第135話 練習試合 3


 天海さんからパスを受け取った荒江さんは、そのまま一人で敵陣へとさっさと切れ込んでいく。


 一応、サポートということで天海さんたちもパスを受けるために動いてはいるのだが、荒江さんの視線の先にあるのはゴールだけで、最初から誰かを頼る選択肢は存在していないらしい。

 

 当然、そんな状況を見逃す11組チームではなく、すぐさま海と中村さんが、荒江さんのマークについた。


 俊敏さでは荒江さんに劣っていない海と、体格で勝る中村さんのコンビ。それでも状況的には互角だろうが、荒江さんがパスをしないのが丸わかりなので、そうなると二人も格段に守りやすい。


「ちゃんとチームメイトを頼ったら? バスケは一人でやるもんじゃないこと、わからないアナタじゃないでしょ?」


「……ふうん、ディフェンスもちょっとは練習してんじゃん。感心感心」


 少しずつライン際に追い込まれながら、荒江さんが初めて意外そうな表情をする。


 さすがにこのままではまずいと判断したのか、荒江さんの視線が、すぐ近くでフリーになっている友達の子へと向いた次の瞬間、


「――ま、それでもやっぱりこの程度って感じだけど」


「っ……!?」


 お返しとばかりにノールックで海の股の下を通すようにしてボールをスペースに投げ込むと、そのままラインをオーバーする形で海を追い越してボールを拾い直し、そのままふわりと跳躍してシュートを放つ。


 ボールを拾い直した位置がゴールの真下で、何気に難しい体勢だったが、荒江さんの放ったボールはそのままリングに当たることなく静かにゴールネットを通り過ぎていった。


「はっ、男の前で股下抜かれてやんの、ダサ」


「……こんの」


 緩いウェーブのかかった茶髪をなびかせて、荒江さんは海に向かって鼻で笑い飛ばした。


 海も油断していたわけではないだろうが、二人のディフェンスをあっさりと抜いた当たり、やはりかなりの腕前のようだ。


「ドンマイ、朝凪ちゃん。ちょっと不意打ちをくらっただけだ。次こそあの小麦ギャルを止めてやろう」


「ドンマイだよ」


「次取り返そう」


「……うん、そうだね。頑張ろう、みんな」


 すぐにチームメイト全員のフォローが入って冷静さを取り戻すと、攻撃へと切り替えた海がゆっくりとボールを運んでいく。


 そこからしばらくの間は、シーソーゲームが続いていく。


 細かくパスを繋いで、全員で確実に点数を取っていく11組と、すぐに荒江さんの個人技で取り返していく10組。


 得点的には互角のまま、前半の10分が終わった。


 飲水休憩中を見計らって、こっそりと海のいる11組のほうへ。途中、天海さんと目が合って微妙な顔をされたが、結局は『行ってあげて』と気を使われてしまった。


「えっと、お疲れ、海」


「うん。で、どうだった? 私たちのプレイぶり」


「すごいよ。ちゃんと時間見つけて練習してたんだね」


「まあね。紗那絵と茉奈佳の二人から練習の仕方とか教えてもらって、先月末くらいからちょこちょこと……でも、一番は付き合ってくれた皆のおかげかな。そうだよね、皆?」


「「「「うん」」」」


 その言葉に、海以外の女の子たちがどうだと言わんばかりのドヤ顔を浮かべる。


 本当、ノリがいいし、いいチームだ。


「しかし、すまんね朝凪ちゃん。偉そうなこと言って、結局あの小麦ギャルを止められなかった」


「大丈夫、止められないのは私も同じだから。さすがにデカい口叩くだけはあるけど……でも、後半は絶対止めてみせる」


「お、自信ありげだね。何か策でも?」


「う~ん、まあ、大したものでもないけど。でも、一応皆には話しておくね」


 休憩終了まであと少しというところで、海は皆を集めてぼそぼそと喋り始めた。


 作戦会議ということなら、部外者の俺は聞くべきではないだろう。海に一言だけ伝えてから、自分のクラスのほうへ向かうことに――。


『……で、結局、前原氏とはどこまでいったん?』


『恋人なんだから、もうチューぐらいはしてるよね?』


『親御さんにはもう挨拶とかしたん?』


『ってか結婚式いつ?』


 ……本当に作戦会議なのだろうか。先日の質問攻めで色々答えたのに、どうやら皆さん、まだまだ栄養が足りないようで。


 後ろから刺さる好奇の視線に気にしないふりをして、俺は天海さんたちのほうへ。


「お帰り、真樹君。後半どういう作戦なのか、海からちゃんと聞いてきた?」


「多少は……でも俺はスパイじゃないから」


「ふふ、冗談だよ。でも、海のことだから何かはしてくるんでしょ?」


「……多分ね」


 詳しい内容はわからないが、どういうところを突いてくるのかはなんとなく予想できる。


 天海さんのグループ三人と、荒江さんのグループ二人……前半のようなプレーを後半も続けるのなら、海がそこを突いてこないはずがない。


 前半は海もわりと様子見をしていたが、後半はもっと露骨にやってくるはずだ。


 当然、そのことは荒江さんだって理解しているはずだが。


「ねえ、荒江さん。後半のことなんだけど、多分、あっちは荒江さんを集中して狙ってくるから、ここからはしっかりパスを回して――」


「だからさ、そういうのいらないって言ってんでしょ。ってか、仮に五人全員で来ても私はヨユーだから」


「……わかった。でも、危ないと思ったらすぐにパス出してね。私、待ってるから」


「ちっ……だからさ、」


 いらねーって、と呟いてから、荒江さんはコート内へと戻っていく。前半が終わった時にはさすがに息があがっていたようだが、休憩のおかげもあって、一応、呼吸のほうは元に戻っている。


「じゃ、私もそろそろ行くね。真樹君、海の応援もいいけど、同じクラスなんだから、たまには私のことも応援してね?」


「了解。……それにしても天海さんはすごいね。荒江さんにあれだけ嫌われてるのに、それでもちゃんと接しようとするんだから」


「あはは、そうかもね。まあ、もちろん建前上はちゃんとしなきゃっていうのもあるけど……」


 でも、と天海さんは続ける。


「もし嫌われるんだとしても、私がどんな人なのかをちゃんと知った上で嫌ってほしいかな~、って。まだちゃんと話したこともないのに、勝手なイメージだけで好きか嫌いかを決められるのって、あんまり良くないと思うから。それは多分、荒江さんにとっても」


「荒江さんのこと、結構こだわるんだね」


「……うん。私、あれだけ面と向かって『ウザい』とか『嫌い』って言われたの、多分始めてだから。そういう意味では、実は私も意地はってるのかも」


「天海さん……」


「えへへ。じゃ、後半も頑張ってくるね」


 そう言って、いつもの笑顔を振りまいて荒江さんに続く天海さん。


 これまで滅多に『怒り』の表現を表すことのなかった彼女だったが、コートに向かう荒江さんの背中を見る天海さんの横顔が、ほんの一瞬だけ、心なしか怒っているように見えた。

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