第61話 特記ブログ
カロンに闘技場で人に相談するように言われたおっさんだ。
現実世界では、イリーナ達と相談できないので、お問合せフォームのブログ読者のコメントを眺め始める。
記事が止まって悲しがってくれるブログを見てくれる読者たちである。
そのままブログ読者のコメントを見ていたら気になるコメントを発見するのだ。
・ちふるさんのブログを勝手に引用しないでください!!!
「ん?ちふるさん…」
王国で使徒と呼ばれた女性の名前を思い出すおっさんである。
美容ブロガーとしておっさんの転移している異世界で活躍した女性だ。
300年前の王国で剣聖として英雄となったチフルと呼ばれた女性だ。
「そっか、別に300年前の王国でも、現実世界では同じ世界、時間で活動しているかもしれないんだ」
本やテレビと違い、五感の全てを感じる異世界転移だ。
異世界に直接行ったために、300年前の女性として遠い存在にしてしまっていたおっさんである。
ちふるのサイトを探すのだ。
もしかしたら上位魔神の攻略の糸口が見つかるかもしれないのだ。
『鈴木 ちふる 美容 異世界』
「検索キーワードはこれでいいだろう」
ちふるのブログの内容はサイト名を予想して検索キーワードを検索バーに入力する。
今日は金曜日の夜だ。
集合住宅に住んでいるためネット回線は重くなる時間帯であるが、願う間もなく瞬時に検索結果が表示される。
検索結果の一番上位に恐らく目的のブログであろうサイト名が表示される。
『プリチーちふるの異世界美容道』
「………」
絶句するおっさんである。
思ったのとは違うとはこのことである。
「いやタイトルに惑わされたらいけない。俺と違ってブログのタイトルセンスはないが、貴重な情報はあるはずだ」
どうやらおっさんにとって、『おっさんが始める異世界雑記ブログ』はネーミングセンスのあるブログタイトルのようだ。
サイトを開いてすぐに不安がよぎる。
ブログやサイト、ネット記事を見るときに最初に更新時期を見るおっさんである。
情報の新鮮さを確認するための癖である。
1年以上前に更新が止まったサイトであるのだ。
おっさんが異世界に行くようになったのは今年の3月である。
去年の6月が最後の更新となっている。
「いや300年前の話なんだ。去年の最終更新でも関係ないはずだ」
記事数を確認する。
「すげえ記事数が4桁に達しているぞ」
1000を超える記事が種類ごとに分別されている。
おっさんが3月から10月までに169記事を必死に上げたのだが、圧倒的なブログ記事数であるのだ。
「美容、美食、美少年…。あまり戦いについては載ってないな。というか見つからないぞ」
『美』についてのブログが続いていく。
美少年は何か違う気がするが、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。
邪神、魔神、戦い、とそれらしいものをサイト内に設けられた検索バーで検索するのだが、一向に見つからないのである。
古代竜との闘いでウェミナ大連山を切り裂き、邪神の封印のために自らの命を絶ったとイリーナから聞いたおっさんである。
しかし、邪神も古代竜どころか、美容とその周辺の情報以外一切ブログ記事に触れられていないのだ。
剣聖と呼ばれていたのに剣に関わるブログも見つからない。
おっさんの記事に比べて、異世界の文化や街並みについてもあまり触れられていない。
固有名詞として街の名前や貴族の名前が出てくる程度である。
「これが特記ブログってやつか」
おっさんのブログは雑記ブログである。
ジャンルは問わないのだ。
街並みだろうと、風習だろうと、モンスターだろうと、魔法だろうとなんでもブログ記事にできるのだ。
フェステルの街について、王国について知っていく過程で固有名詞が被るから、ちふるのブログ読者ファンからマネするなと炎上したおっさんである。
しかし、明らかなる『雑記』と『特記』の違いだ。
おっさんのブログはこういうものだと、別のものだと認められて最近では炎上しなくなったようだ。
「そっか、上位魔神も言ってたな。俺のことをかつてないほどの雑魚だって。これまでの使徒は皆『特記ブロガー』だったのか」
何となく自分が弱い理由が分かったおっさんだ。
ブロガーなら自分のブログを何でも書ける雑記ブログにするか、1つのジャンルについて書いていく特記ブログにするか一度は考えるものだ。
