第251話 もう大丈夫だから
いかにも体育祭日和という晴天のなか、青い空に競技開始を告げる号砲が響いた。
スタートラインから一斉に駆けだした各組のレース参加者が生徒たちの陣取るスタンドを横切ると、同じ色の鉢巻きをした味方の背中を後押しすべく、それぞれから大きな声援があがった。
『――二人三脚レース、最初に飛び出したのは赤組、次に黄色、そしてそこから遅れて横並びで青組と白組。このままの順位で行ってしまうのでしょうか』
放送委員の子のちょっとした実況が響く中、俺と海の参加する二人三脚の競技がいよいよ始まった。
2年生の男女ペア組の出番は次の次なので、出番はもうすぐだ。
練習はしっかりとやったので、レースでもその通りにやればいいのだが、スタートのペアが最初に躓いてしまったこともあり、現在青組は最下位争いという位置にいる。
始まったばかりなのでまだ巻き返しは可能だが、これでミスの一つも許されないという状況になった。
……ちょっと、いや、かなり緊張する。
「……真樹、大丈夫?」
「うん、なんとか。でも、大分心臓がドキドキしてるかも」
「それは私もだよ。皆の声援があるから、ちゃんとやらなきゃって思うよね」
ストッキングで作った輪っかで足首をしっかりと結び直して、俺と海は自分たちの出番を静かに待っていた。
「海、真樹君~! もしこけても気にしなくていいからね~! 練習通り、全員まとめてぶっちぎっちゃえ~!」
スタンドにいる天海さんからの声援が、俺たちを元気づけるべくまっすぐに飛んでくる。
秋晴れの陽光を浴びて煌めく金髪と、それと同じくらい眩しい笑顔で、俺たちに向けて精いっぱい声を張り上げている。
「……親友もああ言ってるし、頑張るしかないか」
「うん。頑張ろう、海」
緊張をほぐすようにして、俺と海はお互いの手を握り合って深呼吸を繰り返す。友だちだった時から変わらない、二人でいる時のリラックス法だ。
グラウンドの中央という目立つところで相変わらずな俺たちだったが、今、ほとんどの注目はレースのほうへ向けられているので、もし多少いちゃついたとしても問題はないだろう。
……もしかしたら、同じく出番を待つ人たちに嫌な顔をされそうなので、とりあえず手を握っておくだけにしておくが。
それなりに緊張がおさまったところで、俺たちはゆっくりとスタートラインへ。
1年生ペアの頑張りもあって、現在の順位は3位。俺たち次第で、まだまだ追い上げは可能なところだ。
「――先輩、お願いしますっ」
「はいっ」
2位からわずかに遅れて雪崩こんできた後輩の男子からバトン代わりのたすきを受け取って、俺と海は互いに目配せをしあって頷き、思い切り地面を蹴った。
最初の掛け声は必要ない。それぐらいしっかりと練習したのだから。
『――おっと、素晴らしいスタートを切った青組が2位に躍り出ました。赤組との差を少しずつ詰めていきます』
「頑張れっ、頑張れ二人とも~!」
「ミスったら承知しないぞそこのバカップル~!」
声援をしっかり受け、それに背中を押される形で、俺たちは阿吽の呼吸でトップの背中を追いかける。
隣の海の掛け声のみに意識を集中して必死に足を前へ前へと運んでいるうち、これまでのもやもやや、直前までに感じていた緊張や外野の音は、いつの間にか、頭の片隅からぽろりと零れ落ちていた。
※
「――お、バカップルのお帰りだ」
「海、真樹君、お疲れ様。すごかったよ、二人の走り。正直、応援しててちょっと感動しちゃった」
「ありがと、夕。まあ、新奈はとりあえず後でぶっ飛ばすとして」
「じょ、冗談だから冗談……あ、委員長も、とりあえずお疲れ」
「どうも。……といっても、1位には及ばなかったけどね」
練習以上の力を出せたと自負するものの、結局、運動部系でメンバーを固めた赤組が普段通りの実力を見せて、俺たち青組は結局2位のままレースを終えた。
ただ、俺たちが予想以上の健闘を見せたこともあり、総合ポイントではまだトップとそう離れていないため、まだまだ逆転のチャンスはある。
青組の女子の中で最もエース格として期待されている天海さんの出番が、この後たっぷりと残っているからだ。
「よ~しっ、二人が頑張ったんだから、私もめちゃくちゃ頑張んないとっ。ニナち、次の借り物競争、絶対トップ取ろうね!」
「借り物の難易度次第になりそうだけど……あ~あ、ワンチャン『仲のいい生徒会役員(男子)で』とか来ないかな、そしたら猛ダッシュできる自信あるけど」
「それどう考えても滝沢君でしょ。そもそも、そんなピンポイントなお題なんて用意されてるのかな……」
種目毎の詳しいレギュレーションについては、中村さん以下体育祭実行委員で決めているらしいが、スムーズにレースを進行させるために、割と簡単に借りれるものにお題お絞っているらしい(※滝沢君情報)。
まあ、借り物の発表自体は観客たちには行われないそうなので、『異性の知人(先生も可)』ぐらいは紛れ込んでいそうだが。
「じゃあ、私たち呼ばれてるし、そろそろ行ってくるね。海、真樹君、応援よろしくね」
「ん。頑張ってこい、親友」
「天海さん、頑張って」
「えへへ、ありがとう二人とも」
そう言って新田さんを連れて入場門へと向かう天海さんだったが、少し歩いたところでふと立ち止まり、俺たちのほうへ振り返る。
「――あ、そうだ。海、真樹君」
「? どした。緊張してるんなら、ちょいと一発気合入れてあげるけど」
「あ、違うの。そう言うことじゃなくて、ちょっと二人に言っておきたいことがあって」
そう言って、俺たち二人の顔をそれぞれ見た天海さんがふわりとした表情で微笑む。
優しく穏やかに、そして、涙をこらえるように、少しだけさみしそうに目を細めて。
「……ごめんね、真樹君、海。私はもう大丈夫だから。私のせいで、今まで二人に迷惑ばっかりかけちゃったけど、次からはもう、ちゃんと大丈夫だから」
「? 夕、大丈夫って、何が――」
「ふふ、私のことは気にしないで、二人はいつまでも末永くバカップルさんでいてねってこと。そんなわけで、天海夕、これより一着を取りに行ってまいりますっ」
いつもの調子に戻り、おどけた様子で天海さんがそう言うと、俺たちが何か言うのを待たずに、新田さんを連れて借り物競争参加者の列の中へと紛れていってしまった。
推測するに、おそらく天海さんの言う『大丈夫』というのは、プールでのことだったり、今回の噂の件での振る舞いのことについて言っているのかもしれない。
もう紛らわしいことはしないから安心して――そういう意味で言ったと考えるのが自然かと思うが。
「真樹、とりあえずスタンドに戻ろ。あんまりほっつき歩いていると、先輩たちに注意されちゃうから」
「……あ、うん。そうだね」
海に手を引かれて自分たちの席へと戻る瞬間、海がぼそりと何かを言ったような気がしたが、まわりの声援や放送にかき消されて、聞き取ることができなかった。
――夕の、バカ。
……海の唇を見る限りは、そう言っているような気がしたけれど。
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