第157話 作戦会議?


 それぞれの保護者と最初の交渉を終えた俺と海は、休み明け、早速作戦会議を開くことにした。


 参加メンバーは、当事者である俺と海の二人……といきたかったところだが、結局は天海さんと新田さんといういつもの4人で知恵を出し合うことに(振り切れなかった)。


 四人とってはお馴染みの旧教職員用喫煙所のベンチに弁当箱を広げて、まずは俺から話を切り出す。


「それで、海さん」


「はい」


「……もしかしなくても、結構マズい感じ?」


「……うん。で、真樹も?」


「うん。まあ、なんとなく予想はしてたんだけど」


 恋人同士であり、また、母親どうしでも交流のある状態でも、やはり高校生二人きりでの泊りでの旅行となると、そう簡単に認められるわけもなく。


『日帰り旅行なら、別に温泉でもテーマパークでも好きにしていいんだけど……泊まりはさすがにねえ……』


 俺の母さんも、そして空さんも、概ねこんな感じの返答。


 これまでの健全な恋人付き合いの実績もあって、基本的に、俺と海の仲は家族公認だ。週末、海の帰りがいつもより遅くなったとしても、俺が家まで送ってあげればお咎め無しの状態だし、また、お泊りに関して言えば、空さんの目が届くからという理由で、俺が朝凪家で泊まることも認められているのだが。


 気持ち的には認めてあげたいけれど、もし万が一何かあった時に、朝凪さんたちに(前原さんたちに)申し訳が立たない――母さんも空さんも、そう言う理由で許可を出すことはできないと諭されてしまった。


 ということで、議論は平行線のままなわけだが、しかし、このままこの話をここで終わらせるわけにもいかない。だからこその作戦会議なのだ。


「二人きりで旅行なんて羨ましいな~……っていうのはとりあえず置いといて、じゃあ、ベタだけど、中間テストでいい点とるからお願いっていうのは? 海なら1番、真樹君なら10番以内に入るから考え直してくださいって」


「定番のやつね。それも一応は言おうと思ってるんだけど……でも、それって結構な高難易度なんだよね。なんてったって、相手はウチのクラスの中村さんだし……ねえ?」


「だよなあ……」


 俺が10番以内をとるのも相当な努力が必要だが、それ以上に難しいのが、中村さんからトップの座を奪い取ることである。


 保健体育や音楽などの試験がある期末だとさすがの中村さんも取りこぼしがあるらしいが、それ以外の教科はほぼ満点で揃えてくるらしく、1位を確実なものとするためには、全教科100点をとらなければならない。


 1年の学年末試験において、海は全学年中5位という好成績をおさめているのだが、点数でいうと、トップの中村さんとは10点~15点ほど離れている。


 下位~中位の10点差は勉強すればすぐにでも縮まるが、上位、しかもトップ層での10点差となると、これがなかなか縮まらない。


 成績トップをことあるごとに自慢してくる(冗談気味に)中村さんだが、それだけ彼女は学年でも頭一つ二つ抜きん出ているのだ。

 

 どうしてウチの高校なんかに通っているのかは置いておくとして、それだけ海にとっては大きな壁となることに違いない。


「テストがわりときついってなると、やっぱり妥協するところは妥協してかなきゃじゃない? 旅行はやめて、それこそ委員長がウミの家に三連泊するとか、どうしても旅行がしたいってんなら誰か一人大人を連れていくとか」


 新田さんの言う通り、そこが現実的な落とし所としてはそうなってくるだろうか。


 どこかのホテルや旅館に泊まるような場合だと、いかにも若い男女二人きりで来るよりも、例えば、俺の母さんか空さんのような大人が一人いれば変に怪しまれることもないだろうし。


「海、ちなみに訊くけど、そういうアテは?」


「多分だけど、三連休のどこかで父さんが久しぶりに帰ってくるっぽいから、母さんには断られると思う。となると後はアニキだけど……多分、無理だろうね。ってかアイツはまず働けって話だし」


