第123話 前哨戦 3
「じゃ、カットしたから次は私ね」
攻守が変わり、次は海が攻める番。これで先制できれば、展開的にも気持ち的にも少し有利になる。
審判役の新田さんからボールを受け取ると、不意打ち気味に海はすぐに仕掛けた。
実は部活経験者かと勘違いしそうなほどの素早いドリブル。俺が相手なら最初のフェイントだけであっという間に置き去りされそうだが、
「――おっと、簡単にはいかせないよ海」
「さっきのジャンプの時点でわかってるよ、そんなの」
やはり当然のように、ゴールに近づけまいと天海さんが目の前に立ちはだかる。
最初の不意打ちやフェイントには引っ掛かっていたはずだが、やはりジャンプの時のように、海を上回る運動能力で無理矢理間に合わせたようだ。
教科書通りの動きの海と、才能に任せた型にはまらない天海さん――二人のプレイスタイルとしてはそんなところかもしれない。
「ニナち、このままシュート打たなかった場合は何秒で攻守交替にする?」
「普通は24秒だけど、まあ、適当に15秒ぐらいにしよっか。ってことでウミ、あと10秒」
「それ今から決めるのちょいズルくない? まあ、私はそれでも全然構わないんだけど、さっ」
「あっ! でも、この距離なら――」
新田さんとの会話のわずかな隙をついて、海はそのままその場でシュートを放つ。
位置的にはちょうどスリーポイントラインのギリギリ外あたり。
状況的には天海さんを振り切れず、時間制限もあってやぶれかぶれに放ったシュートのように見えるが、
――スパンッ。
「……っし」
「ウソ!?」
基本に忠実なフォームから放たれたボールは、そのまま綺麗な弧を描き、リングに触れることなくゴールへと吸い込まれた。
あまりにも綺麗に決まったので、俺たち一同、ゴールの真下でタンタンと静かに跳ねるボールに一瞬見とれてしまった。
「はい、これで1対0。あと9点で私の勝ちだね」
「やっぱり、海ってすごい……でも、そうこなくちゃ」
先ほどのプレーを素直に称賛する天海さんだったが、しかし、戦意のほうは失われることなく、むしろ今まで以上に目を爛々と輝かせている。
「ニナち……いや、審判さん、ボールお願い」
「はいよ~。あ、カウントはボールを受け取った瞬間スタートだからね」
「ん、了解」
新田さんからボールを受け取った天海さんは、すでにディフェンス体勢に切り替えた海へ向かってゆっくりとドリブルを開始する。
先ほどの海とは対照的に、不意打ちもフェイントの素振りもない。ただ真っすぐ海のほうだけをじっと見て、ボールをついている。
「そんなにのんびりしてていいの、夕? 残り10秒だよ」
「え? もう?」
天海さんが新田さんのほうをちらりと見ると、腕に着けている時計を見た新田さんが小さく頷く。
体感時間のほうも、海はばっちり正確だった。
「え~、そっかあ……10秒縮まるだけで、大分勝手が違うなあ」
コートの使用には当然時間制限があるため、攻守の時間を短縮する判断は間違っていないが、やはりいつもと勝手が違うので天海さんのほうにもまだ戸惑いはあるらしい。
ということは、そのうちに海がリードを保ってしまえば、海が勝ちにかなり近づくはず――。
「……じゃ、いつもより時間かけずに攻めなきゃね」
しかし、俺がそう思った瞬間、一瞬の瞬発力でカットインした天海さんが海を置き去りにすると、そのまま、こちらも美しいフォームのレイアップでゴールを沈めてみせた。
ふわりとジャンプした後、かろやかなステップでコートに降りた天海さんは、にやりとした笑みを浮かべて海へと一言。
「これで同点だね、海?」
「まったく、これだからアンタってヤツは……まあ、そうこなくちゃ面白くないんだけど」
パンパン、と気合を入れるように両手で軽く頬を叩いて、海は天海さんからボールを受け取ってゆっくりとセンターサークルへ。
「今のはちょっと小細工をかけすぎか……細かい動きまでは気にしてないのは相変わらずだから、格好良くインターセプトするより、多少強引に体をねじ込んで無理な体勢でシュートを打たせた方が……」