どちらの方が、定期的な読者が付きやすく、アクセスが増えるかと言えば、特記ブログである。
「ラーメン食いたくて、何でもある定食屋に行こうとしないだろ。普通ラーメン屋に行くだろう」
寿司が食べたいなら、寿司屋かくるくる寿司にいくだろう。
日本料理屋にわざわざ行って食べる人は少ないはずだ。
何でも書いてあるということは読者にとって不要な物も書いてあるということだ。
目的の記事が読みたい読者と、目的の記事に特化して書く特記ブログはニーズが合致するのだ。
当然アクセス数も増える。
検索神の恩恵はアクセス数に比例するので、雑記ブログでは特記ブログほどの力は得られないと考えるおっさんだ。
なぜ雑記ブログにしたかというと、今年に入ってからブログを始めたため、ブロガー初心者なのだ。
ブログネタを何かの特記にして、内容を絞るとネタが尽きて困るだろうという安易な考えからである。
それは異世界に行けるようになっても変わらなかったのだ。
ちふるのブログを見るおっさんである。
「数が多いだけでなく、すごく面白いぞ。戦いで検索したら少ないけど出てきたな」
あまり時期的なものが書かれていないブログである。
どの程度活動したのか分からないが、王国だけでなくあちこちいっているようだ。
中には、言い寄られた貴族に結婚させられそうになり、決闘でボコった話とかがある。
あれこれと記事を見る。
「メクラーシ公国にカレーを伝えたのはちふるさんだったんだ。というかこれは写真か」
荒野の中で生える植物から香辛料を作り出しカレーにする話が書かれてある。
荒野の中、香辛料を求めてさまよっている話がコミカルに書かれている。
文章から情熱すら伝わってくる。
タブレットの『写真』機能も手に入れていたようだ。
内容も面白くまとめられていて、分かりやすい場所に写真もある。
吸い込まれるようにブログを見るおっさんである。
そして、結局魔神について何も情報が得られなかったおっさんである。
「とりあえず、メッセージだけでも送っておくか」
お問合せフォームがあったので、コメントというよりメッセージを送るおっさんである。
同じ異世界に行けた者で、上位魔神に襲われて困っていること。
何か助けになることはないでしょうかといったことを丁寧に書いて送信する。
「メッセージ送っても意味なかったかな。1年以上前に更新が止んで、現実世界にもいるか分からないしな」
ちふるは邪神を封印するために自らの命を犠牲にした。
既に死んでしまったとイリーナに聞いているのだ。
随分夜遅くまでちふるのブログを見ていたおっさんだ。
もうこんな時間かと、一人眠りに着くのであった。
土曜日の昼過ぎだ。
ひさびさに昼すぐに起きたなと、出かける準備をするおっさんだ。
「デパ地下デパ地下と、すごい人ごみね」
繁華街のデパートを目指すおっさんである。
週末はいつも家でブログを起こす。
腹が減ったらコンビニ生活のおっさんだ。
普段行かないデパートの地下街にいくようだ。
肩くらいの高さのガラスのショウルームに霜降りの肉が飾られてある。
おっさんが見ていると、白エプロンの店員が寄ってくるのだ。
「いらっしゃい。何にする?」
「この神戸牛200gを2つ、300gを1つください」
「あいよ!」
(100g5000円もするのね。高い高い。あとは日本酒と)
1瓶1万円する日本酒を買うおっさんである。
結局デパ地下で5万ほど使ったようだ。
荷物をひっさげ、バスに乗る。
バスを降りてさらに歩くおっさんである。
「ただいま」
「お帰り、急にどうしたの?こんな時期に」
11月の上旬に実家に帰ってきたおっさんである。
いつも年末は実家で過ごすおっさんである。
盆と年末くらいしか実家に帰らないおっさんである。
「いや別に。肉買ってきたからステーキ作って母さん」
こんなにいいお肉どうしたのと言われたが、別にと言って2階の子供部屋に入る。
自分の住む賃貸マンションと違って、社会人なって出ていくまで数年いた実家にもビジネス書と資格の本がびっしりと本棚に並んでいる。
ここにある本まで捨てると両親が心配するので実家の本はそのままなのだ。
「結局何もできなかったな」
独り言を言って目をつぶり時間を潰す。
携帯もいじらず、思いにふける。
夕方前に帰ったおっさんである。
趣味の畑いじりをしていた父もほどなくして帰ってきたようだ。
飯だと呼ばれて1階に降りる。
