第108話 終業式の日


 脇に植えられた桜の木を横目に緩やかな坂道を登っていき、校門をくぐる。


 去年受験で最初に訪れてから、一年過ぎ。今月頭に三年生が卒業したのもあって、同じく通学する生徒たちの数もまばらだ。


 今までは少し先の地面ばかり見て歩いていたが、今では周りの様子や景色の移り変わりをなんとなく感じ取れるようになっていた。


「――よう! 前原、おはようさん!」


「! ……う、うっす」


 目線の高さや姿勢は改善されつつあるものの、しかし、人見知り気味なのは相変わらずだった。この先生とは毎朝校門で顔を合わせているわけだが、常に大声で挨拶してくるので怖いのだ。


 ……公立校だし、この先生もそろそろ異動してくれないかな、とちょっとだけ思ったのは内緒だ。


「よう、真樹」


「おはよう、望」


 教室に入って自分の席につき、三学期からの席替えによって隣同士となった望と、拳を突き合わせて挨拶を交わす。


 ちなみに席替えはいつものようにくじ引きで行われたのだが、


↑(前) 

俺 望

海 新田さん 

天海さん


 という偶然にしても中々起きないフォーメーションが出来上がってしまった。


 海がすぐ後ろにいて、男子の中では唯一話せる友達の望がいるのはありがたいものの、天海さんや新田さんもいるので必然的にそこがクラスのたまり場のようになって、ぼっち気質の抜けない俺としては、少々肩身の狭さのようなものを感じてしまっていたり。


「ところで委員長、夕ちんとウミは? 今日は一緒じゃないけど、もしかしてカノジョと喧嘩でもした?」


「なんでそうなるの……天海さんが寝坊してて叩き起こしにいくから先に行っておいてって。朝凪のことだろうから、きっと遅刻はさせないと思うけど、多分二人ともギリギリになるんじゃない?」


 クリスマスの一件で色々と協力してくれた二人には交際の事実は伝えているものの、一応、クラス内では今までのように『前原』『朝凪』呼びにしている。


 だが、席替えによって物理的に海との距離が近づいたことにより、朝と放課後は一緒に登下校して、しかも教室でもほとんど一緒に行動しているから、クラス内において、俺と朝凪の仲は半ば公然の事実となっていた。


 それによって、以前のように朝凪に告白(そして玉砕)するような人はいなくなったものの、その分、通学や下校時、嫉妬の視線を浴びることも少なくなかったり。


 まあ、それももう慣れつつあるが。


「なあ、真樹……明日から春休みだけどさ……当然、その、朝凪とはデートしたりとか、するんだよな? それこそ毎日」


「え、なに急に……春休みの予定はなにも決めてないけど、そういう望は?」


「野球」


「やっぱり」


 望の年代は、ピッチャーの望他、大会でも上位に行けるだけのメンバーが揃っているらしく、春休みやそれ以降も休みなしで練習の予定らしい。


 色々悪く言われがちな野球部員だが、こんな感じで頑張っている人は男女交際的な青春をする余裕は全くと言っていいほどない。白球を追いかける青春といえば聞こえはいいのかもしれないが、全ての球児がそれでいいと思っているわけでもない。


「いや、別に野球のことは大好きなんだぜ? 観るのもやるのも好きだし、プロに憧れもあるから、そのためには練習あるのみってものさ」


「そうだよ。望、この春からエースナンバー付けるんでしょ? 三年生差し置いてエースって、なかなか出来ることじゃないよ」


「わかるよ? 嬉しいし、俺、めっちゃ頑張るよ? でもさ、すぐ隣で真樹が色々やってんの見てるとさ、たまには俺も野球以外のことをしたくなるわけじゃん? 正直に言って羨ましいじゃん?」


「……それについては、ごめんなさいというか」


 三学期と言えば、バレンタインやホワイトデーなど、そういうのに縁がある生徒たちとってのイベントが盛りだくさんだったので、俺と海がそれにかこつけてバカップルしていたのを横目で見ていた望はさぞかし辛かっただろう。