ゆっくりとドリブルをしながら、ボールを見つめてなにやら呟く海。どうやら先ほどの失点は引きずっていないらしく、次なる作戦を色々と思案中らしい。
親友同士の一対一は、まだまだこれからと言ったところだ。
※
それからしばらくの間、海と天海さんのゲームは、膠着状態のまま続いていく。
海がシュートを決めれば天海さんもまた同様に決め返し、海がディフェンスを成功させたかと思えば、天海さんもお返しとばかりに、海のシュートを強引に叩き落とす。
スコアのほうは現在8対8で、海が攻撃中。この勝負はあくまで10点先取なので、この流れでいくと海が勝利をおさめることになりそうだが。
「! あ、やば……」
「――っ!」
しかし、ここまででさすがにスタミナを消耗しつつあるのか、シュート体勢に入った瞬間、海がボールをファンブルし、その隙を見逃さなかった天海さんの伸ばした手がボールに触れて、そのままコート外へ。
今まで見られなかったミスが、海のほうに初めて出てしまう。
「よしっ、これで私の最初のミスは帳消しになったね。さ、この勢いに乗って、連続で点とって、それで私の勝ちだ」
「別に……ちょっとミスっただけでしょ。こっちこそ、次を防いで、その後連続得点してやるんだから」
とはいえ、やはりらしくないミスによる動揺があるのか、明らかにそれまでの海と違って元気がないような気がする。
疲れでいえば二人とも同様のはずだが、しかし、ここで天海さんのほうにビッグプレーが飛び出した。
「――っ」
「おお」
「……マジ」
海の巧みなディフェンスでなかなか中に切り込めない天海さんが放った、スリーポイントラインぎりぎりから放ったフックシュート。
時間ギリギリで、苦し紛れに放ったにしてはやけに綺麗なフォームだなと思ったら、そのままリングに当たることなく、スパン、と乾いた音がコート内に響き渡った。
俺もバスケのことはそこまで詳しくないが、スーパーゴールといっても決して差し支えないだろう。
「ふうっ、危ない危ない。咄嗟の判断だったけど、上手くいってよかったよ」
こともなげにやったように、ふうと胸を撫でおろす仕草を見せる天海さんだが、それを目の当たりにした俺含む三人は、さすがに呆然としてしまう。
「いやいや、ここでそういうプレーしちゃうかあ……夕ちん、さすがにそれはやり過ぎだって」
「え? そうかな? 私んち、家の庭にバスケットゴールも置いてるから、ああいうのたまにやったりしてたんだけど」
普段からやっているのなら多少は納得できるが、だからと言って、お互いに手加減なし遊びなしの本気の状況でやってのけてしまうのは、俺の感覚から言うと、やはり『持っている』と言わざるを得ない。
8対9。天海さんの1点リード。もちろんリードはわずかだが、それでも、海にとっては大きな1点なのは間違いない。
「はいウミ、ボール」
「え? あっ、と――」
その証拠に、明らかに緊張の糸が切れてしまったのか、新田さんからのパスを取り損ねて前にこぼしてしまう。
「海、大丈夫? 疲れちゃったのなら、いったん休もうか?」
「冗談。どうせあと少しで終わるんだから、それぐらいは頑張れるよ」
しかし、次のプレーでも精細を欠いて、天海さんにあっさりとドリブルをカットされてしまう。
1点ビハインドで、しかも次の攻撃は天海さん。勢いがしぼんでしまった海の様子を気遣ってはいるものの、だからと言って性格上手加減をするような人でもない。
弾き飛ばされたボールが俺の足元へと転々と転がってきた。
「真樹、ボール」
「うん。……海、大丈夫?」
「へーきへーき、ちょっと久しぶりに激しく動いて、バテ気味なだけだから……なーんて、真樹に強がってもしょうがないか」
「え?」
「夕、新奈。……ごめん、ちょっとだけタイムもらっていい?」
そう言って、海は俺からのボールを受け取らず、そのまま俺の胸に飛び込んできた。
「……真樹。私、夕に負けたくない」
