嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

２章 1 彼女のいない教室

「ヒルダ様、それでは仕事に行ってまいりますね。」

カミラはコートを着ると玄関まで見送りに来たヒルダに言った。

「ええ、行ってらっしゃい。カミラ。」

ヒルダは口元に笑みを浮かべ、カミラに手を振る。

「ヒルダ様、お昼ごはんと夕食ですが・・。」

するとヒルダが言う。

「大丈夫よ、カミラ。お昼もちゃんと食べるし、夕食は今日から１週間、私が作るから安心して。お洗濯もやっておくわ。」

「ヒルダ様・・・。」

カミラはヒルダの事を思うと胸が潰れそうに苦しくなった。ヒルダは何も悪くないのに、同級生の財布を盗んだと濡れ衣を着せられた挙句、１週間の謹慎処分を受けてしまった。それを文句一ついう事も無く、受け入れるとは・・・。

ヒルダはカミラの悲し気な顔に気付いたのか、わざと明るく言った。

「カミラ、今夜は腕によりをかけて夕食を作るから楽しみにしておいてね。」

「はい・・楽しみにしております。では行ってまいりますね？」

そしてカミラはマフラーを巻き付けると、玄関を出た―。

その頃―

「はい、皆さん。それでは教科書の38Ｐを開いてください。」

数学教師の言葉に生徒たちは一斉に教科書を開いた。

「・・・。」

フランシスは窓際の前から３番目の空席になっている机をボーッと眺めていた。

（ヒルダ・・・。）

　今朝のホームルームは衝撃的なものだった。ヒルダが反省の為、１種間の謹慎処分を受けたと言う事はクラス中をざわめかせた。

「ふん、私の財布を盗んだんだもの。謹慎処分なんか受けて当然よ。」

１人、当事者のアデルだけは腕組みしながら呟いていたが、他の生徒たちは信じられないと言わんばかりの表情で隣の席同士で話をしている。

「はい、皆さん。ヒルダさんは反省していると思います。復学したら温かく迎え入れてあげて下さいね。」

教師の言葉に、ほとんどの生徒は黙って頷いたのだった。

（ヒルダが犯人のはずあるわけないじゃないか・・・っ！）

フランシスは授業中だというのに、ヒルダの事ばかり頭に浮かんで、大事な数学の授業だと言うのに、ちっとも頭にはいってこなかった。

でも、それはフランシスに限った事では無かった。

（ダフネさん・・・。）

ステラはそっと斜め前に座るダフネの様子を伺った。

ダフネの顔は真っ青になっており、カタカタと小刻みに震えている。あれでは授業内容など頭に入って来ないだろう。

（あの様子だと・・・やはりダフネさんが犯人で間違いなさそうね・・・。）

ステラは溜息をついて、ヒルダの席を見つめた。

（ヒルダさん・・・何所に住んでいるんだろう・・。お休みの間のプリントやノート届けてあげたいな・・。そうだ、放課後担任の先生に尋ねてみよう！）

そうと決まれば、ヒルダの為にもステラは授業を真剣に聞かなければならない。

ステラは集中してノートに向かうのだった―。

「おい、フランシス。食事に行こうぜ。」

昼休み、友人のルイスが声を掛けてきた。

「う、うん・・・。」

フランシスは溜息をつきながら席を立つと、すでに教室の入り口ではカインとマイクが２人を待っていた。

フランシスがルイスと共に２人の元へ行くとマイクが囁いて来た。

「実は、さっき面白い場面を目撃したんだ。」

「何だ？面白い事って？」

カインが首を捻った。

「ああ、実はダフネが他の貴族派閥の女生徒達に囲まれて、教室を出て行ったんだよ。あれは何かあったな・・・。あのダフネが真っ青になって震えていたから。」

マイクがニヤリと笑いながら言ったが、フランシスはそんな話はどうでも良いと思った。ヒルダのいない学校がこれほどむなしいとは今まで思いもしていなかったのだ。

（ヒルダに会いたい・・・。）

そしてフランシスはため息をつくのだった―。