを振り返り、ヒルダを見るとその顔色は酷く青ざめていた。一方のルドルフは無表情のままその場に立っている。とても美しい顔立ちをしているのに、その冷たい眼差しは出会った頃のヒルダによく似ていた。
「よし、それではルドルフ。君の席だが、窓際の前から3番目の席に座ってくれ。」
「はい、分かりました。」
ルドルフは頷くと、指定された席へ移動し、椅子に腰かけた。その様子を見ていた隣の席のマドレーヌが小声でヒルダに声をかけてきた。
「ねえねえ。ヒルダ。あのルドルフっていう転入生、すっごく素敵ね。」
「え、ええ・・そ・そうね・・・。」
ヒルダは曖昧に返事をした。
「でも・・・何だか随分冷たい感じの人に見えるわ・・。素敵だけど、ちょっととっつきにくそうな人よね。」
「・・・・。」
それについてはヒルダは返事をする事が出来なかった。確かに・・マドレーヌの言う通りだと思った。
まるで人形のように無表情な顔に、淡々と話す言葉には感情がこもっていない。それはヒルダが知らないルドルフであった。あんなに穏やかなルドルフの姿は・・・もうどこにも無かったのだ。
(ルドルフ・・・・。貴方・・・一体どうしてしまったの・・?貴方がそんな風に変わってしまったのは・・私のせいなの・・?)
ヒルダは心の中で呟いた。
その後、ホームルームが始まりクラス委員長の選抜が行われたが、成績が一番だったマイクが選ばれ・・・ホームルームは終了となった。
教師が去ると、生徒たちは一斉にルドルフの元へ集まった。全員頭の良いルドルフに興味を持ったのである。
「ねえ、彼ってすごく人気があるわね。」
マドレーヌがヒルダの方に机を寄せて話しかけてくる。
「そうね。マドレーヌ。貴女は彼のところへ行かないの?」
ヒルダは内心の動揺を抑えつつマドレーヌに尋ねた。
「ええ、私はいいの。だって、何だかすごく冷たそうな人なんだもの。それより私はヒルダ。貴女に興味があるわ。」
マドレーヌは横目でルドルフの様子をうかがいながらヒルダに言った。
「え?私に?」
「ええ、そうよ。だって貴女1年生の時から有名だったもの。頭も抜群に良くて、どこか人を寄せ付けないような所。でも今は親しい友人たちがいるみたいだけど・・・ねえ。私も是非ヒルダの友達リストに加えてよ。」
その時・・。
「ヒルダ。」
突然声を掛けられ、振り向くとそこに立っていたのはマイクだった。マイクは転入早々、注目を浴びているルドルフが気に入らなかった。また自分と同等か・・・それ以上に頭が良いかもしれない所も嫌だったし、何よりもヒルダと知り合いなのではないかと思うと、もはや生きた心地もしなかった。マイクはいつも一番だった。そして欲しいものは必ず手に入れてきた。一番の成績も・・女生徒たちの人気も・・そしてヒルダだって手に入れると心に決めていたのに、一向にヒルダとの距離は縮まるどころか・・・最近はむしろ遠のいているように感じていた。
だからだろうか。
マイクの焦りはルドルフの出現によってピークに達していたのだった―。
「ど、どうしたの・・・?マイク。怖い顔して・・・・。」
マドレーヌが言う。
「怖い?僕のどこが?それよりヒルダ。大事な話があるんだ。ついてきてよ。」
そういって強引にヒルダの細腕をつかんで立たせた。
「い・・痛いっ!」
強くつかまれた腕の痛みと、無理やり立たされた左足の痺れがヒルダを襲う。
「ちょっと!乱暴はよしなさいよ!」
マドレーヌが抗議するが、マイクは一瞥するだけで強引にヒルダの腕を掴んだまま教室の外へ連れ出していく。
「い、痛いわ・・・手を放して、マイク。」
ヒルダは懇願するが、マイクは聞く耳を持たずにヒルダを連れて行こうとする。
その時―
「その手を放せ。」
背後で冷たい声が聞こえ、ヒルダとマイクは振り返った。
するとそこにはルドルフが腕組みをして立っていた―。
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