第110話 プレゼント選び 1
初日は珍しく朝凪家でお世話になった俺だったが、それ以降は特にやることが変わったわけではない。
朝になったら海が来て、午前中までに春休みの課題を二人でこなし、昼以降は映画を見たりゲームをしてだらだらしたり、たまにじゃれ合ったりして家の中で過ごす。
春休みだし偶には外でデートでも……とは思っているのだが、誰の邪魔もいない環境で二人きりで、何の気兼ねもなくイチャイチャしているうち、そういう欲が満たされて『今日はずっとこのままでいようか』となってしまうことが多い。
まあ、それはそれで俺たちらしいとは思うけど。
「なあ、海」
「ん~?」
春休みに入って一週間ほど経ったある日。合鍵を母さんから渡されたことで、すっかり俺の家の住人みたいになった海は、俺を膝枕にして寝転がり、漫画を読んでいる。
俺のとデザインがおそろいの色違いのトレーナーに、下はゆったりとしたジーンズと、完全に部屋着と言っていい格好だ。
それでもその他はきっちりしているし、それに、だらだらしていても海は可愛いのだけれど。
頭をくしゃくしゃと撫でてやると、くすぐったそうに海が笑って、俺の手に頬をすりつけるようにして甘えてきた。
……うん、やっぱり可愛い。
「海、あのさ……明日のことなんだけど、話いい?」
「え? もしかして、なんか用事? 『この浮気者ぉぉぉ……!』ってセリフ、今から準備したほうがいいかな?」
「それはいらんけど……明日はちょっと外に出たいから、もし俺ん家来るなら昼すぎからにして欲しいかなって」
「この浮気も……」
「いや、だから」
「ふふっ、冗談冗談。で、外ってどこ行くの? 買い物とかだったら、私も一緒に行きたいな。服とかはこの前夕と買いにいったけど、真樹と二人きりでゆっくり色んなとこ見て回りたいし」
「うん。初めのうちは、俺もそうしようかと思ってたんだけどさ」
普通の買い物であれば、海と一緒に行った方がいいだろう。そちらのほうが楽しいし、久しぶりの繁華街でも心細くないし。
しかし、今回はちょっとした事情があって。
「その……海、そろそろ誕生日だろ? だから、プレゼントとかどうしようかなって思って」
「お。少し前に一回しか言わなかったのに、ちゃんと私の誕生日のこと忘れないでいてくれたんだ。感心感心」
「まあね。俺だって、一応はその、海の彼氏なわけだし」
4月3日に、海は十七回目の誕生日を迎える。その日はおそらく仲のいい数人で集まって祝うことになりそうだが、その時、一緒に誕生日プレゼントを渡したいと考えていた。
当然、デートがてら二人で一緒に誕生日プレゼントを選ぶのもありだとは思うし、確実に海が欲しいものをプレゼント出来るので、そちらのほうが無難だとは思う。
しかし、海が友達になって、そして恋人になってから迎える初めての『彼女』の誕生日だから、少ない予算内でも、自分一人でしっかり悩んでプレゼントを選びたいという気持ちもあって。
「一緒に行きたいっていう海の気持ちはもちろん嬉しいけど……まあ、今回はそういうわけで、一人で頑張ってみようかなって。……いいかな?」
「やだ、って言ったら?」
「わかった、って言ってくれるまでなんとか粘ってみる」
「おお、今回はなかなか頑固だね」
「まあね」
それに、たまには一人で大丈夫なところを見せないと。いつまでも海におんぶに抱っこは良くない。
「……ん、わかった。真樹はそういう買い物って不慣れだろうから心配っちゃ心配だけど、今回は楽しみに待つことにするよ。あ、私、そこそこのブランドの時計なら何でもいいから」
「わかった。じゃあ、それ以外にするわ」
「え~」
「え~じゃない。いくらすると思ってんだ」
高校生に手を出せる範囲で頑張って選ぼうと思うが、今後のことも考えると、そろそろアルバイトのほうも視野に入れたほうがいいかもしれない。
