82. バケモノ

 私たちはユキムラに連れられてミヤコへ向かうことになった。

 さすがにシルバーウルフを連れていくと領民から怖がられるということで、マクシミリアンとはここでまたお別れだ。


 馬に乗り換えた私たちだったが、相変わらず私は馬を操ることができないので、ユキムラの後ろに乗せてもらってミリアムから殺気の篭もった視線を向けられるなどした。



 だが、そのおかげでいろいろ貴重な話が出来たのは事実で……。


「僕の父はここら辺を治めているサムライなんですよ。おかげで一通り教育は受けていて、セイファート王国の言葉も話せます。」

「そうなんですね」


「領地を疾走している巨大なモンスターがいると物見が伝えてきたから慌てて来てみたら……まさかサヤ様のお知り合いだったとは……」

「サヤさんはやっぱり東邦帝国でも有名だったんですね」

「そりゃあもう。彼女は小さな頃から才能に溢れていましたからね。姿を消したと聞いて心配していたんですよ」

「ユキムラさんは小さい頃のサヤさんをご存知なんですか?」


 東邦帝国にいたころのサヤとは、つまりセイファート王国の魔法学校に連れてこられる前のサヤということで……つまり10歳くらいまでのほんの子供のはずなのだが、それでも国中で話題になるほど才能に溢れる魔導士だったようだ。


 私の問いかけにユキムラは前方に視線を向けながらも少し照れくさそうな仕草をした。


「実は僕、サヤ様と婚約してたんですよ……」

「えぇぇぇぇぇぇっ!?」


(確かにお似合いのカップルだとは思うけれど、なんという偶然だろう……)


「今ではもう彼女は手の届かないところに行ってしまったようですが……」


 寂しそうに笑うユキムラは少し、というかだいぶ気の毒だった。これは意地でもサヤを東邦帝国に帰さなければならないと思う。私とは違ってちゃんと故郷に帰りを待っていてくれる人がいるのだから。


「サヤさんは必ず帰ってきてくれますよ!」


 ユキムラは「だといいんですけどね」と呟くと、今度は私に質問を投げかけてきた。


「ティナさんはサヤ様とはどんな関係なんですか?」

「友達というか……魔法学校の同級生というか……」

「それではもしかしてティナさんも『七天』というやつなのですか?」

「──よくご存知ですね」


 私のことは冒険者ギルドによって存在がぼかされている。しかもそんな限られた情報が国境をまたいで伝わっているとは思えないので、ユキムラの予測は完全なる推測に過ぎない。それでも核心を突いてくるのは彼の洞察力が優れている証だろう。

 サヤといいユキムラといい、東邦人はどうも抜け目がない。


「ティナさんからもサヤ様と似た気配を感じましたので。──上手くは説明できないのですが」


(気配? 魔導士としての気配だろうか? でも私はほとんど魔力使えないのだから、魔力を察知しているわけではなさそうだし……)


 いずれにせよ警戒した方が良さそうだ。

 困るところまで突っ込まれないようにと、私は話題を変えてみることにした。



「そういえば、『タマヨリヒメ』さんってどういった方なんですか?」

「あぁ……あれは……」


 ユキムラは答えようとしてしばし沈黙した。なにか都合の悪いことでもあるのだろうか。それとも適当な表現が思い浮かばないのだろうか。


「あれは……人間なのか、神霊なのかよくわからない存在ですね。一応巫女ではあるのですが」


 ユキムラの言う『巫女』はセイファート王国でいうところの『魔導士』にあたる。『サムライ』は『兵士』や『貴族』といったところだろうか。『巫女』は女性が多く、『サムライ』は男性が多いらしい。そこはセイファート王国の魔導士や兵士、貴族と同じような感じだ。ということは、そのタマヨリヒメとやらも女性である可能性が高い。


「タマヨリヒメは、端的に言うと……バケモノですね」

「バケモノ……」

「といっても人を食うわけではありませんけど」

「──呪いに詳しいと聞きましたが……」

「あれは人の代わりに……呪いを食うんです」

「呪いを食う……?」


 ユキムラは馬を操りながらゆっくと頷いた。


「呪いを吸って自らの身体に刻む……呪いにこめられた魔力を吸収しながら長い間生きているのです。あれの身体は今まで食ってきた呪いの印が幾重にも刻まれていますよ」

「で、でもそんなことしたらタマヨリヒメさんの身体は呪いでとんでもないことになってしまうんじゃ……」

「──ところが」


 右手の人差し指を立ててみせるユキムラ。


「あれは人であると同時に神霊なのです。だから呪いは効かない。結果、困るのは呪いをかけた呪術師ですね。呪いの印を通じてタマヨリヒメに一生魔力を吸われ続けるわけですから」

「ひぇぇ……」


 なんというか、恐ろしい話だった。ただひたすら嫌悪感を抱いていたライムントが今は少し哀れに思えてくる。



 話しているうちに、前方に大きな城壁が見えてきた。白い漆喰で表面を塗られたその壁は威圧感を与えつつも風流さを感じなくもない。城壁の周りには堀が掘られており、堀には水が溜まっている。それがぐるりと果てしなく続く城壁を囲んでいるので、東邦帝国の長い歴史と優れた技術力を計り知ることができた。


「あそこがミヤコですね。城壁の中には大きな街が広がっています」

「なるほど……」


 今まで訪れたゲーレの首都とも、セイファート王国の王都とも違った雰囲気だった。

 ゴゴゴゴと重厚な音を響かせながら門番によって堀の上に橋のようなものが下ろされる。私たちはユキムラに続いて城門をくぐった。後ろに続く兵士たちも含めて相当な数の馬が通ったが、門番からは全く怪しまれていなかったのか、なにも声をかけられることはない。


「僕は帝のお気に入りですから、それにこの赤いヨロイは目立つので気づいたら通りかかるだけで何も言われずに門を開けてもらえるようになったんです」

「へぇ……?」


(もしかして、もしかしなくても私たち東邦帝国のすごい人と遭遇しちゃった……?)


 そのオーラといい、ミリアムやリアと対峙した時に全く恐れた様子はなかったことといい。きっと恐らく相当の手練なのだろう。


 ユキムラの背で馬に揺られながら私は一人謎の緊張に襲われていた。

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