 普通にモテると思われた望のバレンタインの戦績だったが、本人によると、新田さんからの10円チョコ一つだったらしい。(※海と天海さんは義理チョコは配らない主義だそうだ)


 ……え、俺? 俺の戦績は正直に言ったら望にいらぬ恨みを買いそうなので、ノーコメントで。


「ってか関、そんなに彼女欲しいん? それならなんでこの前の卒業式の日、告白を拒否っちゃったん?」


「げっ!? 新田、お前なぜそれを……」


「へへん、この新田さんに、アンタごときが隠し事出来ると思うなよ?」


「……新田さん、それ、どういう」


「コイツ、卒業式の日、卒業する女子マネージャーの先輩から告白されてたのよ。まあ、私も偶然居合わせただけだから、ちょうど関が頭下げたところしか確認できなかったんだけど」


「そうなの、望?」


「……ま、まあ。すごい可愛かったし、野球部内ではアイドルみたいな扱いだったから、俺も驚いたんだけど」


 どうやらちゃんと見てくれている人はいたらしい。しかも相手は卒業生だから、わりと本気の告白だったはずだ。


 しかし、望はそれでもきっぱりと断ったと。


「まともに告られたのなんて初めてだったから、まあ、男子高校生としては正直ちょっと揺らいだよ。……でも、やっぱり俺としては一番好きな人を彼女にしたいっつーかさ……」


 そう言って、望は斜め後ろの、まだ来ていない天海さんの席へと視線を移した。

 

「なに? 関ってば、一回フラれたくせにまだ未練あんの? いい加減諦めて可愛い先輩と付き合えば楽になれんのに」


「う、うっせーな。フラれたからって、そう簡単に忘れられるわけないだろ……っつか、この話天海さんにばらしたら許さねえからな」


「バラさなくてもバレバレなの。ねえ、委員長も友達なんだからコイツに何か言ってやんなよ。『諦めろ、天海さんのチョコはもう俺のもの――』もがっ」


「新田さん、ちょっと黙ろうか」


 慌てて新田さんの顔全体を持っていた体操服袋でふさぐものの、時すでに遅し。


「……おい、真樹。バレンタインは朝凪からだけって、お前、言ってたよな?」


「いや、確かに天海さんからももらったんだけど、それは天海さんが朝凪と新田さんの三人で作った友チョコの余りをついでにもらったってだけで……別にそんな大したものじゃ」


「……いや、委員長のヤツは、夕ちんも私も普通にお店で買ったの渡し――ふご」


「だ、か、ら」


 なぜそこで全部バラすのか。


 運よくバレンタインデーもホワイトデーも休みの日だったから、それならと俺もしっかりお返ししたのに。俺の渡した手作りクッキーとそれに費やした時間、今すぐ返してほしい。


「真樹……ちょっと今から連れションでもしねえか? 大丈夫だって、ちょっと誰もいないところで詳しく話聞こうってだけだから」


「い、いや、俺トイレは間に合ってるんで……」


 しかし、肩に回された望の太い腕を解くことは当然できないわけで。


「――おっはよ~! ふう、なんとかギリギリ間に合っ……あれ? 真樹君に関君どうしたの? 今日は随分仲良しさんだね?」


「そうだろ? 仲良すぎて、ちょうどこれから一緒に連れションでもしようかって話してたところなんだ。なあ、真樹クンよ?」


「いや、俺は別に……」


 助けてとばかりに天海さんの後ろの海に視線を送るも、


「え、えーっと……がんばれ、前原」


 と望のただならぬ様子を見た彼女に、苦笑いでそう返されてしまった。


「さあて、行こうか真樹クン。はは、三人からもらったチョコの味、どんなだったか聞くの、楽しみだなあ」


「……あの、そろそろチャイムなんでお手柔らかにお願いします」


 なんだかんだ賑やかに過ごすようになったこのクラスでの日々も、しかし、今日で最終日。


 来年度のクラス替えは、果たしてどうなるやら。


 

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