第228話 夏休み終盤
数日のお盆休みが明け、長かった夏休みもいよいよ終盤である。
この時期になると、周りの景色がぐっと秋色に近付いていく。日没の時間が少しずつ早まり、また、厳しい残暑は相変わらずではあるものの、夜になればそれなりに涼しい。少しずつ冷房のお世話がいらなくなるのは、寒がりの俺にとってはありがたいところだ。
……休みが終わってしまう、というその1点のみ、いただけないけれど。
朝、登校のためにばたばたと慌ただしく準備していると、洗面所から寝間着姿の母さんが顔を出す。昨日の帰宅時間がかなり遅かったようで、どうやらシャワーを浴びていたようだ。
「――あら? 真樹ったら、制服なんて着てどうしたの? 先生から呼び出しでもくらった?」
「体育祭の種目練習とか準備。ウチの高校の体育祭、夏休み明けたらすぐだから、今のうちからやっておかないと」
今はまだ8月なので、通常授業開始は9月になってからだが、今日から土日を除いた毎日、ほぼ夕方まで練習や準備となるので、俺たち生徒にとっては、実質的に今日から学校が再開したようなものである。
学校側の言い分だと、二学期が始まる2週間以上前から生徒たちが登校して体育祭の練習や準備を進めているのは『あくまで自主的』らしいが、9月に入ってから重い腰をあげているのでは到底間に合わないので、実質的には強制みたいなものだ。
唯一いい点は、それが文化祭との隔年開催であるという点ぐらいだが、なんなら毎年文化祭だけでいいと思っている。運動苦手の俺にとっては、辛い時期の始まりである。
愚痴はとりあえずこの辺にしておいて、ひとまず母さんの分の飲み物も用意し、久しぶりに二人で朝ご飯を食べることに。
バターをしっかり塗ったトーストと、あとは目玉焼きにサラダ。準備期間中は炎天下のグラウンドにいることも多くなるので、しっかりと食べる。
「真樹、夏休みはどうだった? 女の子と予備校行ったり、女の子とプール行ったり、去年と比べて随分と青春を謳歌してたみたいだけど、楽しかった?」
朝の情報番組をぼーっと見つつ、もくもくと朝食を食べ進めていると、ふと、母さんがそんなことを言ってきた。
やたらと『女の子』の部分を強調しているような気がするが、そこはあえてつっこまないことにする。
「どうかな。まあ、それなりだったと思うよ。それなり」
「ふふ、恥ずかしがっちゃって。『海ちゃんと毎日、朝から夜までイチャイチャできて嬉しかったです』――って、そう素直に言えばいいのに」
「ま、毎日はやってないから」
しかし、毎日ではないものの、ほとんどの時間を海と一緒に過ごしていたので、強くは否定できないところではある。
先日の俺の誕生日にお泊りをした以外はこれといって特別なことをしたわけではない。テレビを見ながらゴロゴロし、ゲームをし、漫画を読んで、眠くなったら一緒に昼寝をして。二人で出かけるのも、遊びに行くわけではなく、飲み物やお菓子、アイスなどの買い出しぐらいで、基本的には俺の家にいた。予備校やプールなど、外に出る機会はあったので、俺たち的にはそれがちょうどいい塩梅だったのだ。
「まあ、何はともあれ、楽しく過ごせてるんだったら、お母さん的にはよかったけど。ここ最近は自分のことばっかりで、何もしてあげられなかったから」
「いいよ、そんなの気にしなくて。母さんはいつも仕事で頑張ってるんだから、それだけで十分感謝してる」
バイトもせずに、なんだかんだと楽しい夏休みを過ごせているのは、母さんが都度何も言わずにお小遣いを出してくれるからだ。
この分は、俺がきちんと大人として独り立ち出来た時に、少しずつ返せていけたらと思う。
「あ、そうだ。わかってると思うけど、くれぐれも、海ちゃんとイチャイチャするときは……」
「自分の部屋で、だろ。わかってるよ」
「そう? たまにリビングでそういうことやってない?」
「や、やってない」
ゲームなどで遊んでいる時に、ついお互いの体をくすぐったり、じゃれ合ったりしてスイッチが入ってしまう時があるが、直前でちゃんと自分の部屋に場所を移しているので、そこはギリギリセーフだと思いたい。
ともかく、何事も節度を守り、やりすぎないことだ。俺も海も、最近その辺の基準が緩くなりつつあるのは自覚しているので、釘を刺されてしまったと思って、改めて注意しなければ。
母さんのちょっとした小言が終わったところで、玄関の鍵が開く音が聞こえる。以前までは、俺たちがいる時はインターホンを鳴らしていたものの、母さんの許可が出てからは、実質的に家の出入りは自由になっている。
「おっす、真樹。まだ授業はないけど、学校、今日からまた一緒に頑張ろうね。真咲おばさんも、おはようございます」
「いらっしゃい、海ちゃん。だらしない息子だけど、これからもよろしくね」
「はい、まかせてください。お願いされたからにはきっちりと教育しますので」
二人きりの時は甘えん坊だが、基本はしっかり者なので、母さんからの信頼は相変わらず厚い。
母さんの海に対する信頼、そして、空さんの俺に対する信頼――それぞれ自分の息子(娘)より相手に対する信頼が厚いのは、それだけ俺たちが上手くやっていることの証拠だろうか。
遅めに出勤するという母さんに二人で『行ってきます』をしてから、俺たちは1ヵ月ぶりの通学路を歩く。
楽しかった夏休みが終わる――しかし、心情的にそこまで憂鬱な気分でもないのは、きっと、隣で俺の手を握ってくれている彼女のおかげでだろう。
「また学校だね。あ~あ、またしばらく、真樹と遊ぶのは週一になっちゃうね。いつも通りに戻るだけなんだけど、ちょっと寂しいな」
「確かに。まあ、楽しかったのは事実だけど、遊んでばかりもいられないし」
「だね。来年のこともあるし、私もそうだけど、真樹にはもっと頑張ってもらわないと」
二人の時間が再び少なくなるのは名残惜しいが、2年生進級時に立てた目標だって忘れてはいけない。
優秀な成績を修めて、3年生で海と同じクラスになること。そして、海と同じ大学を受験して、一緒に進学すること。
来年はまず自分のことがメインで、今年の夏のようにはいかないけれど、それはあくまで再来年以降、二人で一緒の時間を過ごすため――。
「……海、あのさ、例の件って、もう空さんと大地さんには話した?」
「! ああ、えっと……うん。例の、ね。まだ全然先のことだから、お母さんにだけ、『もしよければ……』って感じで軽く話してはみたんだけど。真樹は?」
「早い方がいいかなって思って、少し前、母さんに話した」
「そっか。……で、どうだった?」
「いくらなんでも気が早すぎるって」
「あはは、まあ、そうだよね。私のほうも似たような感じだった」
俺たちが話したのは大学進学以降の二人の住まいの件――言ってしまうと、大学進学を機に海と(真樹と)同棲したいということだが、気が早いのはごもっともにしても、俺と海が真面目に交際していることは知っているから、本気であることは伝わったと思う。
「……真樹、改めてだけど、頑張ろうね」
「うん。海……俺、頑張るよ」
夏休みが終わることを嘆く生徒たちもいる中、俺と海は少しずつ、直近の未来のことへも目を向けていた。
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