「うん、わかってる」
いつも一緒にいるのだから、そのぐらいわかる。勉強でも運動でも、それにゲームやその他の遊びでも、海は基本的に負けず嫌いな女の子だ。これまでのプレーの汗でびしょびしょに濡れたシャツと、肩で息をする姿が、その何よりの証拠。
先ほど天海さんにゴールを決められた瞬間に浮かべた、海の苦く悔しそうな表情――それを見た時、もっと海のことを応援しなければと思った。
こういう時に一人に肩入れし過ぎるのは良くないのかもしれないが、それでも海は俺の大切な彼女なのだ。
これはあくまで遊びだし、勝敗で何かが変わるわけではない。
けれど、俺は海の負けて悔しがる顔を見たくないから。
「……頑張れ、海」
そう言って、俺は腕に力を込め、海のことを抱きしめた。
「ま、真樹……夕と新奈……二人が見てるよ」
「うん。それもわかってる」
おそらく天海さんと新田さんの二人には『またやってるよアイツら』と呆れられているだろうが、ここで海に活力を入れてあげられるのは俺しかいない。
俺も、海が天海さんに勝つところを見てみたい。
天使みたいに明るく可愛い顔をして、その一方でラスボスのように立ちはだかる天海さんを、努力と工夫でなんとかできるということを。
「頑張れ、海」
「……もっと言って」
「頑張れ、めっちゃ頑張れ」
「ねえ、真樹」
「なに?」
「私のこと、好き?」
「今それ聞いちゃうの?」
「うん。なんか聞きたくなっちゃって。……ダメ?」
「ダメじゃない、けどさ」
何度も言うが、海に対する俺の気持ちはずっと変わっていない。
だからこれからも、求められれば、いつだって言うつもりだ。
「……大好きだよ、海」
「……えへへ」
嬉しそうにはにかんで、海は俺の胸に顔を埋める。
この半年で俺も背が伸びたのか、若干、海の頭の位置が俺より低くなった気がする。
俺ももっと男らしくならないと――甘えるようにして海が俺の胸に頬を擦り付けているのを見て、俺は改めてそう思った。
と、タイムのことをすっかり忘れて二人だけの世界に入っていたところで、新田さんの持っていたホイッスルがぴぴーっと鳴らされた。
「はい。アンスポーツマンライク・ファウル、前原」
「え? なんで俺……?」
「いやいや当然でしょ。彼氏ナシの私たち二人が見てんのに、なに堂々とバカップルしてんの。どう考えても危険な行為でしょ、それは」
プレーしていない観客にどうして、と文句を言いたくなるが、海のことを気にかけるあまり少々待たせ過ぎた気もするし、海に対しては何も言ってはこないので、ここはひとまず新田さんに従うことに。
……やっぱり俺、海のこと好きすぎか。
「ごめんね、夕。ウチの彼氏がご迷惑を」
「ううん、平気。……ところで元気は取り戻せた?」
「ん、バッチリ。ってか完全回復」
海のほうも、先程のアレで落ち着いたのか、いつものやる気に満ちた表情に戻っている。
状況的に不利なのは変わらないが、精神的にはまだまだ五分と言ったところだろう。先程のファウル(?)で完全にコート外に退場させられた俺は遠くからしか応援できないが、少しの間だけ、踏ん張る彼女を応援してあげなければ。
「よし、じゃ、勝負を再開しようか。……夕」
「うん。悪いけど、次で勝たせてもらうからね。……海」
パス交換を終えて、さて、残り最高でも後3プレイ。
勝負の行方は果たして――。
――と、思ったら。
【ピピピピピッ――!!】
「「「「……あ」」」」
コートを借りた際に、フロントの職員さんから渡された利用時間制限を告げるアラームが、海と天海さんの熱い空気の中へ、あっさりと冷や水を浴びせた。
ということで、結果。
海 8 ; 9 天海さん で、天海さんの勝ち(時間切れ)
【決まり手】 時間ギリギリにおける前原真樹と朝凪海のバカップル行為
……俺のせいで、なんともしまらない結果に。
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