1章 7 馬車での会話

「ヒルダさん、私の事はステラと呼んで?」


ステラはヒルダを自分の向かい側に座らせると早速声を掛けてきた。


「え、ええ・・。それじゃ、ステラさん。私と貴女は今迄一度もクラスで口を利いたことがなかったのに・・一体どういうつもりなの?突然馬車を止めて私を乗せるなんて・・。」


ヒルダはステラに尋ねた。


「あら?だって私、以前からヒルダさんとお友達になりたいと思っていたのよ。だって私達みたいにどこの派閥にも属していないと、あの学校では何かと居心地悪いでしょう?だから無派閥派のヒルダさんと親しくなりたいって思うのは当然じゃないの。それに・・・。」


ステラは意味深な笑みを浮かべた。


「それに?」


「週に1度だけ来る保険医のハンサムな男の先生・・・確かアレン先生だったかしら?ヒルダさんとどんな関係か教えて貰いたくて・・・。もしかして先生と恋人同士のかしら?」


ステラは噂話・・特に恋愛についての話が大好きだった。ヒルダを良く思わない貴族派閥の女生徒達はヒルダが週に1度来校する保険医のアレンの元を昼休みに訪ねている事が前々から気に入らなかった。それ故、ヒルダに対する風当たりも彼女達は他の派閥の女生徒達よりもきつい態度でヒルダに当たっていたのだ


「私とアレン先生が恋人同士?そんなはず無いじゃないの。大体私と先生では10歳も年の差があるのよ?あり得ないわ。」


しかしステラは言った。


「あら、そんな事無いわよ。私みたいな平民の学生では、許嫁とか婚約者がいる人達はいないけど、貴族派閥の生徒達の中には随分年上の婚約者がいる人達だって中にはいるじゃないの。」


「確かに・・・言われてみればそうかもしれないけど・・・。だけど私は貴族では無いわ。アレン先生は私の左足を診てくれてる主治医の先生よ。」


ヒルダはきっぱり言い切った。


「え~そうなの・・・?だけど・・。」


ステラは目をキラキラさせ、身を乗り出すと言った。


「少なくともアレン先生はヒルダさん・・・貴女に気があるはずよ。だって時々職員室の先生たちの元を訪ねて、貴女の卒業後の進路について尋ねているそうだから。きっと今にアレン先生から、プロポーズされるんじゃないの?!ヒルダさん、卒業したら・・僕と結婚して下さい・・なんて・・っ!」


ステラはきゃあきゃあ言いながら頬に手を当てて1人で騒いでいる。そんなステラを見ながらヒルダは淡々と言った。


「私は高校を卒業する前に・・就職先を探すつもりよ?卒業と同時に社会に出て働くのが夢なのよ。それにアレン先生は私を心配しているだけよ。私の事が好きなんてありえない話だし、先生に失礼だわ。」


「え・・?ヒルダさんは将来結婚する気はないの?誰か好きな人とかは・・・いないの?」


ステラは不思議そうな顔でヒルダを見つめた。


「好きな人・・・。」


その時ヒルダの脳裏にルドルフの顔が浮かんだ。あのカウベリーで、ほんのわずかな時間だったけれども2人で同じ時間を共有した穏やかで幸せだった日々・・。

だけど、それはもう二度とヒルダの手には戻って来ないのだ。愛するルドルフの手を振りほどいたのは他でも無い、ヒルダ自身なのだから。

それに恐らくルドルフはもう・・・グレースと・・・。


「ヒルダさん・・・?」


ステラは一瞬ヒルダの目に悲しみの色が宿るのを見た。


「私には好きな人はいないわ。今も・・この先もずっと私は誰かを好きになる事も無いし、結婚する気も無いもの。私の夢は職業婦人として、働いて1人で生計を立てて生きていく事が私の目標だから。」


ヒルダはきっぱり言い切った。


「ええ~そうなの・・?勿体ないな~・・。ヒルダさん・・・すごく美人なのに・・・。クラスの男子の中にはヒルダさんに好意を持ってる人達だっているんだよ?」


ステラはヒルダが将来の目標を語っている時、とても悲し気な顔をしていたのでわざと明るい口調で言った。


「こんな愛想の無い私に好意を持つ男子がいるはず無いでしょう?私の足が不自由だから・・・物珍しいだけじゃないの?」


ヒルダは言いながら窓の外を眺めると、学校の門が見えてきた。


「あ、もう学校に着いたわね。」


ヒルダの背後からステラの元気な声が聞こえた。


やがて馬車が止まると、ヒルダはステラを振り返った。


「ステラさん・・・・馬車に乗せていただいて有難う。それと・・もう私には関わらない方が貴女の為よ?私は貴族派だけじゃなく、財閥派からも嫌われているから。」


「ヒルダさん・・。」


ヒルダはステラに頭を下げると、馬車のドアを開けて足を引きずりながら校舎へと歩いて行った。その背中は・・・酷く寂しげにステラの目に映った―。





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