第102話 最後のわがまま 4


 受付が始まって、会場には本格的に参加者が集まり始めていた。


 ホールにいる顔ぶれをみると、所謂カースト上位の人がやはり多くのか、皆やはりしっかりと着飾っていて、こういう場には慣れているのだろうと感じる。


「最初は各学校ごとのテーブルに集まってくださーい。代表挨拶後は、自由に移動していただいて構いませんのでー」


 会長の誘導に従って、各校の生徒たちが予め決められた場所へとそれぞれ集められる。椅子はなく、立食形式のため、料理は各自取っていくようになっている。


 俺たちは受付を継続しているが、本来はパーティに参加するだけの海と天海さんが協力してくれているので、作業に手間取ったり、余計なトラブルなどは起きていない。


「……あの、ちょっと」


 俺たちが上級生と思しき人を案内していると、俺の背中をつん、とつつく人が。


「はいなんでしょ……って、新田さん」


「……ども」


 俺に声をかけてきたのは、新田さんだった。どうやら一人で会場入りしたようで、心なしかしょんぼりとしている。


「あれ、ニナち? どうしたの? 確か彼氏さんと一緒に来るとか言ってなかったけ?」


「あ~、うん。そのはず、だったんだけどさ~……直前にまあ、色々ありまして」


 ファミレス後のことは俺も知らなかったが、様子を見る感じ、やはりそのまま別れたらしい。というか他の女の子と両天秤にかけていたわけだから、当然といえば当然だが。


 天海さんもその態度で察したようだ。海は俺が話したのである程度知っているが、一応、残念そうなリアクションを取っている。


「……ってことで、今日は私もそっち手伝うよ。みんなといたほうが気が紛れるし」


 あと、一人でぽつんと過ごすのも寂しすぎるだろう。


「うん、そうしよ! 人数多いほうが仕事も楽できるし、それに、ニナちがいるなら私も楽しいしね。皆はどう?」


「私は別にいいけど」


「俺も全然いいけど……真樹、一応、姉ちゃんに聞いとくか」


「うん、そうだね」

 

 人数が増える分には問題ないということで、智緒先輩からはすぐにOKが出た。


 ということで、しばらくの間は五人で行動をともにすることに。


 一人増え、さらにスムーズに受付を終えた後は、忙しそうにしている他の高校の応援へ。


「しっかし、思ったよりの人の数が多いな。さすがにお嬢様学校が参加するとなると違うな」


 会場内の一点を見つめながら、ぼんやりと望が言う。


 開始前なので、本来はまだ各学校ごとのテーブルにいてほしいところだが、他の高校と較べて小さなテーブルに、ウチや他校の生徒たちが集まっている。


 その中心にいるのは、橘女子の制服だという白いブレザーを身にまとった二十~三十人ほどの女の子たち。


「あ~、懐かしいな。あの制服、私たちも着て通ってたよね」


「うん。通ってた時は気にしてなかったけど、あれ、ぶっちゃけかなり目立つよね」


 参加者が他と比べてかなり少ないのは、高等部だけだと一年~三年含めても200人前後しか生徒数がいないかららしい(※海談)。


 内訳は小学生から入学している内部生がほとんどで、外部生も受け入れはしているが、勉学が特に優秀だったり、芸術面の成績が極端良かったりしないと難しいようだ。


 その話を聞いて、疑問が一つ。


「海、その……こんなこと訊くのもどうかと思うんだけどさ、」


「夕のこと? ああ、それはめっちゃ単純で、夕のお母さんが元芸能人。今はもう普通の主婦って感じだけど」


「そうなんだ」


 それでなんとなく合点がいった。そういう人の子供も数多く在籍してるのもあの学校の特徴だからだ。

 