おっさんの賃貸マンションにはないステーキパンに入れられた熱々のステーキがおいしそうだ。
「むっちゃうまいがな!」
異世界の血抜きが不十分な肉と違い、霜降りがとろけそうだ。
そもそも霜降りなどない完全な赤身肉であるのだ。
天空都市イリーナでは肉多めの生活だったからか、獣王国の王都ではカレーをよく食べていたなと思うのだ。
ふと、このお肉を食べさせたい、肉好きな人の顔が頭をよぎり顔が曇る。
「それにしても結婚式からこんなに連絡寄こさないで。お前も結婚したんだから、たまにはイリーナさんと一緒に顔を寄こさないとだめだぞ」
結婚した息子の責任のような話を父がしてくる。
結婚式は現実世界でも3か月ほど過ぎている。
結婚式から武術大会まで3か月であった。
現実世界でもブログをそのあと50個弱の記事を3か月ほどかけて起こしているのだ。
たまたま同じくらいの時間経過が現実世界と異世界で起きているのだ。
「まあ、また今度連れて帰るよ」
「そうか、それにしてもすごい式だったな」
そこから結婚式の話に変わる。
異世界での王国の王都を上げて行われた結婚式の話をするおっさんの両親である。
3か月経った今でも驚きながら話をする。
あまり親戚や近所に話せることでもないので、結婚式の話がしたかったようだ。
絢爛豪華な王城、数十万人が集まった王都の広場、豪勢な披露宴と昨日のことのように語る両親である。
素晴らしい結婚式であったが、仲間やおっさんの元従者や侍女がおっさんのためにあれこれお世話してくれたことがうれしかったという父である。
初めて見た街並みについて、色々教えてくれたコルネにお礼を言ってほしいと言われるのだ。
大きくなるにつれて、ゲームに没頭し友人が少なくなったことを気にしていたようだ。
自慢の息子だと褒める両親である。
デパ地下の普段実家でも買わないお高めの日本酒を、母に注いであげて話をするおっさんである。
父はお酒を飲めない。
おっさんは飲まないが父はほとんど飲めないのだ。
母がお酒好きなのだ。
「それにしても、ここ数年元気なかったが、いい人が見つかってよかったな」
「ありがとう父さん」
「だから少々壁にぶつかっても、なんとかなるから気にすることないぞ」
固まるおっさんである。
どうやら両親は何かがあって実家に帰ってきたことくらいは分ったようだ。
食べたこともないくらいの牛肉と、よさげな木箱に入ったお酒を持って急に帰ってきた息子である。
そして、表情も暗いのだ。
「ありがとう」
それ以上何も言えなかった。
食事も終わりほどなくして、帰るおっさんである。
「え?帰るの?明日も日曜で休みなんだから泊っていけばいいでしょ?」
「ううん、ちょっと家でやることがあるんだ。ありがと」
父が駅まで送ってくれるようだ。
無難な会話が続く。
来月の年末にイリーナを連れて帰れるかと聞かれ、難しいとだけ答えたおっさんだ。
そこから電車で帰って家に着く。
部屋の明かりをつけ、パソコンの電源をつけるのだ。
「よしよし、もう思い残すことはないな。家族に何も言えずに異世界に転移してしまう話があるけど、俺は幸せ者だな」
泣きながら自分に言い聞かせるおっさんである。
「上位魔神に対する攻略方法はない。だからといって、イリーナや皆のことを忘れて現実世界で生きるなんてできないよな。じゃあやることは1つだ」
実家の母に泊まるかと言われて断ったおっさんである。
そこで泊ってしまうと決意が揺らぎそうだったのだ。
ブックマークから検索神のサイトに移動するおっさんである。
泣き叫ぶイリーナの絶望の様がサイトの画面に表示される。
闘技台に横たわるおっさんの仲間達もいる。
「ごめん、遅くなって今から行くから」
もう勝つかどうかなどどうでもいいようだ。
ほぼ死ぬかもしれないが、それでもどうでもいいのだ。
最後までイリーナと共にいると決めていたおっさんである。
扉マークをクリックして異世界に行こうとすると急に小窓が表示されたのだ。
まだ検索神のサイトのホーム画面だ。
何も操作していない。
「え!?」
こんな注意メッセージは出たことがないのである。
驚きながら短いメッセージを読むおっさんである。
『チフルからメッセージが届いております。ご確認ください』
ちふる宛てに送ったメッセージに対して返信が送られてくるのであった。
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