第158話 お呼び出し


 会議の翌日、とりあえず何もしないよりはマシだということで、中間テストの順位次第で考え直してほしいことを母さんに伝えることにした。


 一度は断られてしまったお願いだったので、『またその話?』最初のうちは母さんに半分呆れらてしまったものの、俺がここまで食い下がるのも久しぶりということで、とりあえず話だけは聞いてもらえることに。


「中間テストで10位以内か……この前の学年末試験でもかなり時間割いて頑張ってたみたいだけど、それ以上を望むとなると、結構辛いことになるよ? それこそ、海ちゃんと遊ぶ暇なんかないぐらいに」


「大丈夫。もともと進学クラスに入る目的もあるから、どのみち通らなきゃいけない道だし」


 出題範囲がしっかりと明示される学校のテストでは、勉強さえすればそこそこの点数は取れるものの、80点から90点、90点から100点と、上のレベルを目指そうとすればするほど、勉強しなければならない時間が多く必要になってくる。


 100点だけはなるべくとらせないよう、先生たちも一問や二問はかなり難しい問題を潜ませてくるので、そこの対応のためにはとにかく応用問題の数を多くこなし、どんな問題が来ても対応できるよう準備しなければならない。


 当然、それだけ海と遊ぶ時間を削ることになるわけだが……遊ぶ時間が減っても、一緒に勉強することはできるわけで、そこについてはあまり心配してはいない。


「う~ん……まあ、私個人の考えとしては、滅多にない息子のお願いだし、気持ちはわかるから、そこまで言うなら『どこへでも行って思い出つくってこい!』って送り出してやりたいけど……」


「そこは朝凪さん次第、ってこと?」


「うん、どうしても結局はそうなっちゃうかな。家によっては放任主義なところもあるけど、朝凪さんのところはお父さんも含めてしっかりと教育してらっしゃるじゃない? 海ちゃん、すごく真面目で礼儀正しいし。

 それに年頃の女の子って、一番気を遣わなきゃいけない時期だから。真樹を信用してるしてないの問題じゃないのよ。旅先で何かの事故が起こることだってゼロじゃないわけだし」


「それは……うん、確かにそうだね」


 海外ほどではないにせよ、国内でもそういった事故や事件に巻き込まれたり、または当事者になってしまう可能性もゼロではない。


 大人になればその辺は自分の責任となるわけだが、俺たちはまだ高校生だから、そうなったときに責任をとるのは母さんや空さん、そして大地さんとなる。


 俺たちに何かあった時ではもう遅い――そういうのもあって、母さんも悩んでいるというわけだ。


「とにかく、私としてはこれ以上の譲歩はできないわ。朝凪さんのご両親の許可をちゃんととることと、あとは、二人きりじゃなくて、誰か一人必ず大人を連れていくこと。この二つがちゃんとしてない限りは、いくらテストでいい点をとったとしても認められないかな。申し訳ないけど」


 交渉に関してはここでいったん打ち切りだろうか。こちらとしてもしっかりお願いは出来たし、母さんも、多少ではあるが譲歩はしてくれた。


「……うん、わかった。ごめん、母さん。もうすぐ仕事行かなきゃなのに、時間取ってもらって」


「いいわよ別に。私も久しぶりに親らしいこと言えて、なんかちょっと嬉しかったから。……じゃ、時間だし、そろそろ行ってくるね」


「うん。行ってらっしゃい」


 母さんを見送って、自分の朝ご飯を用意しつつ、この後のことを考える。


 海のほうもおそらく空さんから同様のことを言われているだろうから、今のところ、二人きりでの旅行が認められない可能性が高い。


 空さんが提案してくれたように、連休を朝凪家で寝泊まりして過ごすというのも悪くないとは思うが……その場合だと、やはり空さんや陸さんにどうしても気を遣うので、何の気兼ねもなくイチャイチャするのは難しいし。


「なにかイレギュラーでもあれば改めて説得も出来るんだけど……なかなかそう都合のいいようには……」


 そう呟きながら、パンをトースターに放り込み、コーヒー用のお湯を沸かし始めたところで、俺のスマホからお馴染みの着信音が鳴る。どうやら海のほうもなにやら進展があったようだが。


「――もしもし」


『もしもし、真樹君かい?』


「? えっと、はい。そうですけど……」


 海かと思ったものの、聞こえてきたのは声の主は、彼女ではなく、男の人のものだった。


 もちろんその人が誰なのか、俺は知っている。声を聞くのは久しぶりだが、さすがにこの人のことを忘れてしまうのは失礼だ。


「えっと……お久しぶりです、大地さん」


『久しぶり。こうして君の声を聞くのは半年ぶりだが、元気そうでよかった』


「おかげさまで。その節は大変お世話になりました」


『うん。少しだけど、話は妻と娘から聞かせてもらったよ。部外者の私がこう言うのもなんだが、なんとかなったようで何よりだ。よく、頑張った』


 安堵したように大地さんは言う。いつもと変わらず寡黙で落ち着いた声色だが、最初に会った時よりも口調が優しく感じる。


 空さんによると、大地さんも根は俺に似て恥ずかしがり屋で人見知りするタイプだというから、少しは俺に慣れてきたということでいいのだろうか。


「ところで、今日は急にどうしたんですか? 海からのスマホってことは、今は家に戻られてるってことなんでしょうけど」


『うん。元々は来月に休みのはずだったんだけど、仕事の都合で急に前倒しになって、昨日の夜に戻ってきたんだ。……で、その時に、ウチの娘からを相談されたわけだが……』


「……はい」


 なるほど。それで朝を待って、直々に娘のスマホで電話をかけてきた、と。


『真樹君、今日、予定はどうかな? 久しぶりだから真樹君の顔を見ておきたいし、良ければ、ウチに食事にでも。……もちろん、来月の三連休の話についてもできればと思うんだが」


「……はい、わかりました。では、今日の放課後、そちらにお邪魔させていただきます。詳しい話はまたその時にでも」


『うん。じゃあ、後のことは海に任せるから』


 そうして、少し間が空いてから、声のほうが本来の持ち主へと戻る。


『……真樹、そういうことなので、一緒に説得してください』


「……うん。出来る限り頑張らせていただきます」


 今度こそ殴られるかも、という考えが頭をよぎったが、大地さんに直接説得できる数少ない機会――心の準備だけはしっかりしておこう。


 ……とりあえず、奥歯一本ぐらい覚悟しておけば?

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