高校生でもお金はいくらでも必要なのだと、今さらながらに思い知る俺だった。
※
そうして翌日、俺は一人で市内の中心部へと出かけた。
思えば、こうしてぼっちでこういう場所に来るのは久しぶりだ。もちろん、これまで何度か来たことはあるけれど、海と正式に付き合い始めてからというもの、こういう場所に行くときには常に海がくっついていたので、それがない今日はなんだかやけに心細い。
「俺の服、変じゃないよな……うん、大丈夫そうだ」
駅構内のトイレでさっと身だしなみを確認してから、俺は改札を出て、多くの店が入っている商業施設へ。
余所行きの服を着るのも久々だから、途中、建物のガラスや、道路脇に停車している車のウィンドウに映る自分の姿を確認してしまう。先月のデートで新しく海に選んでもらった服なのでダサくはないはずだが、しかし、元の顔や体型が微妙なのが足を引っ張っている。
自分の容姿はいったん我慢するとして、ひとまず、前日にスマホで調べていた雑貨店へ。女性向けの商品が主力で、その上比較的にリーズナブルなこともあり、ここらへんの学生たちには御用達の場所だそうだ。
「うっわ……人、多……」
思わずそんな声が漏れる。
人の少なそうな午前中を選んで来たものの、春休みということもあってか、店内は多くのお客さんたちが。
当然、その内訳は女性がほとんど。男性もいるにはいるが、その隣にはだいたい彼女さんらしき人がおり、俺のようにぼっちで来ている人は皆無だ。
「いらっしゃいませ~、何かお探しでしょうか?」
「! ……あ、大丈夫です。間に合ってるので」
音もなく近づいて声かけをしてきた女性店員さんを避けるように、俺は店内の隅っこへと逃げる。きっと不審がられただろうが、気さくな店員さんに突然話掛けられるとびっくりして逃げてしまう習性がぼっちにはあるので仕方ないところだ。
「危機は脱した……だが、しかし……」
ニコニコ顔で店内を遊泳する店員さんからは離れることは出来たが、すでに俺の心の中は完全アウェーの状態である。
まず、店内がとにかくキラキラ一色で、どこから何を選べばいいのかがわからない。リングやネックレスなどのアクセサリや、香水、化粧道具etc……どれも海にぴったりそうだが、その反面、どれを買えばいいのか判断に迷ってしまう。
どうせ贈るのだから、できれば使ってほしいし、喜んでもらいたい。
「……プレゼント選びって、難しいんだな」
限られた予算と相談して、その中で海が一番喜びそうなものを見つける――簡単に思っていたが、この分だと想像以上に苦労しそうだ。
――なあ、これなんかどうよ? お前にピッタリじゃん。
――え~、そうかな? でも、ヒロくんが言うんなら買っちゃおっかな。
すぐそばにいたカップルの話が耳に入る。やっぱり海と一緒に来るべきだったかとちょっぴり後悔してしまったが、それはまた次の機会にしておいて、今回ばかりは自分一人でなんとかするしかない。
やはり店員さんに正直に相談すべきだろうか――そう考えた瞬間、背後からポンポンと軽く肩を叩かれた。
「はい、なんでしょ――むぎゅっ」
振り向いた瞬間、俺の頬に勢いよく指がめり込んだ。
同時に、良く知った女の子の声が耳に飛び込んでくる。
「えへへ~、真樹君、引っ掛かった~」
「! あ、天海さん」
「ふふ、こんにちは。こんなところで奇遇だね。もしかして、真樹君も海の誕生日プレゼント選びにきた感じ?」
慣れない場所で一人肩身の狭いを思いをしていたのを見かねたのだろうか、俺のことを助けてくれたのは、ちょうど同じ目的でここを訪れていた友達だった。
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