 天海さんは自分の家のことを『普通の一般家庭』だと言ってはいたが、やはりお母さんはそれなりの経歴をお持ちのようで。


 と、ここでぼんやりとそのテーブルの女の子たちを眺めていると、他校の男子たちが群がる中、二人の女子生徒と目が合った。人混みを抜け出して、こちらへとやってくる。


 もちろん、その女生徒が見ているのは、実は俺ではなく、やはり俺の隣にいる女の子たちで。


「……海ちゃん、夕ちゃん、久しぶり」


「文化祭以来、だね」


「サナちゃん、マナちゃん……」


 天海さんの言葉通り、その二人は、海の中学時代の同級生である二取さんと北条さんだった。


「……もしかして、海に話?」


「「…………」」


 二人が無言で頷いた。


 文化祭でのことがあるから、おそらくは、改めて謝罪と、そして仲直りをしたくてここにきたのだろう。


 二人は、反射的に俺の後ろに隠れた海のことをしきりに気にしている。


「……海、どうする?」


「……」


 天海さんが訊くものの、海は俯いたまま答えない。


 海の気持ちを考えると、俺の立場なら、嫌なら嫌ではっきりと拒絶していいと思っている。そして、おそらくは彼女たちもそれを覚悟の上でやってきたはずだ。


 海も、まだ二人のことについてどうすべきか迷っている。一度は嘘をつかれてしまったとはいえ、長い間友達だった記憶は消えるわけではない。


 謝罪を受けて仲直りするのか、それとも、関係を完全切ってしまうのか。


 本当はとても優しい女の子の海が、どちらで悩んでいるのかは、明白だった。


「……海、ちょっといい?」


「え? あ、うん。でも……」


「いいから、俺と一緒に来て。……天海さん、ちょっとだけ海借りるから、その間二人と話してて」


 天海さんが頷いたのを見て、俺は海の手を引いて、ステージの脇へ。裏方のスタッフが主に使うスペースだが、まだ開始まで時間があるので誰もいない。


「海、もしかして、仲直りしたい?」


「……うん」


 二人きりになって素直になったのか、海がこくりと頷いた。


「……中等部の卒業式の時から、本当はずっと迷ってたの。あの時は、積もりに積もった感情が爆発しちゃって、怒りに任せて絶交みたいなことしちゃったけど。でも、こうして真樹と仲良くなって、夕ともやり直し始めて……で、気持ちがすっかり落ち着いたら、怒りに蓋されてた思い出があふれ出てきちゃって」


 やはり、海にも未練があったのだ。嘘で一度だけおかしくなってしまったが、ああして謝罪に来てくれた時点で、二取さんと北条さんが悪い人たちじゃないことを、海もきちんとわかっている。


 海の迷いを『甘い』と断じる人ももしかしたらいるかもしれない。だが、甘いからこそ、海は『朝凪海』という女の子なのだ。


 甘いほうが、ずっと海らしいと俺は思う。


 そして、そんな俺はもっと甘い人間なのだろう。


「ごめんね、真樹。私、わがままだよね。真樹のことも、あの二人のことも、ずっとはっきりしないで、振り回して」


「……いいよ、別に。俺たち子どもなんだから、まだもう少しわがままでいていいんだよ」

 

 大地さんや空さんもそう思っていたからこそ、急な進路変更も認めたのだろうと思う。それがわがままなことだと自覚しているのなら、それで十分なのだと。


「海、こっち」


「うん」


 飲み物の置かれているテーブルやビンゴの景品と思しきダンボール箱に紛れて、俺と海はこっそり抱きしめ合った。


 やっぱり、こうしているととても気持ちが落ち着く。なにがあっても、目の前の人だけは自分の側にいてくれる――そんな気がして、勇気が湧いてくる。


「俺は、海に仲直りしてほしいと思う。俺のほうはもう無理だけど、海のほうは、きっとまだやり直せるから」


 仲直りしても、またどこかで嘘をつかれるかもしれない。甘さが仇になって、また後悔することになるかもしれない。


 それでも、もう元に戻らないと知ってから後悔するよりは、よっぽどいいと思うから。


「……真樹のばか。ついこの間まではわたしのおっぱいに甘えてたくせに、もう格好良くなっちゃって」


「言い方。……まあ、多分この後情けない姿を晒すことになりそうだから、ここぐらいは格好つけといたほうがいいかなって」


 少し前に、母さんから『そろそろ会場に着くよ』とメッセージが届いてるのは確認している。おそらく、そう間を置かず、父さんからも連絡が来るだろう。


「海、先に戻ってて。俺、ちょっと会長のほうに少しの間抜けること伝えなきゃ」


「真樹……一人で大丈夫?」


「うん。海は仲直りが終わってから、来てくれればいいから」


「わかった。じゃあ、また後で」


 もう一度お互いの体温と匂いをしっかりと感じてから、俺と海は別々の方向へと歩いていく。


 俺にとっての最後のわがままが、始まろうとしていた。

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