第169話 君と見る景色


 その後は朝凪家で朝ご飯をご馳走になり、いっぱい食べ過ぎたので少しだけ海と二人でまったりさせてもらってから、いよいよ四人で出発となった。


 運転席に空さんで、助手席に陸さん。俺と海は二人とも後部座席へと乗り込む。


「空さん、運転ありがとうございます。今日はお世話になります」


「ふふ、ありがとう。あ、後ろでいちゃいちゃするのはいいけど、ちゃんとシートベルトは着けておくこと、特に海、わかってるわね?」


「あ、当たり前でしょ。そんなこと、言われなくてもわかってるし」


 とはいいつつも、すでに俺と海の手はしっかりと繋がれている。本当はもう少しだけくっついておきたいところだが、後ろで色々やってしまうと運転の気が散るだろうし、そこはきちんと気を遣っておかなければ。


「母さん、本当に俺が運転しなくてもいいのか? 婆ちゃんの家まで運転すんの、始めてなんだろ?」


「道は覚えてるから大丈夫。でも、もし途中で疲れちゃうかもしれないから、その時に交代してくれれば」


「……まあ、母さんが張り切ってるならいいけど、客もいるんだから、あんまり無理すんなよ」


「わかってるわよ。安全運転、でしょ?」


 そう言って、陸さんが助手席のほうへと乗り込んだ。陸さんにしては珍しく空さんのことを心配している口ぶりだが。


「……真樹、はいこれ」


「? なにこれ、薬?」


「うん、酔い止め。車にいる時間が長くなるから。真樹、ちなみに乗り物酔いはするほう?」


「実はちょっとだけ。でも、途中で休憩すれば大丈夫だと思う」


「そう? でも、気持ち悪くなったらちゃんと言ってね。エチケット袋、ちゃんと用意してるから」


 どうやら俺の乗り物酔いのことを心配しているようだ。


 これまで車に乗る機会がなかったのもあって、例えば遠足だったり、過去の修学旅行だったりと、長時間の移動となると危ないかもしれないが、今回は海が傍にいるし、今しがたもらった薬もあるのでほぼ心配はないと思うのだが。


 ……一応、海にこっそり確認しておくか。


「あのさ、海」


「……うん」


「もしかして、空さんって、結構運転……荒い、ほうとか?」


「……いつもはさ、違うんだよ。真樹を病院に連れてった時とかもそうなんだけど、近所を運転するときは穏やかなの。でもね、高速道路とかでさ、スピードメータがぐーんと上がってくると、」


「それに比例して段々とテンションのほうが……」


「うん、それ……」


「……ああ、ね」


 なるほど。陸さんや海が心配そうな顔を浮かべるわけだ。


「皆、シートベルト締めた? それじゃあ、いざしゅっぱ~つっ」


「「「…………」」」


 空さんのテンションをよそに、俺たち三人は、慎重にシートベルトを装着した。


 とりあえず、高速道路がそこそこ渋滞して、スピードを出しすぎるようなことがないよう願っておこう。


 ※


 旅行のスタートからどうなることかと若干の不安もあったものの、そんな俺の心配をよそに、空さんの運転する車は特に荒ぶることなく、目的地へ向けて穏やかに進んでいた。


 いつもの見慣れた景色を通り過ぎて、だんだんと自分が知らない景色へと移り変わっていく。


 高速道路を走る車の窓から見える住宅地や工場など、人から見ればありふれた風景かもしれないが、俺にとっては割と興味をそそられるものだったり。


「ふふ、真樹ってば、ずっと外見てる。なんか遠足の時の子供みたい」


「そうかな。一昨年の冬にこの街に来てから、ほとんど一歩も出ずに暮らしてきたから、なんか新鮮だなって」


 朝起きて、学校に行って、授業が終わったら家に戻る。その繰り返し。


 その時は周りの景色を見渡す余裕すらなかったけれど、そこから海と友達になって、恋人になって、少しずつ視線が下から前へと向かっていって。こうして窓の外を流れる光景を楽しめるようになってきた。


 俺がそうなれたのも、全ては俺の隣にいてくれる女の子のおかげだ。


 何度もそんなことを言っている気がするが、それだけ海に感謝しているので、これからもしつこく言っていこうと思う。


 窓へ向けていた顔を元に戻して、俺は、俺の顔をじっと見つめて微笑んでいる彼女の手をしっかりと握りなおした。


「なあ、海」


「ふふ、なあに?」


「まだ車に乗ってるだけだけど、俺……今、結構楽しいかもしれない」


「そう? それならよかったけど、でも……」


 そうして、海も同じように手を握り返してくると、俺のほうへと身を寄せて言った。


「外ばかりじゃなくて、私のほうもちゃんと見て欲しいな?」


「うん。大丈夫、それも忘れてないから」


 そう、今回の目的は『海と一緒に』色々な景色を見ること。数年以上ぶりの旅行でつい内心はしゃいでしまったが、彼女の機嫌を損ねては、目的の達成はできない。


 ……まあ、外の風景にすら嫉妬しまう海も、それはそれでとても可愛いのだけれど。


「真樹」


「うん?」


「今日の私、どう?」


「それ、今朝も言った気がするんだけど」


「朝5時から起きて頑張って選んだから、何度も褒めて欲しいのっ。まったくもう、真樹ったらしょうがないんだから」


「それ俺のセリフのような気がするんだけどなあ……」


 ただ、彼女が希望しているのなら、何度でも同じように褒めてあげようと思う。


 なんとなく、近くから、陸さんため息やら空さんのクスクスとした笑い声が聞こえる気がするが、そういうのはもう気にしてはいけない。


「かわいいよ、海」


「……えへへ、ありがと、真樹。えいえいっ」


「うっ……も、もう、だからいきなり頬っぺた突っつくなって」


「へへん、何言ってんの。彼女にいたずらされて内心嬉しいくせに。好きなんだろっ、このこのっ」


 シートベルトが動きを制限していてもどかしいが、まあ、それでもそれなりにじゃれ合えているので満足だ。


「……母さん、アレ、ちょっとは注意とかしないの?」


「ふふ、いいじゃない。あれでもまだ制限してるほうだし」


「まだ上があるのか……俺、こんなバカップルどもの面倒見たくないんだけど」


「じゃあ、アニキは、今すぐドア開けて家に帰れば? そっちのがうるさくなくて都合がいいでしょ?」


「高速道路を走ってるこの状況でドアを開けたら、それはもう天国への扉なんだが。おい彼氏、そこのバ彼女をなんとか黙らせろ。ちょっと手が出ても構わん、俺が許可する」


「はは……まあ、そこは兄妹のほうで話し合ってもらって……」


 賑やか(?)な雰囲気で、俺たち四人を乗せた車は、ゆっくりと目的地へと近づいていく。

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