1章 3 リハビリ
ヒルダが足のマッサージをしている間、アレンはヒルダの為に温タオルの準備をしていた。鍋にお湯を沸かして精油を数滴垂らしてタオルを湯に付ける。それを絞るとヒルダに手渡した。
「さあ、ヒルダ。患部にこれをあてなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
ヒルダは温タオルを受け取ると足にあてて温め、上からマッサージを始めた。
「どうだ?ヒルダ?学校生活は慣れたか?友達は出来たのか?」
アレンは次の温タオルの準備をしながらヒルダに尋ねてきた。アレンはあの日、ヒルダが同級生の女子学生たちにいじめを受けていたのを目撃して以来ずっと気にかけていたのである。
「学校生活は慣れました。友達は・・・・別に欲しくありませんし、必要だとも思いません。」
ヒルダは顔を上げる事も無く、マッサージを続けながら言った。
「そうか・・・。」
アレンはヒルダの横顔を見ながらため息をついた。アレンはヒルダの様子が気がかりで学校側に家庭環境を訪ねた事があった。そこで聞かされたのは予想もしていなかった内容であった。
父親から爵位を奪われ、籍を抜かれ、親子の縁を切られた事。ヒルダがこの学園に通っている事を知っているのは母親のみだと言う事。そしてこのことはヒルダも知らされていないのだが、ヒルダがカウベリーの地を出て3か月後にハリスが遠縁から養子として少年を迎えていた事を知ったのである。
現在ヒルダは以前仕えてくれていたメイドのカミラと一緒にアパートメントを借りて生活をしている。その件に関してはヒルダ直々に教えて貰ったのだ。
アレンはそんな不幸な境遇のヒルダが哀れでならなかった。ただでさえ不自由な足を抱え、足には大きな傷跡が残されている。そのうえ父親からは縁を切られ、今は天涯孤独に近い状態なのだ。
(まだったった16歳なのに・・・何て気の毒な少女なんだ・・・。)
アレン自身も子供の頃に両親を亡くし、親戚中をたらい回しにされて育ってきた。預けられた先々では冷遇ばかりされてきた。だからアレンは必死になって勉強し、医者の道に進むことが出来たのだ。医者になっても努力を怠らず、現在26歳の若さで開業医として成功を収める事が出来たのだ。
アレンは思う。
恐らく、カウベリーに住んでいた頃のヒルダはきっと明るく優しい少女だったに違いないと。その証拠にヒルダは今まで一度も自分達に意地悪をしてきた女生徒達の事を悪く言った事が無いのだ。
なのに今は・・・。
『氷の女王』
それがヒルダの通り名だった。美しい外見とは裏腹に無表情で感情を表す事は無い。
男子学生達の中には密かにヒルダに恋する者もいたが、その冷たい表情と、何より不自由な足が彼等を一歩遠ざける形になってしまっていた。
(卒業まではあと2年はあるが・・・ヒルダは高校を卒業後はどうするのだろう?彼女の話ではフィールズ家の援助は卒業までは貰えるらしいが、その後は一切の援助を打ち切られると言っていたし・・ましてやあの足では・・・。)
アレンはマッサージを続けているヒルダを見ながらある事を考えていた。
「ヒルダ。」
「はい、何でしょう?」
ヒルダは顔を上げてアレンを見た。
「まだ先の話になるのだが・・・卒業後の進路は考えているのか?」
「そうですね・・・。」
ヒルダは少し考えながら言った。
「何か・・卒業するまでに手に職を付けて・・・職業婦人として生きていこうかと思っています。」
「そうか・・・。」
だが、アレンは知っている。まだまだ女性が社会に進出して仕事をして生きていけるほど女性の社会的地位は高くない。ならいっそ・・・。
「ヒルダ・・・・実は・・・。」
アレンが言いかけた時、午後の授業が始まる予鈴が鳴り響いた。
「アレン先生、時間になったので・・・私、行きますね。」
ヒルダは脱いでいたハイソックスを履きながら言った。
「ああ、そうだな。」
ヒルダは靴を履くと、アレンに頭を下げた。
「アレン先生、どうもありがとうございました。」
「ああ、それじゃ近いうちに私の診療所へ来るんだぞ?」
「はい、分かりました。」
やがててヒルダは医務室を出て行き、アレンは1人残された。
「また・・・伝えられなかったか・・・。」
そして深いため息をつくのだった―。
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