「それはまあ……うちも母さんは当然のごとく仕事だし、かといって他に頼める人もいないし……って、ちょっと今スルーしかけたけど、大地さん帰ってくるの?」


「うん。この前電話でちょっと話したんだけど、父さんも真樹に会いたいらしくてさ……旅行行くぐらいだったらウチに泊まれって母さんに言われちゃったんよね、実は。それならいつでも構わないからって」


 大地さんとは去年の12月に朝凪家で食事をした時からずっと会っていないので、その時の報告やお礼も含めて話しておきたいところだが、その場合だと、俺たち二人の『本来の目的』が達成できなくなってしまうわけで。


「……てかさ、」


 俺たちのやり取りを聞いていた新田さんが、ぽつりと呟く。


「エッチしたいならさっさとすりゃいいじゃん。半年もバカップルやってて、アンタらまだしてないの?」


「「ぶっ……!」」


 その言葉に、俺と海は飲んでいたお茶を盛大に吹きだした。そして、ついでに天海さんも顔を真っ赤にしている。


「ニ、ニナち……エ、エッ……なんて、いきなり何言い出すの……!」


「なにって、二人っきりで旅行って、恋人同士なんだし、当然それも含まれてるでしょ? ってか、それ前提で私も話聞いてたんだけど……夕ちんはもしかして額面通りに受け止めちゃってた?」


「え? えっと……観光地とかで珍しいもの見たり、遊んだり、美味しいもの食べれていいな~……って、そういう意味で私、『羨ましいな~』って……二人に……」


 そう言いながら、天海さんにしては珍しいジト目を、俺と海の両方に向けてくる。


 そういうことなのか? と天海さんの表情が訴えかけてくる。


「い、いや、新田さんの言うことと、俺たちの目的は違うから……な、なあ海?」


「う、うん。気兼ねなく二人でゆっくり休みを過ごしたいって目的で……そっちについては、その、副次的なものというかなんというか……」


「……二人のえっち」


「「うっ」」


 もう知らないとばかりに、天海さんは顔をさらに赤くしてそっぽを向いてしまう。


 高校生にもなれば、たまには女子たちの中でもそういう話になったりするのかもと思っていたが、天海さんは当然として、新田さんも最近は男女交際的な付き合いからは遠ざかっているらしいし、詳しく話す機会はなかったのかもしれない。デリケートな話題だから仕方ないが。


「初心な夕ちんはともかく、さっきの話の続きだけど、お二人さんそこのところはどうなの? 旅行は難しくても、ちゃんとつけるもんつけとけば特に問題ないと私は思うんだけど」


「それはまあ、新田さんの言う通りなんですが……でも、やっぱり大事なことだとも思うし……」


 おそらくそう言う意味も含めて、母さんや空さんは『節度を守ればOK』のスタンスのはずなので、確かに、二人の心の準備さえできていれば、今週末にでも済ませてしまっても特に問題はないのだろう。


 しかし、俺にとっても海にとってもせっかくの『初めて』になるのだから、できるだけ思い出に残るような記憶にできれば、とちょっとは思っていたり。


「まあ、私も中学生ぐらいの時は似たようなこと思ってたから委員長たちの気持ちはわかるけど。でも、あんまり特別なモンでもないんじゃない?」


「新奈、まるで自分は経験したような口ぶりじゃん」


「そりゃまあ、私も付き合った経験ぐらいはあるし。今はもう思い出したくもないけど。……話聞きたいなら、後で話そうか? 愚痴が10割ぐらいになるけど」


「全部愚痴かい。……まあ、一応参考までに聞くけど」


「海は聞きたい、と。夕ちんはどうする?」


「わ、私は……別に、まだいらない……けど」


「じゃあ、今日の放課後は夕ちんの家に集合ってことで」


「いらないって言ったんだけど……ま、まあその後遊ぶんなら、別に構わないけど」


「夕ちんも興味津々と」


「ち、ちがうもん! ニナちのえっち!」


 ……女子組三人でなんだか別のほうへ話が盛り上がりつつあるが、それは別として、二人きりでまだ言ったことのない場所で色々な景色を見てみたいという本来の目的だって捨てがたい。


 ひとまず交渉は継続するとして……双方ともが納得できる上手い妥協点は、どこかにないものだろうか。

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